推しが恋人になるなんてお断りです!

 ——なんてことがあった体育祭からはや一週間。

 学校は定期考査の期間に入り、部活は休みに突入した。夏休み前の最後のテストということもあって、生徒の大半が真面目に勉強をしていた。そんな中、仁は机に頬杖をつきながら、先生の話を右から左に聞き流す。高校生になった瞬間から大学受験のために努力しなさい。そう言われることが多いが三年後のことなんて実感が湧くわけなく、そんなものに時間を割くくらいなら推し活をいかに充実させるかを考えた方が良かった。

 普通ならテスト勉強を行うところを仁は体育祭の写真の選別に時間を使っていた。選別、というのは学校側が学校パンフレットなどに使う写真を渡すために行っていることだ。ピンボケしていないものや、構図が良いものなどほぼ仁の主観で全て選ばれていた。

 一番綺麗に撮れているものはやはり推し——つまり、遥の写真が多かった。だけど、仁はその写真を学校側に渡すつもりはなかった。最初こそ、渡すリストに入れていたが、ふと、こんなにかっこいい推しの姿を有象無象の人の目に触れさせるのは、なんだか嫌だと思ったのだ。

 その気持ちがどこから湧いてくるのか。それを突き詰めていったら、仁はもう後戻りができない気がして、考えることをやめた。


 推しは推しのままで。
 結局それが一番心穏やかでいられるのだ。


 じゃあ、推しが他の人と仲良くしていても許せるのか——今、そう聞かれたら、言葉に詰まるのは必須だったが。

「……佐藤! ぼうっとしてるくらいなら、この問題解けるんだろうな!」

 厳しい数学の先生の授業でぼうっとしていたら名指しで怒られる。後ろの席である海斗が影に隠れて笑っていたから、「平山くんがわかるって言ってまーす」と売りつけることにした。海斗から椅子を思いっきり蹴られるが気にすることはない。笑った海斗が悪いんだから。




 一日の授業が終わって、いつもと同じように海斗と帰ろうとした時、目の前に遥がにゅっと生えるように現れた。急にそばにきた推しに仁がドキッとしていると、何かを察したように海斗が「じゃ、あとは二人でごゆっくりー」なんて言ってさっさと帰ってしまった。それはもう、さっき先生に売りつけた恨みを晴らすかのようだった。

「……あ、あの?」
「今日から一緒に勉強しない?」
「はぇ?」

 何を言われたのか分からず、一瞬頭の中に宇宙が広がる。

「ていうのは建前で、せっかく部活が休みだからさ」
「うん?」
「少しでも仁と一緒に過ごしたいんだ……だめ、かな?」

 耳をほんのりと赤く染め、照れ隠しのように頬をかきながら首をこてんと傾ける。そのあざとくて可愛い仕草が確実に仁の情緒を破壊しにきていた。仁は「ヴッ」と呻き声を上げながら、胸を押さえてよろめく。なんで海斗は先に帰ってしまったんだ。この気持ちをどうやって一人で抱え込めば良いのか、仁には分からなかった。

 だが、そんなことよりも、推しの要望に早く返事をしなければならない。もちろん答えは——。


「是非とも! 一緒に、勉強させてください!」
「うん、仁、ありがとう」


 こうして推しと勉強会をするというファンサ以上の神イベントが発生したのだった。

 そこでふと気がつく。勉強を一体どこでやるのか。
 学校か。それとも市営の図書館か。

「それじゃあ、早速行こうか——僕の家に」
「ヒェ……推しの家」

 予想外の返答。仁は二人だけの時間が始まる前に昇天するかと思った。