当て馬の矜持 ー嘘吐きな僕らの協奏曲《コンチェルト》ー

 地区予選が終わってから、音楽教室のレッスン室で大地先生と今後の話をする。

「響司くん。審査員から悲愴が好評だったから、地区本選は予定通り課題曲のトロイメライにするかい? これなら二年前に教えたからまだ記憶も新しいだろう。自由曲にするのも手だが」

 過去に習った楽曲の楽譜を、テーブルに並べて、一枚一枚めくっていく。

 本選まで一ヶ月しかないから、中学までに習った曲から選ぶことになる。

 本選だから、予選よりも技術の高いひとが集まる。

 去年参加した発表会では、同年代で超絶技巧を弾きこなす人もいた。

 小柄ながらも、フォルティッシモで鍵盤に指を叩きつけて弾く姿は圧巻だった。

 あんなにうまい人でも、まださらに上がいる。
 思い出しただけでも震える。


 今の僕は、幼い日に聴いた異国のピアニストに、少しでも近づけているだろうか。

 心を惹き付けて離さない、あの演奏に。


 本選に挑むなら…………真っ先に浮かんだ曲の名前をあげる。

「カノンがいいです」

 大地先生は楽譜を眺めて意味有りげに笑う。

「ああ。予選を聴きに来ていた子、華音さんだっけ。いやー、若いね」

「う、なんですかその目は。ええと、五年前に弾いたのと、今弾くのでは違うから……」

 無理のない選択肢のはずなのに、なぜかそれっぽい言い訳を並べてしまう。

 そんな僕を見て、大地先生は更に楽しそうになった。