街の中を進んでいくと、人の幻影が少しずつ増え始めた。先ほどの子供とは違い、全員白いモヤのような形で形成されており、一目見ただけでは誰がどんな見た目をしているのかは判別できなかった。彼らは、子供と同じで静止画のように動くことはなかったが、聞こえてくる声は徐々に賑やかになり、それこそがこの街の本来の姿のようだとヒマリは感じた。
『今日は鹿肉が安いよー!』
『隣町から仕入れた新刊を読んでみないかい!』
『おじさーん、これひとつくださーい』
活気あふれる声たちに、耳を傾ける。この異変が、ここから抜け出す手掛かりになると信じて。
人の声が増えていくのに、雪の上に刻まれた足跡は一つもない。その場の空気だけが、賑やかに震えている。
『あ! 魔女様だ!』
どこからか聞こえたその声に反応するように、大量の黒い花びらがヒマリの視界を覆う。ヒマリは突然のことに驚いて固まっていると、花びらは彼女を包み込むように集まってくる。一向に晴れることのない視界に、打開策を見つけるために先の曲がった杖を構える。実戦で魔法を使うのは初めてだったが、ヒマリは自分ならできると自分自身のことを鼓舞した。
指先に力を入れ、魔力を練り上げようとした時、急に視界が晴れ、溢れる光で視界が焼かれる。真っ白な視界の中でヒマリはそばに誰かが来た気配を感じた。
『私は、ただ——』
悲しみを含んだ、柔らかい女性の声が耳に入ってくる。どこかで聞いたことのあるような懐かしいその声に、ヒマリは耳を傾ける。
(あなたは——?)
心の中で問いかけるが、それ以上答えが返ってくることはなかった。そのことを少しだけ残念に感じていると、ヒマリの意識がぐんっと引っ張られるような不思議な感覚に陥る。
(…………違う。誰かが私を呼んでいるんだ)
切羽詰まったような、切実さを孕んだ彼の声が聞こえてくる。
——その声はイオのものだ。
その瞬間、ヒマリは理解した。
(ここは……現実でも魔女が見せる幻覚でもない)
今まで見ていた街も、少年も、人々の声も。全て、冬の魔女が見せている夢なのだ。
夢と分かればあとは簡単だった。
声という繋がりを辿り、この夢から醒めればいい。
迷子になる心配はなかった。ヒマリには帰る場所を教えてくれる声があったから。
あの声を辿れば、ちゃんと帰れる。
不思議と、そんな確信があった。
ヒマリは目を閉じて聞こえてくる声に集中し、導かれるように意識を持ち上げる。深い水底から意識だけを掬い上げるように、夢の街から離れていく。
『——ごめんなさい』
目が醒める瞬間、胸の奥から絞り出すような、許しを乞う声が頭の中に響く。祈りに似たその声に、ヒマリは無意識に小さく頷いていた。
『今日は鹿肉が安いよー!』
『隣町から仕入れた新刊を読んでみないかい!』
『おじさーん、これひとつくださーい』
活気あふれる声たちに、耳を傾ける。この異変が、ここから抜け出す手掛かりになると信じて。
人の声が増えていくのに、雪の上に刻まれた足跡は一つもない。その場の空気だけが、賑やかに震えている。
『あ! 魔女様だ!』
どこからか聞こえたその声に反応するように、大量の黒い花びらがヒマリの視界を覆う。ヒマリは突然のことに驚いて固まっていると、花びらは彼女を包み込むように集まってくる。一向に晴れることのない視界に、打開策を見つけるために先の曲がった杖を構える。実戦で魔法を使うのは初めてだったが、ヒマリは自分ならできると自分自身のことを鼓舞した。
指先に力を入れ、魔力を練り上げようとした時、急に視界が晴れ、溢れる光で視界が焼かれる。真っ白な視界の中でヒマリはそばに誰かが来た気配を感じた。
『私は、ただ——』
悲しみを含んだ、柔らかい女性の声が耳に入ってくる。どこかで聞いたことのあるような懐かしいその声に、ヒマリは耳を傾ける。
(あなたは——?)
心の中で問いかけるが、それ以上答えが返ってくることはなかった。そのことを少しだけ残念に感じていると、ヒマリの意識がぐんっと引っ張られるような不思議な感覚に陥る。
(…………違う。誰かが私を呼んでいるんだ)
切羽詰まったような、切実さを孕んだ彼の声が聞こえてくる。
——その声はイオのものだ。
その瞬間、ヒマリは理解した。
(ここは……現実でも魔女が見せる幻覚でもない)
今まで見ていた街も、少年も、人々の声も。全て、冬の魔女が見せている夢なのだ。
夢と分かればあとは簡単だった。
声という繋がりを辿り、この夢から醒めればいい。
迷子になる心配はなかった。ヒマリには帰る場所を教えてくれる声があったから。
あの声を辿れば、ちゃんと帰れる。
不思議と、そんな確信があった。
ヒマリは目を閉じて聞こえてくる声に集中し、導かれるように意識を持ち上げる。深い水底から意識だけを掬い上げるように、夢の街から離れていく。
『——ごめんなさい』
目が醒める瞬間、胸の奥から絞り出すような、許しを乞う声が頭の中に響く。祈りに似たその声に、ヒマリは無意識に小さく頷いていた。



