「陽太ってラブコメの主人公みたいだよな」
中学生のとき、月にそう言われたことがある。
「え? そう?」
「うん。だって」
妹系幼なじみ。活発なスポーツ少女。おっとりしたおねえさんみたいなクラスメイト。
その全員となんとなくいい感じになっていた俺は、指摘されてみるとたしかにラブコメの主人公そのものだった。
「じゃあ、もしかして……」
いずれだれかから告白イベントが起きるかもしれない。卒業式の日とかに。
そう思ってひそかに楽しみにしていた俺に起きたのは、まさかの全員からの告白イベント。ただし。
その告白の内容は――とても残酷なものだった。
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「どうして……」
入学式を終えてこれからお世話になる教室までやってきた俺は嘆いた。
どうして、ここに俺のヒロインはひとりもいないんだろう。
「陽太、そこ立ってたら邪魔」
ドアのところに突っ立っている俺を見て月がそう言ってくる。うん、と俺はうなずいて渋々自分の席を探した。
出席番号順に振りわけられているらしく、明石は窓際の一番前の席だ。月は森本なのでけっこう離れてしまう。
自分の机に鞄を置いてきた月は俺の席までやってきて苦笑いする。
「そんな顔すんなよ。仕方ないじゃん? みんな、自分の夢のためにがんばるって決めたんだから」
「わかってるよ。わかってるけどー!」
まさか。卒業式の日に起きた告白イベントの内容が、『四月になったらお別れだね』なんて。
妹系幼なじみ――戸成優香は言った。『言ったことあったっけ? 私、将来は宇宙飛行士になりたいんだ! やっぱり人生ってやったもん勝ちじゃん? そのために東京の進学校に行ってたくさん勉強するから、……お別れだね、陽太』
活発なスポーツ少女――空見翔子は言った。『実は××女子高のスポーツ推薦決まっててさ。あれだよ、あのバレーの強豪校。先生からはみんな受験でぴりぴりしてるから言うなって言われてたんだよね。ってことで、来月からは寮生活でーす』
おっとりしたおねえさんみたいなクラスメイト――姉崎馨は言った。『〇〇市に農業高校あるの知ってる? そこだと植物バイオテクノロジーについて学べるんだよね。電車で二時間かかるのがネックなんだけど、そっちにいる親戚が居候していいよっていうから春からお世話になるんだ』
なんでそんなぎりぎりになって言うんだと聞いたら、全員が言った。『陽太と離れるのがさびしくて言えなかった』と。
でも俺はもっとはやく言ってほしかった。そしてみんなの夢を応援したかった。
けれど俺にはなにも相談せずに彼女たちは進路を決めて、俺と青春のアルバムを埋めている裏で努力を積みかさねていた。
その結果、ヒロイン不在の教室ができたというわけだ。
悲しい。でも、一番悲しいのは。
「――俺、そんな具体的な夢なんて持ったことないんだよなぁ」
夢に向けてまっすぐに進んでいく彼女たちは対照的な自分自身。
俺にはなにもない。将来の夢とか。立派な進路とか。この高校だって家から自転車で行けるからという理由で選んだだけだ。
「みんなそんなもんじゃないの?」と月は言う。
「戸成さんたちがめずらしいんだよ。中学の時点で明確な展望があるなんて」
「でもみんなきらきらしててさ。つい自分と比べちゃうっていうか」
「三人が特別だったんだって」
そう言う月は小さい頃からピアノを習っていて、中学に入ったときに親に借金をして作曲ソフトを買った。
それで作った曲を『月世界』名義で動画サイトにアップロードしているうちに、いまではどの曲も公開されてすぐ10万回再生行くほどの大人気クリエイターとなった。
顔出しはしてないけど、すればいいのにと思うほど月は外見もいい。
色素の薄い茶色い瞳は見ていると吸いこまれそうだし、その目でふわりと微笑まれると俺でもくらっとくる。手足も長くて、緑がかかった紺色のブレザーが彼が着ると高級スーツみたいだ。これで運動も勉強も得意というのだから恐ろしい。
俺を励ましてくれてるのに申しわけないけど、ある意味、月が一番きらきらしてるっていうか……。
「でもあんなにラブコメの主人公だったのにな、陽太」
「ほんとだよ」
優香と家が隣同士ってだけでも勝ち組だったのに、中学に入ってすぐ翔子にボールをぶつけられたのをきっかけに男友達みたいな気安い関係になって、緑化委員の仕事をこなすうちに姉崎さんと休みの日にでかけるくらい仲よくなって……。
え? 逆にここからだれともつきあわずに卒業を迎えることってある?
高校で全員が登場人物紹介欄から消えることってあるの?
「まあ海外に行っちゃったわけじゃないし、会おうと思えばいつでも会えるんだろ? GWとかはこっちに帰ってくるだろうし。まだチャンスはあるって」
俺が自認ラブコメの主人公になってしまったのにはもうひとつわけがある――月の存在だ。
中学で出会った彼とは音楽の趣味が似ているので仲よくなったのだけれど、月はとにかく観察眼が鋭い。
優香がすねているからフォローしたほうがいいと教えてくれたり、翔子が部活のことで悩んでいるらしいから話を聞いてやれとすすめてくれたり、姉崎さんがくれた花の花言葉を教えてくれたり……と、いわゆる『ラブコメの主人公の親友』として大活躍してくれていた。
この外見と才能なのに傍らからヒロインをかっさらって行くこともしない。まさに完璧な親友キャラ。
思うじゃん。こんなの。あ、これラブコメだって。だれとかまではわからないけどはっぴいえんどが待ってるって。
俺は机に頬杖をつく。
「会えたらよかったんだけど」
「ん?」
「俺に会うと甘えちゃうからしばらく会わないでおこうって全員から言われてるんだよ。最低でも三年」
「…………」
月は優しい微笑みを浮かべる。
「はやまるなよ、陽太」
「そこまで思いつめてませんが……!?」
まあまあと肩を叩かれた。「これから取りかえせばいいじゃん? むしろ三年後にびっくりさせるつもりで過ごしたら? やっぱり卒業式の日に告白しておけばよかったってヒロインたちが後悔するくらいに」
「そ……うかな」
「俺も協力するからさ」
協力。なんだろうと思って彼の顔を見ると、月は「一緒に文化祭のステージにでない?」と言ってきた。
「で、歌ってよ。俺の曲」
「……え?」
「前から陽太の声いいなと思ってたんだ」
それは一緒にカラオケに行ったときに言われたことがある。『陽太の歌声きれいだね』って。
でもそんなのだれかとカラオケに行けばふつうに言うことだし、ただのお世辞だと思って受けながしていた。
「本気?」
「もちろん。陽太に俺の曲を歌ってほしい」
部活に入ってなくてもステージ使えるか聞いておかなくちゃね、とまだ戸惑っている俺そっちのけで月は話を進めていく。近いところに目標があったほうがやる気になるし、と。
「俺、楽器やったことないんだけど」
「打ちこみだから大丈夫。もちろんやりたいなら俺がひととおりできるから教えるよ。ギターでもドラムでも」
さらっと言うなし。
「——知ってる?」
月は俺を見下ろして言った。
入学初日。どうにもこうにも希望に満ちあふれている太陽の光に照らされながら。
「幸せとはなにを持ってるかじゃない――なにをほしがるかだって。
……大丈夫。陽太ならこれからいくらでも輝けるよ。ただし」
俺と一緒ならだけど、と。
ほんのすこしだけ意味深に、いままでずっと俺の恋を応援してくれていた親友はつけくわえたのだった。



