愛が重すぎる美形の親友に囲いこまれてBLエンド一直線にされました


 月の第一印象は『自分の世界を持っているやつ』だった。

 中一のときに俺たちは同じクラスになって、初めての授業のあと、月はスマホに有線のイヤホンを挿してなにか聴いていた。

 今時、有線なんてめずらしい。
 周りが友達と話したり仲よくなれそうなやつを探したりしているなかで、ひとりそうしている彼はすごく大人っぽく見えた。

 なにを聴いてるか気になったけど、やっぱり俺と月の机は離れてたし、そこまで行って話しかけるだけの勇気もなくて——

 やっと声をかけることができたのは、それから一週間後。
 登校中、前を歩いていた月の鞄に俺が好きなバンドのキーホルダーがついているのを見てからだった。

『それ『サマスト』だろ? 好きなの?』

 その日はたまたま優香が休みで俺はひとりで登校していた。
 思わず彼の隣まで行って話しかけると、イヤホンをしていた月は驚いたように俺を見る。

『……知ってんの? まだインディーズなのに』
『でもいい曲ばっかじゃん。俺、『夏の葬式』とか好き』
『ほんと?』

 月はイヤホンを取った。『俺も好き』と勢いこんで言ってくる。

『リアルで『サマスト』好きなやつに会ったの、初めて』

 それで俺たちは仲よくなり、音楽の話ができる友達ができたことに喜んでいたら月が突然学校に来なくなった。
 担任いわく『部屋に引きこもっているらしい』という。

『俺、月のところに行ってきます』

 ラインは既読にすらならなかった。それが三日もつづくと心配になり、俺は担任に頼みこんで、先生経由で月の母親から住所を教えてもらった。そして放課後にひとりでそこまで飛んでいって。

『月、入るぞ!』

 二階の奥にある彼の部屋のドアを開けようとしたらドアはすぐになにかにぶつかった。
『え、ちょっ、なんだよこれ』とあわてていたら『……なに?』と部屋の中からうるさそうな声がした。

『いまは入るなって言ってんじゃん』
『月?』
『……え? 明石?』

 彼がドアの前にあったなにか――雑誌がつめこまれたカラーボックスだった――を動かす気配がした。そして『入って』と声がかかる。

『どうしたんだよ、ひか……うわ』

 部屋の中はすさまじいことになっていた。
 パソコンデスクの周りは空のペットボトルだらけ。床はなにか殴り書きされたルーズリーフばっかりで足の踏み場もない。

 もとは黒を基調にまとめられたおしゃれな部屋だったのだろう。でもここまで散らかっていたらさすがに『きたなっ』以外の感想がなかった。

『なにやってんの……?』
『作曲』
『え』
『親に頼んで金貸してもらった。それで作曲ソフト買っていま作ってる。あふれだして止められないんだ、音が』

 そう言うなり月はデスクの前に引きかえし、ヘッドフォンをつけてマウスを操作する。パソコンにはDTMの編集画面が映っていた。

 床に散らばっているルーズリーフを見てみると、どうやら音階をメモしているみたいだった。罫線を五線譜がわりに使っているらしい。

『月……』

 俺は月のおかあさんが言っていたことを思いだす。
 トイレにはでてきてるみたいだけど、それ以外はずっと部屋にこもりっきり。ご飯も食べていない。たぶん、前に通販でまとめ買いしていた水しか飲んでいないと思うって――

『死ぬぞっ、バカ!』

 俺は月のヘッドフォンを取りあげた。月はびっくりしたように俺を振りかえったあと、ぎろりとにらみつけてくる。

『なにすんだよ、返せ!』
『自分の体調が第一だろ。飯くらい食え!』
『は? 明石には関係ないじゃん!』
『あるに決まってんだろ友達なんだから! とにかく休憩! 下降りろ!』

 月の腕をつかんで強引に立ちあがらせる。飯を食っていないからだろう、彼はふらふらだった。
 それなのに『うっさい』と月は俺の手を振りほどこうとする。

『飯食う時間も惜しいの。曲ができたら食うからほっといて』
『それっていつ』
『知らない』
『……ダメだ。おかあさん心配してるだろ、来いよ!』
『おまえには関係ないつってんじゃん!』

 ああでもないこうでもないと言いあったあげく、月はふと思いついたように『じゃあさ』と言ってきた。

『明石が俺の世話してくれない?』
『は?』
『飯作ってさ、そろそろシャワー入れって言ってさ、寝る時間になったら言って朝もおまえが起こすの。そこまでやってくれんならいいよ』
『わかった』
『ま、どうせそこまでしないよな。赤の他人に――』

 そこまで言って、月は俺の顔を見た。なんつった、いま、と。

『わかったって言ったんだよ』

 俺ももう引きさがれなかった。ここで引きさがったら月は飯そっちのけで曲を作りつづけてしまうだろう。
 やるよ、と俺は月をにらみかえして宣言した。

『作曲終わるまでおまえの面倒見てやる。覚悟しとけよ』




 明日からGWだったので学校は心配しなくていい。俺は月のおかあさんに事情を説明し、彼のぶんの料理だけ俺が作ることになった。

 最初に作ったのはロールキャベツ。
 森本家のキッチンで作ったそれを二階の月の部屋まで持っていくと、トマトスープの匂いでわかったらしく、パソコンに向かっていた月はくるりとイスを回転させて振りかえった。

『……マジで』
『マジで』

 俺はキーボードをどかして皿が乗ったトレイを置く。
 動物みたいにくんくん鼻を動かしたあと、月はロールキャベツをナイフで切った。そして無言で口に運ぶ。
 
 うま、と彼がつぶやいた。

『……は? うそだろ。レトルト?』
『いまキッチン借りて作ったんだよ』
『かあさんの百倍美味いんだけど……なに、おまえ』

 べつに、と俺はティッシュを取って彼の口を拭いてやる。『優香が偏食家で好ききらい多いんだけど、俺の作った料理ならなんでも食べるから上手になっただけだよ』

『……ああ、あの妹系の。つきあってんの?』
『そんなんじゃないよ』
『ふうん』

 彼は黙ってフォークとナイフを動かした。最初は味わうように。そのうち、我慢できなくなったのか口いっぱいに頬張るように。

 すぐに皿は空になり、胃袋が満たされて人心地ついたらしい月はほっと息を吐きだした。それを横でずっと見守っていた俺は微笑む。

『お粗末さまでした』
『あ、……うん』

 俺はトレイを持って部屋をでる。
 ドアを閉めようとしたとき、『あのさ』と小さく声をかけられた。

『おいしかった。……です。ありがと』

 小さな子供みたいな言い方に俺はつい笑い、『なんでも作ってやるから』と返したのだった。



 それから俺は月に言われたとおりのことをやった。毎食手料理を作って、一日一回風呂に入らせて、0時には寝かせて八時に起こした。ついでに部屋の掃除もした。

 こんなだからほぼ森本家に居っぱなし。だったけど、息子が一応人間らしい生活をしていることに月のおかあさんは安心していたのでお咎めはなかった(ちなみにおとうさんは放任主義らしく顔を合わせても『好きにやってくれ』としか言われなかった)。

 何日目かの夜、寝る前にパジャマに着替えさせてベッドに寝させた月に食べものでなにが好きか聞くと『ハンバーグ』と返ってきた。『目玉焼きが乗ったやつ』

『ガキっぽいって思っただろ』
『思ってないよ。俺、チーズが入ってるの好き』
『……あっそ』

 月は壁のほうにごろりと寝返りを打つ。じゃあ俺帰るから、と荷物――スマホと時間つぶし用の漫画くらいしかないけど――をまとめていると、『曲』と月が壁を見たまま言ってきた。

『できたら、明石に一番に聴いてほしい』
『あ、うん。……俺でいいの?』
『明石がいい』

 わかった、と俺はうなずいた。

 そしてGW最終日。月が作っていた曲が完成した。
 ロックテイストのそのインスト曲はどこまでも広がる青い海と夜の暗さを思わせて。これが月の世界なんだ、と俺は感じた。

『どう、だった?』

 曲が終わり、なにか惜しいような気持ちでヘッドフォンを外した俺に月が問いかけてくる。

 すごい、と俺は答えた。率直に。そして『これが月が見てる世界なんだな』と言った。

『そんな大層なもんじゃないけど……』
『ネットにアップしたほうがいいって。絶対。月の曲を必要としてるひと、たくさんいると思う』
『……そーなの?』
『うん。絶対。そーなの』

 わかった、と月は素直にうなずいた。そしてその日には動画サイトにアカウントを作り、彼が初めて作った曲をアップロードした。もちろん最初のチャンネル登録者は俺。

 アカウント名は『月世界』。
 曲のタイトルは、『No title』――。