日曜日。初めてのバイト代(振り込みじゃなくて手渡しだった)をサコッシュに入れて、俺はショッピングモールに向けて自転車を漕いだ。
目的地は家電量販店。もちろん月へのプレゼントを買うためだ。
駐輪場に自転車を止めたあと、スマホをチェックすると『ひま』と月からメッセージが来ていた。
『午後なら俺もひま』と返して、俺はイヤホンを求めて売り場に直行する。
「……うぇ。こんな種類あんの?」
有線イヤホン——いつだか無線は人混みだとノイズが入るからいやだと言っていた——だけでも二十種類くらいある。そして値段もピンキリ。安いのは二千円しないけど、高いのはその十倍はする。
耳がいい月に安物は渡せない。
高いのを買うとバイト代はほとんど飛んでくけど……でも、月が俺のために曲を作ってくれるって思えば安いくらいだ。……うん。きっと。いや、絶対そう。
このまえ古本屋で見かけた漫画全巻セットとか洋服とか新作ゲームとかをぜんぶ頭のなかから追いだして、俺は高級イヤホンの前に立つ。
視聴用のを自分のスマホに挿して聴きくらべたあと、これだな、と高音が一番きれいに響いたイヤホンの空箱を手に取った。月の曲は高音の使い方が特徴的だから。
——喜んでくれるかな、月。
いつ渡そう。誕生日プレゼントとかじゃないからいつでもいいっちゃいいけど、せっかくだから花火大会の日にしようかな。
月にこんなふうにちゃんとプレゼントを渡したことなんていままでなかった。
びっくりするだろうな、月。喜んでくれるかな。月の眼鏡ならぬ耳にかなえばいいんだけど。
「……あ、七夕」
一階のエントランスホールではでっかい笹が鎮座していた。行きははやくイヤホンを買うことしか考えてなかったから気がつかなかったらしい。
傍らの長テーブルでは親子が短冊になにか書きこんでいる。
俺は七夕の前でたくさんぶらさがっている短冊をなんとはなしに見ていった。ピカチェウ(黄色い電気ネズミのことか?)がもらえますように、とかワンちゃんがかえますように、とか小さな子供の字が多い。大人の字で『世界平和』とか『健康体』とか書いてあるのもあるけど。
……月だったら、一年に一度しか会えない恋人と会ってんのに他人の願い叶えるひまなんてあるかよとか言いそうだな。
親友が毒づくところを想像して俺はくすっと笑う。
そのとき長テーブルで一生懸命願いごとを書いていた女の子がやってきて、ん、と俺に短冊を差しだしてきた。
「……なに? 吊す?」
「ご、ごめんなさい。りんちゃんダメでしょ」
「いいですよ、やりますから。彦星さまと織り姫さまがよく見えるように高いとこに吊そうな」
女の子のおかあさんに笑顔を返し、俺は腕を伸ばして短冊をなるべく高いところに吊す。
「ありがとうございます」とおかあさんは俺に頭を下げ、「ほらりんちゃん」と女の子をうながした。
「おにいちゃん、ありがと」
「どういたしまして」
「おにいちゃんはおねがいしないの?」
「あー……」
子供の純真な目にじっと見つめられるとそうしなきゃいけない気持ちになるのはなんでだろう。
「そうだな、せっかくだし」と俺はふたりと別れて長テーブルへ行く。一番上にあった黄色の短冊を手に取り、黒いペンを片手に考えこむ。
俺の願いって……なんだろう。
一番知りたいのは自分の気持ちだ。優香たち三人の女の子と、月。いったい自分がそのなかのだれが好きなのか。
でもこれこそ織り姫さまたちは知ったことじゃないだろう。俺が自分で見つけなくちゃ。
「……ま、これだよな」
『文化祭が成功しますように』。一文字ずつ念を込めて書いて、俺はそれも自分の身長ぎりぎりの高さに吊す。
きっと、それまでに答えをだすから。
俺は自分の短冊を写真で撮って月に贈る。
このまままっすぐ帰ろうとしたけど、やっぱりモールのなかの本屋に寄って漫画の新刊をチェックしていたら月から返事がきた。
『俺の短冊もつるして』
『自分でやれ』と返したあとに『なんて書くの』と送る。
返事はすぐにきた。
『陽太が俺に惚れてくれますように』
「……アホ」
どんな顔して入力してんだ。『書けるか!』と俺は返す。
『うそ。冗談』と月。『ってか、一年に一回しか会えないイロと会ってんのに他人の願いなんて叶えてる暇なんかないと思わん?』
『彦星さまと織り姫さまをイロって言うのやめて』
『俺も陽太と一緒。文化祭成功させような』
……うん、と俺は小さくうなずく。成功させよう。絶対に。
それからふと百人の女の子とつきあうラブコメ漫画が目に留まり、まだ俺はぜんぜんふつうだな、とひとりでほっとした。
「陽太が浴衣着てくれたらやる気でんのになー」
「男の浴衣なんてなんも楽しくないじゃん」
一度家に帰ってイヤホンを置いてきたあとで俺は月の家に行った。
月はあるリズムゲームの楽曲を依頼されて構想を練っているらしい。「もうやだ、あっちぃ」とクーラーががんがんに効いた部屋でベッドに寝そべりながら言う。
「ほら、食え」と俺はキッチンで作ってきたざるそばをテーブルに置く。うう、とゾンビのように月はベッドから這いおりてきた。
そしてなんか言いだした。「陽太の浴衣見たい」と。
「男の浴衣なんて——」とざるそばをすすりながら俺は言いかえす。
そんなことない、と例年通り食欲減退中の月はだるそうに箸を取る。
「陽太のはべつ。着てくれたら俺一日で曲作る」
「向こうのひとびっくりしそう」
「夏なんてそれくらいしか楽しみないじゃん。舐めてるよな。なにこの暑さ。俺に死ねって言ってる? パソ子も暑いよなー。うん暑いー」
月が限界だ……。
「……まあ、月がそこまで言うなら着るけど」
「よし着ろ」
「ネットにあるっけ? まあ浴衣なんてフリーサイズだもんな。なんでも——」
「そこにある段ボールに入ってるから。着るがよい」
行儀悪く月が箸で指したところを見ると、中サイズのダンボールが置かれている。
「入ってる?」と俺は聞きかえした。
「陽太に似合うと思って買った。着ろ着てください」
「…………」
俺はざるそばを黙々ととすする。
「陽太、聞いてる?」
「……そういうの、先に俺に確認取ってから買わない?」
「だってどうせ陽太は着てくれるし……」
着るけど。月のやる気のためなら着るけど。
「まったく……」と俺は先にさっさと食べおえて、月の後ろでダンボールを開けて浴衣を取りだす。
紺色の生地に白と濃い赤色の十字でできた縦縞が入っている。千鳥格子と言うらしい。
それに着替えて、一緒に入っていた説明書を参考に帯を結んだ。苦労の末、まあこんなもんかと月の向かいにもどる。
一本ずつそばをすすっていた月は「おぉ」と顔を上げた。
「似合ってる。さすが俺の見立て」
「子供のとき以来かも、浴衣」
「ちょっと一周して」
俺はその場で一回転する。うんうんと月は腕を組んでうなずいた。
「紺色の生地が陽太を大人っぽく見せてかつ千鳥格子が生来の無邪気さを引きだし……」
「解説モード入らないで」
「俺の家いるときそれ着てよ。夏の間だけさ」
「まあいいけど……」と俺は袂をつまんでみる。「花火大会に着てくとかそういう話じゃないの?」
何の気なしに言ったことなのになぜかにらまれた。
「は? なんでほかのやつらに陽太の浴衣姿見せてやらなきゃいけないんだよ。見ていいの俺だけに決まってるじゃん」
「……月、めんどくさい」
「そうだよ。俺はめんどくさいの。彼氏にしたらこの倍めんどくさくなるから、俺えらぶならそのつもりでいろよ」
俺はやれやれとテーブルの前に座る。そして月が手をつけてない夏野菜の天ぷらを彼の器に放りこんだ。
そんなの今更じゃん、と。



