文化祭は土日の二日間。俺たちのステージ出演は二日目の午後に決まった。金曜にリハーサルをやるから忘れずに、と文化祭実行委員の先輩に釘を刺された。
そっちも完璧にしたいのはもちろんだけど、クラスのレモン喫茶も成功させたい。特に俺はバイトで経験があるということで接客リーダーにされてしまったし。
文化祭まであと二週間。
ユニフォームは男女共通で制服の上にレモン柄のエプロンをすることになった。女子は任意でレモン柄のヘアアクセとかをつけるらしい。
女子のウェイトレス姿を見たがっていた上田は悔しがっていたけど、用意するのがエプロンだけなのは助かる。裁縫担当の子たちいわく縫うのも簡単らしい。
「陽太いる? ちょっと来てー」
「俺?」
放課後の教室で。同じ接客チームの子たちに用語を教えたり厨房に注文を通すまでの流れを教えていると、調理室で料理を試作しているはずの調理チームから針谷がやってきて俺を呼んだ。
「なに?」と俺は廊下にでる。
「レモンタルトが大洪水になってる。たすけて」
「分量間違えたんじゃ?」
「いや何回もみんなで確認した。間違いない……はずなんだけどなぁ」
というか俺でいいの、と調理室に向かいながら尋ねると「え、だって陽太って料理上手いんだろ?」ときょとんとして言われた。
「森本がそう言ってたよ。こういうときは陽太にお願いすればいい陽太なら大丈夫むしろ陽太以外はなにもするなって」
「月……」
信頼してくれるのは嬉しいけど。チームワーク。
「みんなー、陽太きたぞー!」
「陽太くんこっち! タルトが! 大変なことに!」
調理室に行くとさっそくオーブンの近くにいた女子たちが助けを求めてくる。
月はそことはすこし離れたところでドリンクを作っていた。目があった、と思った瞬間耳が熱くなって俺は急いで女子たちのところに行く。
……このまえからずっとこんな感じなんだけど。
俺、どうしちゃったんだろう。そういう病気……?
レモンタルトはたしかにびっちゃびちゃだった。フィリングとタルト生地の間に水分が溜まってしまっている。お客さんにはとてもだせない。
「たぶんだけど……」と俺は使ったレシピと針谷が記録のために撮っていた動画を確認してから言う。
「メレンゲを泡立てすぎたんじゃないかな。こんなしっかりじゃなくてツヤがでる程度でいいと思う。あと作ってから時間が経つと分離しやすいから混ぜる直前に作るようにして。俺そばで見てるから、もう一回やってみよう」
「陽太くん……! 救世主!」
今度はメレンゲを七分立てくらいで止めて焼いていく。
「ねえ、陽太くんってお菓子作り得意なの?」と沢木さん――レモン喫茶を提案した子だ――が話しかけてきた。
「得意ってほどじゃないけど……」
キッチンを借りたお礼に月のおかあさんにお菓子を作ったら喜んでくれた。のが嬉しくて、もっと上手に作りたいと思ったのがはじまりだ。
偏食家の月も『陽太のならなんでも食える』と喜んで食べてくれるし。
それをどう説明すればいいか悩んでいると、「俺のためだよ」と紙コップ片手に月がやってきた。俺の心臓が勝手に跳ねる。
……ってか一緒にドリンク作ってたやつらが全員ゾンビみたいにテーブルに突っ伏してるんだけど、あれなに?
「なに? 俺のためってどういうこと?」と沢木さん。「知りたい?」と月は薄く笑う。
「知りたい知りたい! A組の仲よしコンビの秘密、知りたい!」
「どうしようかな」
「教えてくれたらレモンタルトあげる!」
「陽太が作ったんじゃないならいらない」
でもいいよ、と月が声をひそめた。沢木さんと周りにいた女子たちは興味津々というふうにおしゃべりをやめる。
いったいなにを言うのかと思っていたら、
「――陽太、俺の世話してくれんの。俺に毎食手料理作って部屋の掃除してくれて寝かしつけて朝は起こしてくれんの。俺が作曲してる間はね」
ここにいたみんながぽかんとした。俺もふくめ。
それ、だれにも言ってなかったことじゃ――
「なになに? お世話? どういうこと?」
「え、いま作曲って言った?」
女子たちが――月には近寄りがたいのか、一定の距離は開けて――月につめよる。ふふんと月は笑った。
「そのとおりの意味。俺、作曲中は集中しすぎてなにも食えなくなるんだけど、陽太の手料理だけはべつだから、陽太はレパートリー増やしてくれるわけ。俺のために。お菓子もそう。な? 陽太」
「待って待って、作曲って? 森本くんの名前で検索したらでてくる?」
「『月世界』だよ」
月は紙コップを傾けてドリンクを一口飲んだ。え、とさっきよりも激しくみんなが動揺する。
「『月世界』って――歌い手の永遠野シュンの曲作ってなかった!? え、あの?」
「『Rainy sunday』って『月世界』じゃなかった……? ほんとに……?」
「ん、マジ。あれならXのアカウントの管理画面見せてもいいけど」
「うわぁ……!」
先生からも一目置かれている月の言うことだからだろう、証拠を見せなくてもみんな信じたみたいだ。
いつの間にか調理室にいたほかのクラスの子たちまで集まってきていて、「なに、『月世界』って?」「知らないの!? 有名なクリエイター!」「高校生って噂あったけど、マジだったんだ……」とささやきがあちこち聞こえてくる。
――俺は。なんで急に月が正体を明かしたのかわからなくて、ますますぽかんとしていた。
月は騒がれるのがきらいだ。みんなにきゃーきゃー言われることも好きじゃない。
だから、正体を隠してるわけじゃないけどあえて明かすこともしてなかったのに――
急にどうしたんだろう、という疑問の答えはあとからわかった。
ざわめきがすこし落ちついたあとで月は言う。
「で、陽太のために曲作ることにしたんだ。陽太が文化祭で好きな子に告白するっていうから」
「え!?」
「……え!?」
みんな驚いたけど俺も驚いた。びっくりして変な声をだした俺を横目に、月は調理室中に聞こえる声で告げる。
「文化祭の二日目な。『lunisolar』ってユニットが俺たちだから。……陽太のために気持ち込めて作ったから、みんな、聞きにこいよ」
みんな、になにか意味ありげな響きがこもっていたことに気づいたのは俺だけだったらしい。沢木さんたちは「絶対行く!」「店番のシフト変わってもらわなきゃ」と大はしゃぎだ。
――え、月、いきなり急になに色々ばらしてんの……!?
この話は明日には全校生徒に広がっているだろう。
とてつもないプレッシャーを背負わされた気がする。でも、月はこれだけじゃ終わらせなかった。
俺の横まで来ると、ぽん、と俺の肩を叩いて。
「これから俺たち最終調整に入るから。ふたりで消えることあると思うけど、そのときはよろしくな」
そう――女子だろうが男だろうがだれでも言うことを聞いてしまいたくなる笑顔で言ったのだった。
任せて、とみんなが口々に答えるなかで月は「やる」と紙コップを俺に手渡す。
中身はまだすこし入っていた。なんでかさざ波だっていて、それが俺の手が震えているからだと遅れて気づく。
「月――」
「レモン120%のやつ作ったらなんかみんな悶絶して倒れちゃった」
「…………」
「ま、それはともかく」
彼は俺を調理室の隅に連れていった。周りの聞こえないよう、耳に口元を寄せてくる。
「最近の陽太、なに? なんで俺から逃げんの?」
「に、逃げてるわけじゃ」
「俺から逃げるくせに上田だか中田だかとは仲よく話してるとか意味わからないんだけど。また女子とフラグ立てようとしてるし」
「立ててないし……というか月、もう二学期なんだからクラスメイトの名前くらい憶えろよ」
「興味ない」
ばっさり切りすてると月は言った。恥ずかしくて彼の顔を見れないでいる俺に、怖いくらい優しく。
「とにかく、これで陽太は俺から逃げられないから。……あと二週間、たくさん準備しような?」
そっちも完璧にしたいのはもちろんだけど、クラスのレモン喫茶も成功させたい。特に俺はバイトで経験があるということで接客リーダーにされてしまったし。
文化祭まであと二週間。
ユニフォームは男女共通で制服の上にレモン柄のエプロンをすることになった。女子は任意でレモン柄のヘアアクセとかをつけるらしい。
女子のウェイトレス姿を見たがっていた上田は悔しがっていたけど、用意するのがエプロンだけなのは助かる。裁縫担当の子たちいわく縫うのも簡単らしい。
「陽太いる? ちょっと来てー」
「俺?」
放課後の教室で。同じ接客チームの子たちに用語を教えたり厨房に注文を通すまでの流れを教えていると、調理室で料理を試作しているはずの調理チームから針谷がやってきて俺を呼んだ。
「なに?」と俺は廊下にでる。
「レモンタルトが大洪水になってる。たすけて」
「分量間違えたんじゃ?」
「いや何回もみんなで確認した。間違いない……はずなんだけどなぁ」
というか俺でいいの、と調理室に向かいながら尋ねると「え、だって陽太って料理上手いんだろ?」ときょとんとして言われた。
「森本がそう言ってたよ。こういうときは陽太にお願いすればいい陽太なら大丈夫むしろ陽太以外はなにもするなって」
「月……」
信頼してくれるのは嬉しいけど。チームワーク。
「みんなー、陽太きたぞー!」
「陽太くんこっち! タルトが! 大変なことに!」
調理室に行くとさっそくオーブンの近くにいた女子たちが助けを求めてくる。
月はそことはすこし離れたところでドリンクを作っていた。目があった、と思った瞬間耳が熱くなって俺は急いで女子たちのところに行く。
……このまえからずっとこんな感じなんだけど。
俺、どうしちゃったんだろう。そういう病気……?
レモンタルトはたしかにびっちゃびちゃだった。フィリングとタルト生地の間に水分が溜まってしまっている。お客さんにはとてもだせない。
「たぶんだけど……」と俺は使ったレシピと針谷が記録のために撮っていた動画を確認してから言う。
「メレンゲを泡立てすぎたんじゃないかな。こんなしっかりじゃなくてツヤがでる程度でいいと思う。あと作ってから時間が経つと分離しやすいから混ぜる直前に作るようにして。俺そばで見てるから、もう一回やってみよう」
「陽太くん……! 救世主!」
今度はメレンゲを七分立てくらいで止めて焼いていく。
「ねえ、陽太くんってお菓子作り得意なの?」と沢木さん――レモン喫茶を提案した子だ――が話しかけてきた。
「得意ってほどじゃないけど……」
キッチンを借りたお礼に月のおかあさんにお菓子を作ったら喜んでくれた。のが嬉しくて、もっと上手に作りたいと思ったのがはじまりだ。
偏食家の月も『陽太のならなんでも食える』と喜んで食べてくれるし。
それをどう説明すればいいか悩んでいると、「俺のためだよ」と紙コップ片手に月がやってきた。俺の心臓が勝手に跳ねる。
……ってか一緒にドリンク作ってたやつらが全員ゾンビみたいにテーブルに突っ伏してるんだけど、あれなに?
「なに? 俺のためってどういうこと?」と沢木さん。「知りたい?」と月は薄く笑う。
「知りたい知りたい! A組の仲よしコンビの秘密、知りたい!」
「どうしようかな」
「教えてくれたらレモンタルトあげる!」
「陽太が作ったんじゃないならいらない」
でもいいよ、と月が声をひそめた。沢木さんと周りにいた女子たちは興味津々というふうにおしゃべりをやめる。
いったいなにを言うのかと思っていたら、
「――陽太、俺の世話してくれんの。俺に毎食手料理作って部屋の掃除してくれて寝かしつけて朝は起こしてくれんの。俺が作曲してる間はね」
ここにいたみんながぽかんとした。俺もふくめ。
それ、だれにも言ってなかったことじゃ――
「なになに? お世話? どういうこと?」
「え、いま作曲って言った?」
女子たちが――月には近寄りがたいのか、一定の距離は開けて――月につめよる。ふふんと月は笑った。
「そのとおりの意味。俺、作曲中は集中しすぎてなにも食えなくなるんだけど、陽太の手料理だけはべつだから、陽太はレパートリー増やしてくれるわけ。俺のために。お菓子もそう。な? 陽太」
「待って待って、作曲って? 森本くんの名前で検索したらでてくる?」
「『月世界』だよ」
月は紙コップを傾けてドリンクを一口飲んだ。え、とさっきよりも激しくみんなが動揺する。
「『月世界』って――歌い手の永遠野シュンの曲作ってなかった!? え、あの?」
「『Rainy sunday』って『月世界』じゃなかった……? ほんとに……?」
「ん、マジ。あれならXのアカウントの管理画面見せてもいいけど」
「うわぁ……!」
先生からも一目置かれている月の言うことだからだろう、証拠を見せなくてもみんな信じたみたいだ。
いつの間にか調理室にいたほかのクラスの子たちまで集まってきていて、「なに、『月世界』って?」「知らないの!? 有名なクリエイター!」「高校生って噂あったけど、マジだったんだ……」とささやきがあちこち聞こえてくる。
――俺は。なんで急に月が正体を明かしたのかわからなくて、ますますぽかんとしていた。
月は騒がれるのがきらいだ。みんなにきゃーきゃー言われることも好きじゃない。
だから、正体を隠してるわけじゃないけどあえて明かすこともしてなかったのに――
急にどうしたんだろう、という疑問の答えはあとからわかった。
ざわめきがすこし落ちついたあとで月は言う。
「で、陽太のために曲作ることにしたんだ。陽太が文化祭で好きな子に告白するっていうから」
「え!?」
「……え!?」
みんな驚いたけど俺も驚いた。びっくりして変な声をだした俺を横目に、月は調理室中に聞こえる声で告げる。
「文化祭の二日目な。『lunisolar』ってユニットが俺たちだから。……陽太のために気持ち込めて作ったから、みんな、聞きにこいよ」
みんな、になにか意味ありげな響きがこもっていたことに気づいたのは俺だけだったらしい。沢木さんたちは「絶対行く!」「店番のシフト変わってもらわなきゃ」と大はしゃぎだ。
――え、月、いきなり急になに色々ばらしてんの……!?
この話は明日には全校生徒に広がっているだろう。
とてつもないプレッシャーを背負わされた気がする。でも、月はこれだけじゃ終わらせなかった。
俺の横まで来ると、ぽん、と俺の肩を叩いて。
「これから俺たち最終調整に入るから。ふたりで消えることあると思うけど、そのときはよろしくな」
そう――女子だろうが男だろうがだれでも言うことを聞いてしまいたくなる笑顔で言ったのだった。
任せて、とみんなが口々に答えるなかで月は「やる」と紙コップを俺に手渡す。
中身はまだすこし入っていた。なんでかさざ波だっていて、それが俺の手が震えているからだと遅れて気づく。
「月――」
「レモン120%のやつ作ったらなんかみんな悶絶して倒れちゃった」
「…………」
「ま、それはともかく」
彼は俺を調理室の隅に連れていった。周りの聞こえないよう、耳に口元を寄せてくる。
「最近の陽太、なに? なんで俺から逃げんの?」
「に、逃げてるわけじゃ」
「俺から逃げるくせに上田だか中田だかとは仲よく話してるとか意味わからないんだけど。また女子とフラグ立てようとしてるし」
「立ててないし……というか月、もう二学期なんだからクラスメイトの名前くらい憶えろよ」
「興味ない」
ばっさり切りすてると月は言った。恥ずかしくて彼の顔を見れないでいる俺に、怖いくらい優しく。
「とにかく、これで陽太は俺から逃げられないから。……あと二週間、たくさん準備しような?」



