当て馬の矜持 ー嘘吐きな僕らの協奏曲《コンチェルト》ー

「ほら、楽譜でさ、指定したところに戻って弾くダル・セーニョって記号あるでしょ? あんな感じでさ、どこか特定の日からやり直したくなることって、ない?」

 じょうだんっぽい口調なのに、目はすごく真剣。

 笑って流しちゃいけない空気を感じる。

 過去をやり直したいかどうか、考えるまでもなかった。

「あたしは、いまが大事だから戻らない。だって、戻ったら、キョウジがレオとあそんでくれた日も、バレッタくれた日も、なくなっちゃう」


 あたしが嘘の恋人になろうって言った日に、手をとってくれたこと。

 一緒にお昼ご飯を食べる時間。

 レオの話し相手をしてくれているときの、穏やかな顔。

 あたしが好きなブラックコーヒーを買ってきてくれたこと。

 プレゼントのために、ドイツ語を勉強してくれたこと。

 どれも、なかったことにしたくないよ。


 指先で、キョウジがくれたバレッタをなぞる。

 サワへの初恋が叶わなかったのは切ない。

 けれど、キョウジが優しい心をくれたから、あたしは笑っていられる。

 

「私は、戻りたいよ……」

 泣きそうな顔でつぶやく葉月さん。
 目元が潤んでいるように見えた。