『飯どうすんの』。俺がそう聞くと月は『ちゃんと食う』と言った。
『心配なら毎回ラインする』
『……うん。そうして』
花火大会の翌日、昼過ぎに起きた俺はヘッドボードに置いたスマホを手に取る。
時間は十二時過ぎ。月からラインが来ていて、見ると昼飯の写真だった。今日は明太子パスタだったらしい。
やっぱり夏バテ中なのか50gもなさそうだったけど、えらい、とスタンプを返して俺は起きあがる。
せっかくの夏休みなのに午前中を無駄にしてしまった。昨日眠れなかったせいだ。
学習机の上にはスーパーボールが乗っている。
眠れなくて数をかぞえたけれど24個しかなかった。あとひとつは拾いきれなかったみたいだ。どこまで行ってしまったんだろう。
——自転車、取りにいかなきゃ。
カーテンを閉めていても外は猛暑なのがわかる。俺は寝てる間もつけっぱなしだったクーラーを止めて、顔を洗おうと一階の洗面所へ向かった。
俺の頭は月のことでいっぱいだった。
屋台をめぐりながらはしゃぐ月。雨に降られて不機嫌そうにする月。俺を、真剣な目で見る月。
だれか知っているひとがいるなら教えてほしい。
この気持ちをなんて呼ぶのか。どうすればいいのか。
答えはないまま、炎天下を自転車で走る。
面白いくらい汗が滴りおちてくる。真夏の太陽は容赦なく俺の体を焼いて、水分をみるみるうちに奪っていく。
それでもこの暑さに救われていた。
心臓が跳ねるのも、体が熱いのも、ぜんぶこの陽射しのせいにできたから。
今日は一日晴天で、延期になった花火大会は問題なく七時半から開催された。
どん、どん、とひっきりなしに打ちあがる花火を俺は自分の部屋の窓から眺めた。指でつまめそうなくらい小さな花火を。
――月の部屋からも見える?
そうラインしようとして、彼が集中していたら悪いと思ってやめた。写真だけ撮っておくことにする。
月とふたりで見たかった花火は、それでもきれいだった。
「あとは針谷が来るって言ってなかった?」
「いやーなんか腹痛で一生トイレから出られないらしくて。そしたらピンチヒッターで近藤さんと町田さんが来てくれたって感じ?」
花火大会の日から数日後。
後ろの席の上田に『よかったら映画でも見にいかん?』とラインで誘われた俺はそれに乗っかることにした。
部屋にいても月のことばかり考えてしまう。これはまずいと思ったから。
ほかに来るのは上田と同じ野球部の針谷だと聞いていたけど、当日映画館に行くといたのは同じクラスの女子ふたりだった。
「ごめーん待たせちゃった?」と手を振る上田はわかりやすくにやけている。
どうやら近藤さんか町田さんのどっちかが好きらしい。まあそういうことなら協力してやるか、と俺も女子たちと合流する。
彼女たちはだれが来るかちゃんと聞いていたようだ。「まさか陽太くんが来てくれると思わなかった」と近藤さんが俺に言う。
「なんで?」
「だって陽太くんっていつも森本くんと一緒だから。森本くんってグループで遊ぶの好きじゃないみたいだから誘ってもきてくれないだろうし、森本くんがいないなら陽太くんも来ないかなって」
「まあだれも森本の連絡先知らないからそもそも誘えないんだけど」と上田が笑う。
月は——周りにつめたくしてるわけじゃないんだけど、『だれかと一緒にいると音楽聴く時間が減る』と言って関わる相手は厳選している。
でもその理由を言ってもまず納得してもらえないだろうし、かといって月が積極的に明かしてない『月世界』としての活動を俺がばらすのも変だ。なので曖昧に笑ってごまかした。
「まさか喧嘩中だったりして!」と町田さん。
「そういうわけじゃないけど……」とこれもごまかすしかない。
「夏休みもやっぱ一緒?」
「……ん、まあ。家近いし。いまは……えっと、月が夏休みの宿題まとめてやっちゃいたいって言うから会わないようにしてるけど、それ以外は一緒かな」
「ほんと仲いいよなー。中学からだっけ?」
「うん、音楽の趣味が似ててさ」
今日観るのは有名な俳優が主演のハリウッド映画だ。まだ上映時間にははやいので、適当にロビーにあるチラシやポスターを観ていく。
……あ、これ月が好きそう。
とにかく派手なのが伝わってくるアクション映画のポスターを見て思わず笑うと、「どした?」と上田に聞かれた。
「これ、月が好きそうだなって」
「本人いないときでも森本のこと考えてんの? 大好きかよ」
「……るさい」
ってかどっち狙いなの、と俺は小声で上田に言う。上田はあからさまに挙動不審になった。
「はー? べつに好きとかないし? 町田が夏休みひまだって言うから誘っただけだし?」
「町田さんかぁ。よし、応援するからがんばれ」
「今日でキスまで行けると思う?」
「……そういうこと言うなら帰るけど」
「ごめん! 援護射撃お願いします……!」
そういう事情なので映画館では上田と町田さんが隣の席になれるようにして、そのあとのランチでは町田さんに上田のいいところがアピールできるよう気をつけた。まだ上田のことあんまり知らないけど。
——これをやってた月ってすごいな……
中学のとき、俺が自然とヒロインたちとふたりきりになれるようにしてくれたり会話をうまくコントロールしてくれていた月のすごさをあらためて実感する。
月に『やっぱり月ってすごい』ってラインしておこうか。急になに言ってんのって言われるだけか。
途中で近藤さんに目配せをされたので俺はトイレと言って席を離れる。ほどなくして近藤さんもやってきて「ちょっとは距離縮まったかなぁ?」と言ってきた。
「だといいんだけど。上田ってあれで好きな女子には奥手っぽくない?」
「そっちじゃないよ。私と、陽太くん」
「え?」
「クラスメイトから友達くらいにはなれたと思うんだけど、どうかな?」
「あぁ……、うん。もちろん」
近藤さんはにっこり笑う。「よかった。じゃ、今度はふたりで遊びにいこう? もちろんこの四人でも」
「……えっと、」
なんだろう。
内なる月がなにか言ってる気がする。
『俺と離れた途端女子に絡まれるのかよありえないだろさっさと断れ』
……いやいや。月でもさすがにこんな乱暴なことは……
言うか。月なら。
「陽太くん?」
「ごめん、いまちょっと月ならなんて言うか考えてる」
「えっ?」
『そもそもほかの女と遊んでるひまなんてないだろ。自分の状況わかってんの?』
一応、と俺は言いかえす。
『三人の女の子のうちだれが好きかわからなくて。しかも月からの告白を保留にしてる』と。
……言葉にするとすごいあれだな、俺の現在の状況。
『そうだよ。なのにそいつとふたりで遊びにいく余裕なんてあるわけ?』
『……ない。です』
『なら返事は決まってるよな?』
「陽太くん、そろそろもどらないと……」
——ごめん、と俺は近藤さんに謝った。考えるより先に。
「月が俺のこといつ必要とするかわからないから。だから遊びにはいけない。ごめん」
上手な言いわけじゃない、とあとから思った。月を口実にするなんて。
でも――俺からその返事を聞いた近藤さんの反応は予想外のものだった。
彼女はびっくりしたように俺を見て。
あのさ、と声をひそめて言ってきた。
「前から思ってたけど……陽太くんと森本くんってすっごく仲いいよね。もしかしてつきあってるの?」



