夕暮れの刻は終わり、空には少しずつ星がきらめいてきた。
「優一、あのさ。あんな風に人生を終えるなんて、優一は誰かを憎んでいない?」
「憎んだりなんかしない。俺は、優しくて一番カッコいい男だから。ただ……香奈子のことが、心配だった。香奈子、まだひとりで生きているんだな……」
香奈子さんとは、優一の恋人だった女性だ。
「……正直に言うとさ。他の奴らの運命なんか、どうでもよかった。香奈子が助かるんだって気づいたから、俺は宇宙船に乗ったんだよ。香奈子は、ずっと泣いてたけどな。なあ、すみれ」
優一が、私の名前を呼んだ。
いつもの優しい声で。
「すみれ。みんな、死ぬんだよ。必ず、必ず、死んでいく」
「うん、うん……」
優一が話す死の重みが、私の胸まで響く。
「慌てなくても……いつかは、死んでしまう。笑って過ごしても、泣いて過ごしても、いつか死ぬんだ」
「うん、わかってる……」
人生を閉ざされたひとが口にする……死の重み。
「もしつらくなったら、俺を思い出すんだ。俺が地球を守ったから、すみれがこの世に生まれたんだ」
優一が突然、笑い出した。
「つまり、この優しくて一番カッコいい男が、すみれの命を救ったんだよ。知らなかっただろ、全然」
「ありがとう……優一」
「……そろそろ、来るはずだ」
「え……?」
辺りが急に真っ暗になった。まだ深い夜にならない時刻なのに。
誰かが、舞い降りてきた。銀色のパラソルを手にして。地上に降り立つと、パラソルは消えていく。
「お迎えにあがりましたよ。管理番号7752番」
「案内人さん!」
「おう、遅かったな」
「あなたが手こずるからですよ。ご家族には知られたみたいだし、全く……」
「悪かったって」
優一が、私の名前を呼んだ。
「すみれ。俺がすみれの身体に入ったのは、人生を楽しみたいからじゃない。すみれを……人生を捨てようとしたひとを救うためなんだ」
「私のためだったの……?」
「管理番号7752番は優秀ですよ。いままでに百万人以上を助けました」
「それが仕事だからな……給料はないけど」
「それじゃあ、心の倉庫に眠っている心は……」
「全員、7の月の隕石で犠牲になったひとたちです。いかんせん、数が多いから、私が管理番号をつけました。宇宙で命が尽きた順から、番号をあてました」
「みんな……生きたかったはずのみんなを、ずっと道具にしてきたの?」
私は案内人さんに詰め寄る。
「いまだに……命をもてあそんでいるの!?」
「英雄たちをリサイクルしていると言ってください」
「ひどい……ひどい……」
「いまの反応からして、あなたにも命の重みがわかったようですね。さすが、7752番」
「すみれ……いいんだよ。すみれがずっと生きていくって約束してくれたら、それでいい」
「約束する。約束するから……私と生きよう、優一!」
「ごめん。それはできない。俺はまた誰かを助けないと……優しくて、一番カッコいい男だから」
「そんな……」
「すみれ……俺が抱きしめられたら、泣き止むのか? ごめんな、そんな簡単なこともできなくて」
「わかってる……」
私は自分自身を抱きしめた。
優一の温もりに、ふれたい。
もうたくさんの想いをもらったのに、もっと、もっと、彼が欲しい。
優一の心は、いまここにあるのに。優一は近くにいるのに。
もっと、私のそばに来て……。
「案内人。手続き、頼む」
白銀のステッキが浮かぶ。案内人さんがステッキをふるう。
優一が……ひとのかたちをした、優一が現れた。
この姿で、優一は宇宙船に乗ったんだ。そして人生を閉ざされて、暗い宇宙をさまよって……。
「優一!」
優一を抱きしめようとした。
けれど、できなかった。ひとのかたちにはなっているけど、優一の身体は透けていた。
「……ごめんな」
藍色の光のラインが、私と優一を包んでいく。
「心、早川優一。いれもの、西島すみれから離れてください」
優一の姿がより鮮やかになる。けれど、彼にふれることはできない。
「優一……私……何もしていない。優一に、何もしてあげられなかった……」
「もらったよ。抱えきれないほど、たくさん」
優一は私にふれようとしたのか、手を伸ばしてくる。しかし、すぐにやめた。
「いっしょに生きた時間は眠るんだ……ここに」
優一は、自分の胸を軽く叩く。
「すみれと俺のなかで。だから、本当のさよならなんて、起こらない」
私は……優一の思い出になれたんだろうか。
本当に、優一に何かをあげることができたんだろうか。
もう会えなくなるのに、何も伝えられなかった。
案内人さんが呪文を続ける。
「いれものと心、ふたりは離れ離れになりますが、一瞬のご縁がおたがいの幸せのかけらになりますように。いれもののこれからの人生に、祝福を」
優一が返事をする。
「祝福を」
「心の旅立ちに、祝福を」
「祝福を……すみれ」
初めて出会ったときと変わらない、優一の無邪気な笑顔。
もう私たちは会えないのに、どうして笑っていられるの……?
「すみれ、生きるんだ。じゃあな」
優一と案内人さんは消えていく。
私を残して。
私、ひとりを残して……。
闇が……闇が、少しずつ消えていく。
「おーい、西島さん!」
早川くんの声がする。私は涙を拭って、駆け寄った。
早川くんは、興奮気味に私に話しかけてくる。
「さっき、父さんと母さんに話したんだ、兄さんのこと。本当は言っちゃいけないけど、やっぱり話した方がふたりとも喜ぶと思って。兄さん、聴こえるよね? 父さんと母さんに会いに行こうよ!」
「早川くん……」
早川くんに、打ち明けなくてはいけない。
優一がもう私たちの前には、永遠に現れないことを。
つらくても、私が打ち明けなくてはいけない。
……ううん。こんなこと、ちっともつらくないよね、優一。
あなたが生きてきた人生に比べたら、ちっともつらくない。
私、生きるよ。優一。
優一からもらった、言葉と想い。
全てを抱きしめて、生きていくよ。どんな現実を迎えても。
たくさんの星が、輝いている……にじんで見えるけど……確かに、輝いている。
【了】
「優一、あのさ。あんな風に人生を終えるなんて、優一は誰かを憎んでいない?」
「憎んだりなんかしない。俺は、優しくて一番カッコいい男だから。ただ……香奈子のことが、心配だった。香奈子、まだひとりで生きているんだな……」
香奈子さんとは、優一の恋人だった女性だ。
「……正直に言うとさ。他の奴らの運命なんか、どうでもよかった。香奈子が助かるんだって気づいたから、俺は宇宙船に乗ったんだよ。香奈子は、ずっと泣いてたけどな。なあ、すみれ」
優一が、私の名前を呼んだ。
いつもの優しい声で。
「すみれ。みんな、死ぬんだよ。必ず、必ず、死んでいく」
「うん、うん……」
優一が話す死の重みが、私の胸まで響く。
「慌てなくても……いつかは、死んでしまう。笑って過ごしても、泣いて過ごしても、いつか死ぬんだ」
「うん、わかってる……」
人生を閉ざされたひとが口にする……死の重み。
「もしつらくなったら、俺を思い出すんだ。俺が地球を守ったから、すみれがこの世に生まれたんだ」
優一が突然、笑い出した。
「つまり、この優しくて一番カッコいい男が、すみれの命を救ったんだよ。知らなかっただろ、全然」
「ありがとう……優一」
「……そろそろ、来るはずだ」
「え……?」
辺りが急に真っ暗になった。まだ深い夜にならない時刻なのに。
誰かが、舞い降りてきた。銀色のパラソルを手にして。地上に降り立つと、パラソルは消えていく。
「お迎えにあがりましたよ。管理番号7752番」
「案内人さん!」
「おう、遅かったな」
「あなたが手こずるからですよ。ご家族には知られたみたいだし、全く……」
「悪かったって」
優一が、私の名前を呼んだ。
「すみれ。俺がすみれの身体に入ったのは、人生を楽しみたいからじゃない。すみれを……人生を捨てようとしたひとを救うためなんだ」
「私のためだったの……?」
「管理番号7752番は優秀ですよ。いままでに百万人以上を助けました」
「それが仕事だからな……給料はないけど」
「それじゃあ、心の倉庫に眠っている心は……」
「全員、7の月の隕石で犠牲になったひとたちです。いかんせん、数が多いから、私が管理番号をつけました。宇宙で命が尽きた順から、番号をあてました」
「みんな……生きたかったはずのみんなを、ずっと道具にしてきたの?」
私は案内人さんに詰め寄る。
「いまだに……命をもてあそんでいるの!?」
「英雄たちをリサイクルしていると言ってください」
「ひどい……ひどい……」
「いまの反応からして、あなたにも命の重みがわかったようですね。さすが、7752番」
「すみれ……いいんだよ。すみれがずっと生きていくって約束してくれたら、それでいい」
「約束する。約束するから……私と生きよう、優一!」
「ごめん。それはできない。俺はまた誰かを助けないと……優しくて、一番カッコいい男だから」
「そんな……」
「すみれ……俺が抱きしめられたら、泣き止むのか? ごめんな、そんな簡単なこともできなくて」
「わかってる……」
私は自分自身を抱きしめた。
優一の温もりに、ふれたい。
もうたくさんの想いをもらったのに、もっと、もっと、彼が欲しい。
優一の心は、いまここにあるのに。優一は近くにいるのに。
もっと、私のそばに来て……。
「案内人。手続き、頼む」
白銀のステッキが浮かぶ。案内人さんがステッキをふるう。
優一が……ひとのかたちをした、優一が現れた。
この姿で、優一は宇宙船に乗ったんだ。そして人生を閉ざされて、暗い宇宙をさまよって……。
「優一!」
優一を抱きしめようとした。
けれど、できなかった。ひとのかたちにはなっているけど、優一の身体は透けていた。
「……ごめんな」
藍色の光のラインが、私と優一を包んでいく。
「心、早川優一。いれもの、西島すみれから離れてください」
優一の姿がより鮮やかになる。けれど、彼にふれることはできない。
「優一……私……何もしていない。優一に、何もしてあげられなかった……」
「もらったよ。抱えきれないほど、たくさん」
優一は私にふれようとしたのか、手を伸ばしてくる。しかし、すぐにやめた。
「いっしょに生きた時間は眠るんだ……ここに」
優一は、自分の胸を軽く叩く。
「すみれと俺のなかで。だから、本当のさよならなんて、起こらない」
私は……優一の思い出になれたんだろうか。
本当に、優一に何かをあげることができたんだろうか。
もう会えなくなるのに、何も伝えられなかった。
案内人さんが呪文を続ける。
「いれものと心、ふたりは離れ離れになりますが、一瞬のご縁がおたがいの幸せのかけらになりますように。いれもののこれからの人生に、祝福を」
優一が返事をする。
「祝福を」
「心の旅立ちに、祝福を」
「祝福を……すみれ」
初めて出会ったときと変わらない、優一の無邪気な笑顔。
もう私たちは会えないのに、どうして笑っていられるの……?
「すみれ、生きるんだ。じゃあな」
優一と案内人さんは消えていく。
私を残して。
私、ひとりを残して……。
闇が……闇が、少しずつ消えていく。
「おーい、西島さん!」
早川くんの声がする。私は涙を拭って、駆け寄った。
早川くんは、興奮気味に私に話しかけてくる。
「さっき、父さんと母さんに話したんだ、兄さんのこと。本当は言っちゃいけないけど、やっぱり話した方がふたりとも喜ぶと思って。兄さん、聴こえるよね? 父さんと母さんに会いに行こうよ!」
「早川くん……」
早川くんに、打ち明けなくてはいけない。
優一がもう私たちの前には、永遠に現れないことを。
つらくても、私が打ち明けなくてはいけない。
……ううん。こんなこと、ちっともつらくないよね、優一。
あなたが生きてきた人生に比べたら、ちっともつらくない。
私、生きるよ。優一。
優一からもらった、言葉と想い。
全てを抱きしめて、生きていくよ。どんな現実を迎えても。
たくさんの星が、輝いている……にじんで見えるけど……確かに、輝いている。
【了】



