7の月の英雄

私たちと早川くんは、クレープを食べ終えた。長い時間をかけて、ゆっくりと。
私の隣に座っていた早川くんは、ていねいにクレープの包み紙を折りたたんだ。

「このクレープ、兄さんが、父さんと母さんといっしょに海外旅行したときに食べたらしいんだ。兄さんが、もう最後だから甘いものお腹いっぱい食べたいって言って。うまい、うまいって頬張ってるのに涙をこぼしていたって、兄さんの写真や動画を見て、父さんも母さんも話してくれる」
「海斗。父さんと母さんは元気か?」
「うん。何とか、生きてる」
「そっか……」
「兄さんはどうして、僕のこと知ってるの? 僕、兄さんに会うの初めてでしょ?」
「海斗。父さんたちといっしょに俺の写真に向かって、いろいろ報告してるだろ。おまえが生まれたときから、ちゃんとこっちは知ってるよ」
「そうなんだ……兄さんはやっぱり英雄だから、そこら辺は察知できるんだね。ねえ、兄さん。西島さんに話してもいい? 兄さんのこと」
「おう、いいぜ。不名誉なことじゃないからな」
「わかった。西島さん。兄さんが……いや、兄さんだけじゃない。二十年くらい前に……何千ものひとが命を懸けたから、この世界は救われたんだよ」
「どういうこと? 年齢から考えても、優一は戦争には行っていないよね……?」
「戦争じゃなくて……ねえ、西島さんは、1999年に世界が滅びる予言があったの知ってる?」
「うん。昔のテレビで特集番組をよく放送していたんでしょ? 海外の古い予言だよね」
「世界中で、もし予言が本物だったらって、対策を練っていたんだ。日本も研究していた。やがて、ある学者が発見した。本当に、7の月……1999年7月、地球に隕石が落ちるってね」

早川くんは、包み紙を握りしめた。

「一部の特殊な人間たちの身体と魂をぶつければ、隕石は消滅することもわかった」
「人間をぶつけるって……まさか、生きている人を!?」

滅茶苦茶だ、あまりにもひどい……。

「効果があるとわかってから、あらゆるひとが検査されたよ。隕石のサイズを予測計算して、対処する人数が割り出された。その人数よりも数百人多く選ばれたよ。「念のため、多めにしておこう」と、当時の政府は話していたらしい。兄さんは、その数百人のひとりだった。みんな、病気で亡くなったことになっているけど、本当は……少しずつ人数を分けて宇宙船に乗って、みんな……飛んでった。僕たち、遺されたひとは……みんなのことを、7の月の英雄たちと呼んでいる」
「そんな残酷なことがあったの。本当に……?」
「地球を守るには、それしかなかったんだ……すみれ」

優一は、淡々と話している。

「俺たち選ばれた人間の魂というか命は、ちょっと特殊でな。隕石にぶつかっても、宇宙をただよっていたんだ。みんな、星を眺めながら、暗い宙に浮かんでいた」

優一は言っていた。死ぬときは星になりたいと。
病気になって、自分の部屋から夜空を眺めて、願っていたと思っていたのに……。

「宇宙船に乗ったときは、すぐに俺は死ぬんだって思って、震えが止まらなかった。まさか、宇宙で生き残るとはなあ……みんな、生きているあいだの身体なんだよ、不思議だろ? 俺たちは、会話さえできない。でも、おたがいわかるんだ。おまえも地球を守るために、人生を捧げたんだなって」

私は、なんて言っていいかわからない。
壮絶な終わり方をした優一。
彼が中断されたひととしての人生を……私は、味わっている。
……与えられた幸せをかみしめずに、ただ、ただ、生きてきた。

「兄さん、父さんと母さんにも会ってよ! きっと喜ぶよ!」
「それなんだけどさ……ごめん、内緒にしててくれないか? いまは特殊な決まりでこの世にいるから、身内にバレたらいけないルールなんだ。海斗に知られるのも、本当は問題なんだよ」
「そうなんだ……うん、わかった」

早川くんは優一としばらく話をしていた。
自分のこと、家族のこと……そして優一の心残りだった、恋人のことを。
やがて早川くんは、名残惜しそうに公園を去っていった。