青葉学園に通う高校一年生の佐藤仁は学校に推しがいる。推しと言っても相手はアイドルや俳優とかいう芸能人ではない。
仁は手のひらサイズのメモ帳を片手に、校舎の影に隠れていた。その視線の先には学食で友人たちと談笑している二階堂遥という同級生がいる。
「今日は定食のAセット、ご飯大盛り……と」
遥の食べているご飯を遠くから確認すると学食のメニュー表を見る。Aセットに含まれるサラダは気に入らないが、その他のメニューは仁でもなんとか食べられそうだった。
「おばさん、定食のAセット、ご飯大盛りで!」
「はいよ! ……って、仁ちゃん、あんたそんなに食べられるのかい?」
食堂のおばちゃんに心配されるが、知ったことじゃない。仁にはこれを食べなければいけない確固たる理由があるのだから。
「問題ないです! 今日も綺麗に完食してみせますよ!」
ガッツポーズを作りながら意気込むと、食堂のおばちゃんは「そうかい……?」と訝しげな表情を見せながらもご飯を準備してくれる。仁だってもう高校生になったのだ。この量くらい軽くペロリと食べられる……はずだ。
しかしその膨らんだ意気込みも、実際に目の前に出されたご飯の量を見てすごすごと萎んでいった。
「うっ、しかしこれも必要な試練に違いない」
両手にずっしりと重さがかかる。この量を食べる人の気が知れない、と思わず考えてしまったが、すぐにその考えを振り払った。そして、ちらっと顔を上げて先ほど盗み見ていた遥の方を向く。仁が注文している間に遥は食べ終わっており、楽しげに友達と話していた。
さすがだ、と感動していれば、不意に顔を上げた遥と視線が絡み合う。
仁は驚いてパッと顔を背けてしまった。急な供給に気持ちがついていかず、頬がじんわりと熱くなってくるのを感じていた。
「あー、やば。推しと目が合っちゃった……。きしょい顔してなかったかな、俺」
誰にも聞かれないように小さな声で呟きながら、適当な場所に腰を下ろす。
推し——そう、推しだ。
仁が食べ切れるかもわからない大盛りを頼むことになっているのも、全部推しのためだった。推しと同じご飯を食べて、同じ養分で育ちたい。あわよくば、160センチ前半の身長がもっと伸びてほしい。
そんなことを考えて手を合わせ「いただきます」と言う。仁の周りには友達らしき人はいなかったが、決していつも一人ぼっちなわけではない。たまたま一緒に過ごす友達が部活の用事でいないだけだ。
誰に向かって弁明しているのか、自分でもわからなくなりながら仁は必死にご飯を食べ進める。Aセットは食べ盛りな男子生徒向けだからか、普通盛りでもおかずの量が多い。そこにつけ加えて、仁はご飯を大盛りにしている。普段購買のパン一つでお腹いっぱいになっている仁にとって、このご飯の量は殺人級と言っても過言ではない。
だが、これも推しのため。
そう言い聞かせる。心の中では苦しみの涙を流しながらご飯を食べていると、「仁!」と急に呼ばれた。
ハッとして顔を上げれば、ほぼゼロ距離のところに推しの顔が——二階堂遥の顔があった。
あれ、瞬間移動でもしたか? なんて的外れなことを考えていると、遥が仁の鼻を摘んだ。
「な、な……っ?」
「あはは、変な顔してる。離してほしい?」
よくわからないが推しが楽しそうにしているのなら何よりだ、と思いつつ必死に首を縦に振る。遥は少し考えた後、楽しげに口元に弧を描いた。
「じゃあ、今食べてるのが何か教えて」
「A定食、ご飯大盛りです」
「それは、僕のことを真似して?」
「いえ、違います。俺は真似とかそういうストーカーのような低俗なことがしたいのではなく推しと同じものを食べて推しと同じもので体を作り替えたいと思った所存でそれで……」
「つまり、僕と同じものが食べたかったんだ」
ノンストップで語り始めた仁の言葉に被せるように遥が言う。遥は嬉しそうに頬を赤らめてはにかんでいた。
あ、ちょっと待って。そのままの笑顔で。今すぐカメラ起動するから。
視線は遥から外すことなく、仁は手探りでズボンのポッケトからスマートフォンを取り出して構える。遥はすぐに意図を察したのか、仁の鼻から手を離すと、頬と頬とくっつけるように仁の肩に自身の顔を乗せた——いや、何しとる?
「ほら、インカメにして。写真撮るんでしょ?」
「——っ推しとのツーショは俺にはまだ早いです!」
「なんで? 僕がいいって言ってるのに?」
遥が子犬のような潤んだ瞳で首をコテンと倒す。そのあざとい仕草に見事に胸を撃ち抜かれながらも仁は、「それでも!」と遥から離れようと椅子の端まで必死に逃げた。
「……こんなに幸せで、俺の心臓が爆発しちゃうから」
口元を手で覆いながら深いため息を吐き出す。頬に熱が集まるのは止められず、仁は少しでも遥に見られる範囲を狭くしようと努力した。冴えないオタクの照れ顔なんて見ても面白くないだろうから。
そんなことを頭の中で考えていたからか、仁は獲物を狙うように目を細めた遥に気が付かなかった。だけど遥はすぐに表情を戻すと仁が逃げた分距離をつめる。遥は仁のスマートフォンを勝手に操作してカメラを起動すると、驚いて固まっている仁をそのままに写真を撮った。
「え? な、な、え?」
「撮っちゃったね」
楽しげに笑った遥の横顔を仁は呆然と見つめる。そして自分のスマートフォンに視線を移せば、そこには間抜けな顔をした仁と柔らかく微笑む遥の顔が写っていた。
せっかく推しとツーショットを撮れたのに、自分の顔が酷すぎる。いっそ加工アプリで自分の姿だけ消してしまおうか。うん、それがいい。そうしよう。
そんなことを仁が考えていると、コロコロと表情が変わる様子が面白いというように遥が笑う。その美しく、絵画のような慈愛に満ちた微笑みに仁の思考は再び止まった。
「仁だけの、特別だから」
遥はそう言うとウィンクを仁に送り、その場を立ち去っていく。離れていく遥の背中を見つめながら、仁はしばらくの間、推しのファンサを頭の中で繰り返し思い出していた。
「……ひぇ、推しが今日も尊い」
瞳を潤ませながら小さな声で呟く。その声は食堂の喧騒にかき消されて誰の耳にも入らなかった。
仁は手のひらサイズのメモ帳を片手に、校舎の影に隠れていた。その視線の先には学食で友人たちと談笑している二階堂遥という同級生がいる。
「今日は定食のAセット、ご飯大盛り……と」
遥の食べているご飯を遠くから確認すると学食のメニュー表を見る。Aセットに含まれるサラダは気に入らないが、その他のメニューは仁でもなんとか食べられそうだった。
「おばさん、定食のAセット、ご飯大盛りで!」
「はいよ! ……って、仁ちゃん、あんたそんなに食べられるのかい?」
食堂のおばちゃんに心配されるが、知ったことじゃない。仁にはこれを食べなければいけない確固たる理由があるのだから。
「問題ないです! 今日も綺麗に完食してみせますよ!」
ガッツポーズを作りながら意気込むと、食堂のおばちゃんは「そうかい……?」と訝しげな表情を見せながらもご飯を準備してくれる。仁だってもう高校生になったのだ。この量くらい軽くペロリと食べられる……はずだ。
しかしその膨らんだ意気込みも、実際に目の前に出されたご飯の量を見てすごすごと萎んでいった。
「うっ、しかしこれも必要な試練に違いない」
両手にずっしりと重さがかかる。この量を食べる人の気が知れない、と思わず考えてしまったが、すぐにその考えを振り払った。そして、ちらっと顔を上げて先ほど盗み見ていた遥の方を向く。仁が注文している間に遥は食べ終わっており、楽しげに友達と話していた。
さすがだ、と感動していれば、不意に顔を上げた遥と視線が絡み合う。
仁は驚いてパッと顔を背けてしまった。急な供給に気持ちがついていかず、頬がじんわりと熱くなってくるのを感じていた。
「あー、やば。推しと目が合っちゃった……。きしょい顔してなかったかな、俺」
誰にも聞かれないように小さな声で呟きながら、適当な場所に腰を下ろす。
推し——そう、推しだ。
仁が食べ切れるかもわからない大盛りを頼むことになっているのも、全部推しのためだった。推しと同じご飯を食べて、同じ養分で育ちたい。あわよくば、160センチ前半の身長がもっと伸びてほしい。
そんなことを考えて手を合わせ「いただきます」と言う。仁の周りには友達らしき人はいなかったが、決していつも一人ぼっちなわけではない。たまたま一緒に過ごす友達が部活の用事でいないだけだ。
誰に向かって弁明しているのか、自分でもわからなくなりながら仁は必死にご飯を食べ進める。Aセットは食べ盛りな男子生徒向けだからか、普通盛りでもおかずの量が多い。そこにつけ加えて、仁はご飯を大盛りにしている。普段購買のパン一つでお腹いっぱいになっている仁にとって、このご飯の量は殺人級と言っても過言ではない。
だが、これも推しのため。
そう言い聞かせる。心の中では苦しみの涙を流しながらご飯を食べていると、「仁!」と急に呼ばれた。
ハッとして顔を上げれば、ほぼゼロ距離のところに推しの顔が——二階堂遥の顔があった。
あれ、瞬間移動でもしたか? なんて的外れなことを考えていると、遥が仁の鼻を摘んだ。
「な、な……っ?」
「あはは、変な顔してる。離してほしい?」
よくわからないが推しが楽しそうにしているのなら何よりだ、と思いつつ必死に首を縦に振る。遥は少し考えた後、楽しげに口元に弧を描いた。
「じゃあ、今食べてるのが何か教えて」
「A定食、ご飯大盛りです」
「それは、僕のことを真似して?」
「いえ、違います。俺は真似とかそういうストーカーのような低俗なことがしたいのではなく推しと同じものを食べて推しと同じもので体を作り替えたいと思った所存でそれで……」
「つまり、僕と同じものが食べたかったんだ」
ノンストップで語り始めた仁の言葉に被せるように遥が言う。遥は嬉しそうに頬を赤らめてはにかんでいた。
あ、ちょっと待って。そのままの笑顔で。今すぐカメラ起動するから。
視線は遥から外すことなく、仁は手探りでズボンのポッケトからスマートフォンを取り出して構える。遥はすぐに意図を察したのか、仁の鼻から手を離すと、頬と頬とくっつけるように仁の肩に自身の顔を乗せた——いや、何しとる?
「ほら、インカメにして。写真撮るんでしょ?」
「——っ推しとのツーショは俺にはまだ早いです!」
「なんで? 僕がいいって言ってるのに?」
遥が子犬のような潤んだ瞳で首をコテンと倒す。そのあざとい仕草に見事に胸を撃ち抜かれながらも仁は、「それでも!」と遥から離れようと椅子の端まで必死に逃げた。
「……こんなに幸せで、俺の心臓が爆発しちゃうから」
口元を手で覆いながら深いため息を吐き出す。頬に熱が集まるのは止められず、仁は少しでも遥に見られる範囲を狭くしようと努力した。冴えないオタクの照れ顔なんて見ても面白くないだろうから。
そんなことを頭の中で考えていたからか、仁は獲物を狙うように目を細めた遥に気が付かなかった。だけど遥はすぐに表情を戻すと仁が逃げた分距離をつめる。遥は仁のスマートフォンを勝手に操作してカメラを起動すると、驚いて固まっている仁をそのままに写真を撮った。
「え? な、な、え?」
「撮っちゃったね」
楽しげに笑った遥の横顔を仁は呆然と見つめる。そして自分のスマートフォンに視線を移せば、そこには間抜けな顔をした仁と柔らかく微笑む遥の顔が写っていた。
せっかく推しとツーショットを撮れたのに、自分の顔が酷すぎる。いっそ加工アプリで自分の姿だけ消してしまおうか。うん、それがいい。そうしよう。
そんなことを仁が考えていると、コロコロと表情が変わる様子が面白いというように遥が笑う。その美しく、絵画のような慈愛に満ちた微笑みに仁の思考は再び止まった。
「仁だけの、特別だから」
遥はそう言うとウィンクを仁に送り、その場を立ち去っていく。離れていく遥の背中を見つめながら、仁はしばらくの間、推しのファンサを頭の中で繰り返し思い出していた。
「……ひぇ、推しが今日も尊い」
瞳を潤ませながら小さな声で呟く。その声は食堂の喧騒にかき消されて誰の耳にも入らなかった。



