愛が重すぎる美形の親友に囲いこまれてBLエンド一直線にされました


「いらっしゃ――あ、(ひかる)
「よ」

 ドアベルの音に反射的に『いらっしゃいませ』と言いかけて、俺は店に入ってきたのが月だと気づいて驚いた。

「ええと……一名さまですか?」
「うん、ひとり」
「ご案内いたします」

 ここは駅前にある小さなレストラン。
 俺の両親よりも年上の夫婦がふたりでやっていて、ある日ふと『アルバイト募集中』という張り紙を見つけた俺は思いきって電話したのだった。GWが明けて、中間テストもなんとか無事に終わったあとで。

 俺の希望は厨房だったんだけど、オーナーが募集していたのはホールのほうだったようでこうしてウェイター服を着てお客さんを席に案内したり料理をサーブしたりお会計をしたりしている。
 火曜と金曜はディナーのみ。土曜はランチとディナー両方だ。

 席はカウンターが八とテーブルが四。規模こそ小さいけれど地域のお客さんに愛されているお店で、土日のピーク時は満席になる。来るのは常連さんが多くて俺の顔と名前もすぐに憶えてもらえた。

 今日は火曜で、まだディナーが始まったばかりなので客は月だけだ。お冷とメニューを持っていくと「ほんとにウェイターしてるじゃん」と月が俺の詰襟シャツに黒いエプロンという格好を見て言ってきた。

「してるよ。まさか来るとは思わなかったらびっくりした」
「うん、びっくりさせたかったから言わなかった」

 ここでバイトを始めたことは月にも教えてあった。
 彼は『陽太と遊ぶ時間が減るじゃん』と不満そうにして、『金なら俺が払うよ? 家事やってくれれば』と本気で言ってるときの顔で提案してきた。

『どこのドラマの御曹司だよ。それに、月にもらった金じゃ意味ないし』
『意味ないって?』
『こっちの話!』

 オーナーたちは気さくとはいえ、個人のレストランなんて高校生がひとりで入るにはハードルが高い。
 なのに制服姿の月は自然と馴染んでいる。いいところのお坊ちゃまみたいだ。

「なにがおすすめ?」
「なんでもおいしいよ。俺のイチオシはビーフシチューだけど」
「じゃあそれで」
「ごはん? パン?」
「パンにしよっかな」

 伝票に手書きで注文を書き、「ご注文いただきました」とカウンターにもどって壁に伝票を吊るす。はいよ、とオーナーは笑顔で応えた。

「あの子、お友達なの?」とセットのサラダを作りながら奥さんが聞いてくる。

「そうです。中学のときから一緒で」
「かっこいい子ねえ。アイドルの子が入ってきたのかと思った」
「はは……」

 よく言われてます、と俺は心のなかで返事をする。
 GW明けにさっそく月は隣のクラスの女子に呼びだされて告白されていた。『当然』、彼は断ったそうだけど。

 こんなにかっこよくてモテるやつが俺を好きとか。
 なんというか、まだちょっと実感がない。

 六時が近づいてぽつぽつとお客さんが増えてくる。
 厨房じゃなくてホールだったのは予定外だったけど、でも接客も俺にはあってるのかもしれない。オーナーが心を込めて作った料理を食べてお客さんが笑顔になってくれるのを見るのが嬉しい。

 邪魔になったらいけないと思ったのか、料理を食べると月はすぐに席を立った。俺はレジに移動する。

「ビーフシチュー、うまかった。レシピ聞いて今度俺に作って」
「教えてくれたらな。支払いは?」
「カードで。……な、今日何時に終わる?」
「八時だけど――」

 わかった、と月はうなずいた。そして通りかかった奥さんに「ごちそうさまでした」と月ファンの女子が見たら卒倒しそうな笑顔を見せて店をでていった。

「あらあら」と奥さんは恥ずかしそうに笑う。

「いまのファンサっていうのよね、ファンサ」
「え? ど、どうなんでしょう」
「かっこいいだけじゃなくて礼儀正しいのねえ。また来るよう言っておいてね」
「はぁ……」

 ――なにファンひとり増やしてんだよ、月のやつ……。



 お店の閉店時間は十時だけど、七時半ごろになるとディナー目当てのお客さんたちはほとんど帰っていって、常連のひとたちがカウンターでマスターとお酒を飲みながら話しているだけになる。

「陽太くん、今日はもういいよ。上がり作業したら上がっちゃって」と奥さんに言われたので俺は厨房のゴミをまとめて捨ててからタイムカードを押した。

 それから学校の制服に着替えて、オーナーと奥さん――とまだここでバイトを始めて一週間も経っていないのにすっかり顔なじみになったお客さんたち――に挨拶をしてから外にでる。

「あ」

 店の前の街灯に月が寄りかかっていてびっくりした。
「終わった?」と彼はイヤホンを耳から外してウォークマンをポケットにしまう。

「え?……月、もしかして俺待ってた? ずっと?」
「さっきまで満喫にいた。二時間近くあったし」
「よかった……」

 月は二時間くらいなら外で待つかもしれないと思ったから。よかった。

「ってか、べつに待ってなくても」
「俺が陽太と帰りたかったんだよ。自転車どこ止めた?」
「第一だけど……」

 行こ、と月は駅の第一駐輪場に向けて歩きだす。俺はあわてて彼の隣に並んだ。

 ――バイト終わるの待っててくれるとか、なんか彼氏みたいだな……

 そんなことが頭をよぎってぎくっとする。いやいや。べつにそういうのじゃ……
 ……ない、のかな。どうなんだ? ただの親友のときでも月はこうして待っててくれたのかな……?

「バイトお疲れ、陽太。がんばってたな」
「……うん、ありがと」
「制服似合ってたし」と彼はスマホをまた取りだす。そしてなにか操作して画面を俺に見せてきた。

 そこには料理を運ぶ俺の姿。

「いつの間に……!?」
「盗撮しちゃった」
「顔がよければなんでも許されると思うなよ!」
「……だめなの?」

 スマホを胸にあてて月は俺をじっと見つめてくる。「この写真があれば俺、陽太がバイトでうち来れないときも作曲がんばれるんだけど。だめ?」

「うっ……」

 この甘え上手め……。

「……ほかのだれかに見せたりしなきゃいいよ。でも次から撮るときはちゃんと言えよな」
「陽太ーちょろくて大好きー」
「おい!」

 ってか大好きとか冗談でもさらっと……!

「そ、そうだ。月。このまえほしいって言ってたヘッドフォンまだ買ってない?」
「え、仕事の報酬が振りこまれたからもうポチッたけど。なんで?」
「…………」

 なんてタイミングが悪いんだ。
「じゃ、じゃあイスとか音源とかは……?」「それも一緒に買ったけど……」という返事に俺は頭をかかえる。

 なんでだよ。なんでプレゼント候補をぜんぶ自分で買っちゃうんだよ!

「なに頭かかえてんの、陽太」
「だって……!」
「そんなことよりさ、七月の花火大会まだ予定入れてないよな?」
「う、うん。まだ二ヶ月近くあるし」

 うちの市では七月最後の土日に花火大会がある。毎年、駅の南口から花火が打ちあがるI川の河川敷のあたりまでずらりと屋台が並んでにぎやかだ。

「じゃあ予約な。俺と行こ。土曜バイトだっけ? なら日曜な。ほかのやつはなし」と断言するように月が言う。

「そりゃいいけど……まだあと二ヶ月もあるのに」
「去年だれと行った?」
「……優香と」
「そのまえの年は」
「姉崎さんと」
「そのまえは」
「翔子と……」

 月は大袈裟に肩をすくめてみせる。

「俺、なんでまだ陽太が刺されてないのか理解できないんだけど」
「そんなこと言うなよ……!」
「とにかく先に予約入れとく。バイト先にも言っておけよ」
「了解」

 さっそくスマホのカレンダーに予定を入れたあと、ふと俺は月が首から下げているイヤホンに目をやる。

 中学のときからだからすくなくとも三年以上使っていることになる。
 イヤホンってどれくらい保つんだろう。そろそろ買いかえ時期だったりしないかな。

 と、月と視線があった。
 彼はそれこそ男アイドルのポスターみたいな完璧な笑顔を俺に見せる。

「ほかの女の子と行ったら俺が刺すから」
「いい笑顔で物騒なこと言うな!」
「冗談。——思い出に残る夏にしような、陽太」

 ぽんぽんと肩を叩かれる。

 まだ二ヶ月以上もあるけど。思い出に残るような夏は、毎年ヒロインたちがくれたけど。

 なんだか今年は、いままでとはまったくちがう夏になりそうな気がした——。