当て馬の矜持 ー嘘吐きな僕らの協奏曲《コンチェルト》ー

 隣に座っているご夫婦が、参加者リストを読みながら話をしている。

「次は当馬くんか。確か、去年は英雄ポロネーズを弾いていただろう。あれだけの曲を弾けるのに、今年はなんだってこんな簡単な曲にしたんだろうな」

「いいじゃあありませんか、あなた。わたしは今年の選曲、どちらも好きよ。すごくロマンチック」

 ……こんな簡単な曲って、なんだろ?

 リストをもらわずかけこんじゃったから、直接聴くしかない。

 キョウジが名前を呼ばれて舞台に出てきた。
 
 はじめの和音を聞いて、ピンときた。

 パッヘルベルのカノン。 
 
 ピアノに向き合うキョウジの表情はとても優しい。

 春の木漏れ日の中で聞いているみたいな、あたたかい気持ちになれる。

 曲が一番盛り上がるところにはフォルテを。

 二人で手を繋いで坂を駆け上がるような、とびはねたくなる楽しさがある。

 キョウジと出会ってから今日までのこと、つぎつぎに頭の中に浮かんでくる。

 カノンが終わって、間をおいて次の曲につながる。

 ゆったりのびやかなメロディ。

 ベートーヴェンのIch(イッチ) liebe(リーベ) dich(ディッチ)

 ──Die(ディ)Oma(オマ)の子守唄。