当て馬の矜持 ー嘘吐きな僕らの協奏曲《コンチェルト》ー


 それからはいつもどおり、ミスした箇所を指摘され、次のレッスンまでに苦手部分の重点的な練習をしておくことになった。

 ノックの音が聞こえて、長身の男性が入ってきた。

「失礼します。初田(はった)です。今週もお願いします。ミツキ、先生と響司くんにごあいさつして」

 初田さんに軽く背中を押されて、小さな女の子が頭をさげる。
 

 この子は初田ミツキちゃん。
 ミツキちゃんは僕の次の時間を取っている生徒だ。
 
「せんせー、きょーじくん、こんばんは!」

 時計を見るとちょうど今日のレッスン終了の時間だった。


「こんばんは、初田さん、ミツキちゃん。それじゃあ僕は時間なのでこれで失礼します。先生、ご教授いただき、ありがとうございました」

 あいさつして帰ろうと思ったら、ミツキちゃんに手を引かれた。

「ねーねー、きょーじくんもきいて。ミツキね、いっぱいれんしゅうして、いちページひけるようになったの! パパとママ、すごいねっていってくれたの!」

 目をきらきらさせながら、両手をあげるミツキちゃん。

 僕はひざをついて目線を合わせ、ミツキちゃんに答える。

「そっか。がんばったんだね、ミツキちゃん」
  
「急いでないなら、響司くんも聞いてくれないかな。ミツキも、お兄ちゃんに聞いてもらうんだって、楽しみにしていたから」

「きょーじくん、おねがーいー。ねー?」

 初田さんだけでなく、ミツキちゃんからも何度もお願いされる。

 こんなにかわいい後輩にお願いされたら、帰るなんて言えない。

 大地先生からも、「座って聞くといいよ」とうながされて、少しだけ残っていくことにした。