玄関で靴紐を結んでいると、母さんが大きめの保冷バッグを持ってきた。
「響司。たまご焼き作ったから、持っていきなさい。彼女の家に初めて行くのに手ぶらなんてだめよー」
「あ、ありがとう」
恋人の付き合い方にそんなルールがあるとは知らなかった。
「ちょっと前に華音ちゃん用にたまご焼き渡したでしょ? あのとき、返してくれた器、丁寧に洗ってあって、お礼のお手紙も添えてあったの。もう、すっごくいい子ね」
母さんはそのお手紙を、丁寧にクリアファイルに挟んでいた。
『キョウジのママへ
たまごやきありがとうございました。
おいしかったです。
おとうとにつくってあげたいから、レシピおしえてほしいです。
Kanon』
柴犬シルエットのメッセージカードに、整った文字で書いてある。
「華音らしいな」
普段から律儀な子だなと思っていたけれど、まさかこんなに丁寧にお礼も書いていたなんて。
とことん気配り屋だ。
「いい、響司。今度華音ちゃんをうちに呼びなさい。母さん全力で応援するから! かわいいお嫁さんにたまご焼きのレシピを伝授するのが夢なのよー! 親子で一緒にお弁当を作るの、最高じゃない!」
空にむけて拳を振り上げ、熱く夢を語る母さん。
僕が知らぬ間に、母さんの中で華音が未来の嫁に昇格していた。
「あ、はは……いってきまーす」
実は恋人のフリをしているだけです、なんて正直に言ったら寝込んでしまいそうだ。
ちょっと罪悪感を覚えつつ、家をあとにした。



