愛が重すぎる美形の親友に囲いこまれてBLエンド一直線にされました


 バイトをはじめて一ヶ月もすると陽太はかなり慣れてきた。もうどこにだしても恥ずかしくない立派なウェイターだ。
 なんで俺にそんなことわかるのかって? あれから週に一回は飯を食べにいってるから。

 うまい飯と陽太のウェイター姿が見れて二千円弱。これは安すぎる。

「いらっしゃいませ。月、いつもの席でいい?」
「おっけー」

 ほんとは陽太がいる日は毎日来たいけど、それだと『仲いい友達』の範疇を超えてしまう。週一がぎりぎりのライン。
 俺はともかく陽太がオーナー夫婦に変な目で見られるのはいやだ。

「今月より夏季限定でチキンのレモンバターソテーがはじまりました。脂がのった地鶏をさわやかなレモンとまろやかなバターソースでお召しあがりいただけます。ぜひ一度ご賞味くださいませ」

 一番奥のテーブル席が俺の定位置だ。
 すぐにお冷やとメニューを持ってきてくれた陽太が流暢に新作メニューの紹介をしてくれる。おー、と俺は小さく拍手した。

「すげえ、陽太。完璧じゃん」
「ほんと? 実はさ、俺が自分で考えたんだ。月が言うの初めて」
「高級レストランにいるのかと思った。じゃあそれで」
「かしこまりました」

 にっこり笑って陽太はメニューを下げる。
 いつの間にこんなにレベルアップしたんだ。我が子を見る親の目で俺はカウンターにもどっていく陽太の背中を見送る。

 ——陽太と接客、かなりいい組みあわせなんだな。

 親友の成長が嬉しくもありさびしくもある。俺は氷を揺らしながらお冷やを一口飲み、(陽太を見てばっかりだと怒られるので)料理が来るまでの暇つぶしにスマホで漫画アプリを開く。

 好きな漫画を読みかえしているうちに料理が来て、俺は陽太の説明を思いだしながらチキンソテーを口に運ぶ。
 ここの料理はなにを食べても素朴で優しい味がする。なんとなく懐かしい感じ。

 でも俺は陽太の料理のほうが好きだな、と思っているとぱりんとガラスが割れる音が聞こえた。

 音の出所はひとつ向こうのテーブルだった。
 そこにいるのは二十代後半くらいの男がひとり。俺が来るときには毎回いるやつだ。常連、っていえばそうなだろうけど――

 カウンターのなかから陽太がすばやくでてきてテーブルの傍らにしゃがみこんだ。

「お客さま、おケガはございませんか?」
「あ……」と男は長い前髪の向こうから陽太を見る。

「……すんません。弁償します」
「お気になさらず。お召しものは濡れませんでしたか?」
「……はい。あの、ごめんなさい」

 ぼそぼそとした謝罪に「謝らないでください」と陽太は笑う。「お客さまにおケガがなくてなによりです。ここでは落ちついてお食事を楽しめないでしょうから、よろしければお隣のテーブルに移られてください」
「すんません……」

 陽太の勧めで男はテーブルを移る。

 オーナーの奥さんはカウンターのなかからそれを見守っていた。うんうんとうなずき、陽太に「ホウキとちりとりお願い」と頼むと男には見えないように親指を立ててみせる。陽太は照れながら店の奥に向かった。

 ——陽太……こんな立派になって……。

 一部始終を見ていた俺は感動で泣きそうになった。なんて鮮やかな対応なんだ。

 ただ、ちょっと気になるのは。
 あの男が、わざとグラスを割ったような気がすることだけど……

 一抹の不安を感じながら俺はチキンソテーをたいらげ、会計を済ませたあと、店の休憩室で宿題をやったりして陽太のバイトが終わるのを待つ。

 なんで部外者の俺がここを使わせてもらえているかと言えば、陽太のバイトの日は欠かさず彼を迎えにきているからで。
 それをオーナーの奥さんに知られたからで。
『月くんならいいわよ好きに使って』と語尾にハートマークがつきそうな勢いで言われたからだ。

 よかった。顔がよくて。

 俺はシンプルな長テーブルで宿題を片づけていく。

 その日はそれで終わったみたいだったけど。
 俺の不安は、後日、的中した。


 +++


「……陽太、なにそれ?」

 火曜日。仕事が終わったあとで休憩室にもどると、音楽を聴いていた月がイヤホンを外してそう尋ねてきた。

「このまえのお客さんから」と俺は百貨店の紙袋をテーブルに置く。「ほら、グラス割っちゃった男のひといただろ? お詫びにってわざわざ持ってきてくれたんだよ」

「ふうん」
「奥さんに言ったら俺が持ってかえっていいって。月、ちょっと持ってく?」

 中身はクッキーのつめあわせみたいだ。それを袋からだすとぱさりとなにかがテーブルに落ちた。

「なにこれ」と月が拾いあげて表情を変える。
 小さなメモ……みたいだけど。

「なにが書いてあんの?」
「…………」
「月?」
「このまえのお礼。と、ラインのID」
「え? なにそれ」

 冗談だと思ったけど、月が見せてきた無地のメモにはほんとうにその通りのことが書かれていた。
『ようたくん、このまえはありがとう。よかったらお友達になりませんか?連絡待ってます』と。

「え……?」
「あいつと話したこととかあんの?」
「い、いや……。暇なときは世間話くらいはするけど……」

 俺からしたらたくさんいる常連さんのひとりだ。年も離れてるだろうし、いきなりラインに連絡してほしいって言われても。

「ったく……」と月は溜め息をつく。「ヒロインたちが『一回休み』になったと思ったら、今度はいかにも怪しい男かよ。グラスもわざとだな」

「え、なに?」
「なんでもない。で、どうすんの」
「どうすんのって……」
「俺はあんまりおすすめしない。あいつなんかストーカー臭いし」
「そんなこと言うなよ」
「でも不気味なのは事実だろ」

 俺はIDが書かれたメモを見下ろす。
 不気味――とまでは思わないけど、あの男のひとは週一でくる月よりも頻繁に店に来ている。それも奥さんが言うには俺がシフトに入っているときだけらしい。
 仕事の都合で偶々、とも考えられるけど……。

 はぁ、と月は溜め息をつく。

「まさかここでも出会いあるのかよ。せっかく俺が学校で出会いイベント起きないようにらみきかせてるのに」
「……どういうこと?」
「そのままの意味ですけど。ってか陽太って隙ありすぎなんじゃねえの? あんなふうにだれにでもにこにこしてるから勘違いされんだよ」
「いやするだろ、店員なんだから」
「……やっと俺が」

 メモをテーブルに叩きつけると月は顔をそむける。「陽太とふたりきりですごせるようになったのになにも知らずに入ってこようとしやがって。むかつく。一生そこらでグラス割ってろ」

「月——」

 もしかして、だけど。
 
「妬いてる?」
「は? ちがうし。陽太との時間を邪魔されるのいやなだけだし。陽太のことなにも知らないくせにさ」
「……妬いてんじゃん」
「妬いてないし。正当な権利を主張してるだけだし」

 わかったよ、と俺はメモを取りあげる。そして——罪悪感はあったけれど——くしゃりとにぎりつぶした。月の目のまえでゴミ箱に捨てる。

「どのみち、ほかのだれかのこと考える余裕なんていまの俺にないから。……ほら。機嫌直せよ」
「…………」

 月はびっくりしたように俺を見る。
 何度か口を開いては閉じたりしたあとで、あのさ、とうつむきがちに言ってきた。

「いますごく陽太のことぎゅってしてスーハーしてぐりぐりしたいんだけど、だめ?」
「だ、だめだろ! バイト先で!」
「家ならいい?」
「……だ、だめ! どこでもだめ! ぎゅってすんの禁止!」
「は!? このまえはいいって言ったじゃん!」
「だめなんだって!」

 なんでだよ、と詰問してくる月に俺は応える。つい。正直に。

「どきどきするから、だめ」
「……え?」
「も……もう一回されたら心臓耐えられないから。無理。しばらく禁止」
「しばらくってどれくらい」
「わかんない……」
「…………」

 わかった、と月は不満を全開にして言う。

「陽太がそう言うなら我慢する。……でも、『いつか』が来たらいいよな?」
「いつか——」
「俺たちの関係が変わったら」

 ……それは。

 月が言っていることの意味はわかった。ちゃんと。だから、俺は小さくうなずく。

「そのときがきたら……な」