月が食べ終わるまで俺はそばで見守っていた。
じきに皿が空になって、ごちそうさま、と月がつぶやく。
「うまかった?」
「……うん。ごめん、陽太」
「なにが」
「さっき、キレて陽太にあたった」
「べつにいいよ。それよりほかに謝らなきゃいけないことあるだろ」
「え……」
おそるおそるといった感じで俺を見てくる月に、俺は「作曲するのに俺呼ばなかったことだよ」と言う。
「飯も寝るのも忘れちゃうなら俺呼べよって中一のとき言っただろ。おかあさん心配してたぞ。あとで謝っておけよ」
「……ん。ごめん」
「わかったならいい」
なあ、とスリープ状態に入って暗くなったパソコンの画面を見つめながら月が話しかけてくる。あれは謝らなくていいの――と。
「え? どれ?」
「俺がおまえのこと好きって言ったこと」
「……べつに謝ることじゃないじゃん。俺は……」
ここで間違えちゃだめだ。月は見た目よりずっと繊細なんだから。
彼に伝えられる想いを胸のなかから探しだして、俺は口を開く。
「嬉しかった、よ。月にそう言ってもらえて」
月は息を呑んだ。ほんとに、と俺を見上げてくる。
「うん、ほんと。月の想いに応えられるかはまだわからないけど……でも、待っててほしい。ちゃんと月の気持ちに向きあいたいから」
「……うん、」
「文化祭までには結論だすからさ。……それまでは」
いままでどおりいよう。そうつづけようとしたときだった。
月が俺の手首をにぎってきた。小さな子が親とはぐれないようにするみたいに、ぎゅっと。
「俺、陽太のこと好きでいていいの?」
「あ、……うん」
「じゃあさ。どこまでしていいか教えて」
「どこまでって――」
彼はまっすぐに俺を見ている。不安とか。恐怖とか。……俺への、想いとか。そんなものを込めて。
「俺は陽太に俺のこと好きになってほしい。でもおまえがいやがるようなことはしたくない。だから、どこまでならしていいのかちゃんと教えて」
「え……た、たとえば……?」
「手はにぎっていいとか。ハグまでならしていいとか。そういうこと」
「ああ……」
それくらいなら抵抗はない。だって月とは親友なんだから。
「いいよ」と答えると月は「ほんとに?」と念押ししてきた。
「月とならべつにいやじゃないし」
「……そ、なんだ」
かすかに月が頬を赤くする。……え?
手をにぎるとかハグするとか、男同士でもやるときはやるんじゃ――
「なら、」
月は俺の手首を離す。そして、ぎこちなく両腕を広げてみせた。
「ぎゅ、ってさせて。陽太のこと」
「……え?」
「だっていまハグはいいって言った」
「い……言った、けど」
あらたまってこうされるとさすがに戸惑うっていうか。
「いやなの?」
「そんなこと……」
ない。はずだけど。
月は腕を広げたまま俺を待っている。……あ、っていうかこれ俺から行くやつ?
戸惑いはあったけど。彼の気持ちにずっと気づいてあげられなかった後ろめたさもあったから、俺はゆっくり身をかがめて彼に近づいて――
ぎゅ、と。
宣言通り、月に抱きしめられた。
「……陽太。好き」
「え、あ、」
「ほんものだ……」
偽物の俺なんていないだろ。とか、いつもなら笑って言いかえせたかもしれない。
でも月のその言葉には、聞いてる俺まで胸が熱くなるような気持ちがこめられてて――それが自分に向けられていると理解して心臓が跳ねる。
好き、なんだ。月は。ほんとに、俺のこと。
「ひ……」
月の腕は見た目よりずっとしっかりしていて力強い。
なにか言わないとおかしくなりそうだった。心臓がばくばくして。月の体が熱くて。
「ひ、月ってなんで俺のこと好きなの?」
「え?」
「きっかけ……とか」
「あー、うん」
月は俺の髪に鼻をうずめると息を吸う。え、ハグってこれもふくまれるの!?
「陽太の匂いする」
「ちょ、そこで深呼吸しないで……」
「――きっかけはたぶん、陽太がこんなふうにロールキャベツ作ってくれたことだと思う。中一のとき。こんな無茶ぶりに応えてくれるやついるんだって思ったら……おまえのこと、特別になってた」
「……そう、だったんだ」
「あのときから陽太が好き。わけわかんないくらい好き。部屋に閉じこめて、ずーっと一緒にいたいくらい好き」
三年しかないけど、と陽太は俺を抱きしめなおす。「いまだけは……俺だけのものだから」
「……三年? どういうこと?」
「こっちの話だよ」
それよりさ、と月はまだ俺の髪に顔をうずめたまま言う。ちょっと恥ずかしいしくすぐったいからそこからは離れてほしんだけど。
「もう一回言ってよ、陽太。戸成さんに言ったこと」
「え?」
「『もし自分以上に好きなひとがいても気にするな。自分の幸せだけ考えればいい』って」
「あ……」
「……陽太にはかわいいヒロインが三人もいる。きっと……その子たちのだれかとくっついたほうが陽太は幸せになれる。わかってるけど、俺は」
彼はぎゅうっと俺を抱きしめなおした。「それでも、陽太が好きだから」
「月……」
こんなに彼が俺のことを想っていてくれたなんて知らなかった。俺は頭をずらして月の顔を見る。
月ははにかむようにして笑っていた。
こんなふうに彼が笑うことさえ俺は知らなかった。三年も一緒にいるのに。
「——わかった」
俺はうなずく。そしていつか優香に言ったことをくりかえした。
「もし――自分以上に好きなひとがいても気にしなくていいよ。自分の幸せだけ考えればいい」
「……うん、」
ありがとうと月は俺を見つめたまま言った。そしてつづける。
「覚悟、決まった」
「え?」
「陽太を自分のものにする覚悟」
いままでは遠慮してたけど、と彼は俺の耳元でささやく。
「もう俺、陽太のこと逃がす気ないから。陽太もそのつもりでいてね?」



