推しが恋人になるなんてお断りです!

 今日も仁の一日は忙しい。

「今日も俺の推しは完璧だ……!」
「お前の頭の中身は今日も残念だけどな」

 体育の授業でバレーボールをやっているのだが、仁の推し——遥は身長が高く、運動もできることもあってとても活躍していた。一方で、身長が低くて運動音痴な仁は戦力外通告を受けてさっきメンバーから外されたところだった。

 息を切らしながら隣に座った海斗。彼の口から出てくるツッコミの鋭さは今日も健在だ。

「残念って、そうでもないだろ。強いて言うなら、推しがカッコ良すぎるのがいけない」

 誇らしげに胸を張れば、「どこの誰目線だよ、それ」と海斗が胡乱げな視線を送ってくる。数少ない友達だというのに酷いやつだ、と思っていると遥がまたアタックを決めたところだった。

 同じ体育館の中で女子と男子に分かれていたが、女子のコートから黄色い歓声が上がる。その声につられるように仁も「あー、もう本当にカッコ良すぎる」と瞳を潤ませたから海斗にドン引きされた。あまりに冷たい視線に、友達だよな、と首を傾ければ鼻で笑われた。解せない。

「ナイスサーブ決めろよ、遥!」
「いや、失敗しろー! 盛大にアウトライン超えてくれー!」

 コートの内外どちらからもヤジが飛ぶ。遥はボールをつきながら困ったように笑うと、不意に仁の座っている方に視線を向ける。柔らかい視線とは違い、獲物を見つけた時の捕食者の目で見つめられ、仁は一瞬体をびくりと震わせる。推しの活躍に興奮して熱くなることはあっても、背筋が凍るような恐怖を感じるとは思わなかった。

「あーあ、だから言っただろ」

 海斗が呆れたように肩を竦める。そして、仁の方を一心に見つめる王子様へと視線を戻し、なんでこんなにわかりやすいのにこのポンコツは、と頭の中でため息を吐いた。

「なんだっけ……それで、付き合うことになったってのは本当なのか?」
「違う! あれは推しのファンサの一つで……そう! リア恋営業ってやつで」

 その瞬間、目と鼻の先を何かが勢いよく通りかかり、一瞬遅れてダーン!っと大きな音が鳴った。何事だ、と心臓をバクバクとさせながら何かの方へと視線を持っていけば、そこには床に転がるバレーボールがあった。

「ごめん! 大丈夫、仁。つい勢いよくやっちゃって」
「え、あ、うん。お、俺は大丈夫……」

 目の前いっぱいに溢れた推しの顔。普段は柔らかい雰囲気で犬のようなのに、なぜか今は笑顔が怖い。何かに怒っている……ようにも見えたが、なんで怒ってるのかは全くわからなかった。

「そっか、なら良かった。あ、でも、ぼーっとしたりよそ見したらダメだよ。危ないからね」

 遥は仁の顔をペタペタと触ってどこも怪我をしていないことを確認するとそう言った。仁は突然の接触にさっきとは違う意味で心臓を高ならせながら、何度も縦に首を振る。そして、遥は蕩けるような笑みを仁に送ると、一瞬海斗の方を見てから試合に戻って行った。

 隣で海斗が青ざめ「誰だよ、あれが純朴な王子様なんて夢見始めたやつ……」とため息混じりに呟く。


「やっぱり、今日も推しがかっこいい……!」


 推しへの愛は盲目。

 海斗には見えていたものが、仁には見えなかったようだった。