推しが恋人になるなんてお断りです!

 軽快な音楽と生徒の歓声が運動場に響き渡る。運動場の中心では代表に選ばれた生徒たちがリレーの競技を行っていた。その中には当然のように遥も含まれており、彼はアンカーを任されている。

 写真部である仁はこの体育祭におけるカメラマンの一人として、生徒たちの勇姿を手持ちの一眼レフに収めているところだった。

「おー、頑張ってるか? 期待のカメラマンさん?」
「……っ! 海斗、びっくりしたぁ。ていうか、茶化すなよ。別に誰も期待してないって」

 ピタッと冷たいジュースを首筋に当てられ、びっくりして振り返れば揶揄うように笑った海斗が立っている。仁は一瞬だけカメラから顔を離すと肘で海斗のことを突いた。

「そんなことないだろ。写真部の写真をみんなが求めてるじゃんか。例えば、王子様の写真とか、さ」
「俺はそんな邪な気持ちで撮ってないんだけど」
「仁がどう思うかはみんな気にしてないだろ。まぁ、でも、今回、良い写真が撮れたらコンテストに応募するんだろ?」

 海斗はクラスの応援席に戻るつもりはないようで、仁の隣でジュースを飲み始める。仁はそれをチラッと横目で見た後、カメラを構え直し、ファインダーを覗き込む。次の走者はアンカーなようで、四角く切り取られた景色の中に遥の姿が映し出されていた。

「コンテストに出すかはまだ決めてない。撮りたいものも決まってないし。コンセプトもその写真に込める想いも」

 カメラのレンズを細かく調整して、遥にピントを合わせる。仁がいるところからは遥がバトンを受け取って走ってくるところがちょうど見えるのだ。

 海斗が話題に出したコンテストとは、全国規模で開催されている学生を対象とした大会のことだ。写真部の成績のほとんどがそのコンテストに集約されていると言ってもいいほど大きなコンテストでもある。被写体の制限はなく、シーンの設定もない。ただ、毎年、抽象的なお題があるだけで。

「今年のお題はなんだっけ?」
「……『私の世界』だってさ」

 もうすぐでアンカーにバトンが渡る。だから仁は海斗の質問に一瞬回答が遅れた。だが、聞いてきた当の本人はリレーの方に意識を向けており「へぇ」とおざなりな返事しか返ってこなかった。

 ——『私の世界』ってなんだよ。もっと花とか夕焼けとか、わかりやすいお題にしてくれればいいのに。

 心の中でコンテストに対する不満をぶつけながら、走り出した遥の姿を余すことなく撮っていく。真剣な顔で走ってくる遥の姿を見て、仁は目を奪われ本来の仕事を忘れそうになる。しかし、カメラマンとしての仁は遥の走りに見惚れていてもちゃんと役割を果たしていた。無意識に何十枚と写真を撮った仁は走り去っていく遥の背中をカメラ越しに追いかける。

「他のクラスのやつもちゃんと撮ってやれよ」

 後ろから呆れた声が聞こえるが、知ったことじゃないと無視した。写真部の人数は少ないがそれぞれが写真を撮っているのだ。仁が全てを撮る必要はどこにもない。

 ——ていうか、俺が撮りたいもの撮って何がいけないんだ。

 そんなことを思っていれば、生徒たちが一際大きな歓声を上げた。そして実況アナウンスからは仁たちのクラスが優勝したと興奮気味に話す声が聞こえた。つまり、遥が一番でゴールしたということだ。

 仁はファインダー越しに遥の姿を探す。遥は運動場の真ん中あたりでクラスメイトからもみくちゃにされていた。嬉しそうにみんなと笑い合うその姿を、仁は数枚に分けて撮影する。

「さすが王子様。足早いねぇ」
「海斗じゃこうはいかないもんね」
「お前よりはマシだよ、ばか」

 痛いところを突かれて仁は思わず海斗のことを睨みつけた。海斗はヘラヘラと笑うだけで、これっぽっちも気にした様子は見せなかった。

「よし、リレーも終わったし、俺も飲み物買ってこよ」
「あれ? 先輩たちの勇姿は撮らなくていいのかよ」
「自分の学年を撮るのが仕事なんだよ。だから俺は一年生の勇姿だけ撮ればそれでいいの」

 手をひらひらとさせて海斗に背を向けて歩き出す。海斗はなるほどと納得しながら、「でも、早く帰ってこいよ!」と仁に声をかけた。仁は「はいはい」と適当に返事をしてその場から離れた。

 目指すのは校内に唯一設置された自販機の場所。そこはいつも校舎の影がかかり、風もよく通るため他よりも涼しいのだ。