7の月の英雄

うす暗い空間のなかに、無数の灯りが燈る。
手のひらに乗るほどの、ちいさなちいさな……。
支えなどなくても、灯りたちは上下にゆっくりとゆれている。

「こんなにたくさんの心が眠っているんですね……」
「ええ。心の数だけ、人生があったんです。さまざまな人生の景色が。同じ人生なんて、ひとつもなかった。ここにいる心たちに共通していえることは、たったひとつ……」

彼の言葉を聴きながら、私は、灯り……心のひとつを手に乗せようとした。

「もっと、生きたかった心たち……」

私がふれると、心は身をふるわせた。まるで、熱に反応するかのように。
そして、うす闇の空へ高く、高く、昇っていく。

「本当によろしいんですか。心のいれものになるなんて。あなた、まだ十七歳でしょう? 他人の心が入ってくるなんて、プライバシーもあったものじゃありませんよ」
「もう決めたんです。誰かの心を私のお守りにしないと、私は……私は、もう……」

私は、灯りたちが照らす空間のなかを歩く。
どの心の(ともしび)も、誰かが生まれた証。
生き抜いた、証。

「こんなにも悔しい想いをした、もっと生きたかったひとは大勢いる。私はいつ自分が人生を終えるのだろうと、いつも考えてしまいます。幸せ者かもしれないですね、私」
「死に遠い者ほど、死を(いじく)ってしまうかもしれませんねえ……あなたが死を思うばかり、この場所への道が開いたのでしょう」

私は頷いた。
……ここは、心の倉庫。
いま私の目の前にいる案内人さんが、教えてくれた。
滅んだ肉体の上をただよう心を回収して、倉庫に保管するのが、彼の仕事のひとつ。
彼曰く、神様から与えられた時間よりも長い生を望む心は、地上をさまようらしい。
……神様なんて、本当にいるのかしら。
案内人の彼は、行き場のない心を拾い集めていく。
そして、彼のもうひとつの仕事は……。

「いれもの志願者は多いです。それだけ、自分の生から切り離されたいひとがいるんでしょう」
「でも、いれものを求める心に追いつかないんですね」
「当たり前です。地上で時を過ごすことほど、素晴らしいものはありません。人生の日々を味わえるのは、一瞬です。どんなひとにとっても、ほんの一瞬。気づいたときには、己は肉体を失い、心だけの存在になっている。あらゆる人生の花は、そうして儚く散っていく」

案内人さんは心をひとつひとつ、手のひらに乗せる。
白手袋をつけた彼がふれても、心はゆれはしない。彼の手のひらにおさまっている。
そんな心たちを見て、彼は目を細めている。

「僕がさわっても、心たちは怯えないんです。僕には、ひとの心がないですからね」

彼の表情は、どこか悲しそうだった。

「あなたが先程ふれた心は、びっくりしたんですよ。生きようとする、あなたのちからのまぶしさに」
「私、生きたいなんて思ってないです!」
「そういうことにしておきましょう。さて、どの心にしますか? 僕が選んでもいいですが、あなたの身体に取り込むんですから、あなた好みの心がいちばんしっくりくるでしょう」

私は、心たちを眺めた。
どの心も、尊いもの。もっと、もっと、生きたかったひとの心……。
ふと、まったく動かない、ゆらめく心が目に留まった。他の心よりもちいさくて、気のせいだろうか、辺りに光のかけらを放っているような……。

「その心が気になりますか」

案内人さんの言葉に、私は頷いた。
……心が、にじんで見える。
どうしてだろうと思ったときには、涙がこぼれそうになった。
この心だ……やっと、見つけた。
この心に、私の人生をあげたい。私の人生を捧げたい。

「この心がいいです。お願いです、案内人さん」

案内人さんは心と私を交互に見て、困ったような顔をした。

「あまり、おすすめできませんねえ。同調しすぎている」
「お願いです、お願いです……一番、気になる心なんです。私なんかの身体で、この心がまた生きられるなら、叶えてあげたいです」
「そこまでおっしゃるなら……ほら、管理番号7752番。自己紹介をしなさい」

案内人さんの呼びかけに、心が反応した。
やわらかい光を放ち、やがて強く、強く、心は輝きだした。

「ありがとな……よろしく」
「そうじゃなくて、自己紹介は? いれものが綺麗な女性だから、照れているんですか?」
「そういうわけじゃ……選ばれると思わなくて、戸惑ってんだよ」

声からして、若い男性の心だろうか。

「俺は優一(ゆういち)。優しくて一番カッコいい男と書いて、優一、な。あんたは?」
「私は、西島(にしじま)すみれ、といいます。よろしく、優一さん」
「優一でいいよ、すみれ。じゃ、案内人。手続き、頼む」
「かしこまりました。それでは、ご縁を結びますね」

空中に白銀のステッキが浮かぶ。
案内人さんがステッキをふるうと、先端の石が藍色の光を放つ。光のラインが、心……優一と、私を包む。

「いれもの、西島すみれと、心、早川(はやかわ)優一のご縁をいま、ここに結びましょう」
「え……早川……?」

聞き覚えのある苗字だ。しかし私の声を気にせず、案内人さんは、呪文を続ける。

「いれものは、心を受け入れ、心は、いれものになじんでいく。いつか訪れる最後の日まで、共に手を取り、道を歩んでください。新たなご縁に、祝福を……ふたりの生きる道に、祝福を……」
「祝福を……すみれ」

はっきりと声がした。思わず顔を上げた。
優一が、ひとのかたちになっている。金髪でうすい色のサングラスをかけている。年恰好からして、二十代前半か後半だろう。

「ありがと、すみれ」

こんな不良っぽいひとでも、屈託なく笑うんだ……その無邪気な笑顔にドキッとした。
その瞬間、私の意識はなくなって……。