推しが恋人になるなんてお断りです!

 遥の甘い囁きから意識を取り戻した時、仁たちはソフトクリームを食べ終わって駅地下のショッピングモールを歩いていた。いつの間にこんなところまで来たんだ、と記憶をほじくり返しても何もわからなかった。

「仁? 聞いてる?」
「え? あ、いや……ごめん」

 推しの話を聞き逃すなんて万死に値する。困ったような遥の顔を見て仁は咄嗟にそう思った。推しにこんな表情をさせたことで仁の顔色は真っ青になる。

「い、今すぐ過去の自分を殴ってくる……!」
「いや、待って。そんなことしなくてもいいし、どうやって過去の仁に会いにいくの」

 斜め上の考えでどこかへと行こうと踵を返した仁の腕を遥が掴んで止める。骨ばった大きな手に、スラリと長い指。掴まれた手の節が目立つその形に、仁にはない男らしさを感じて思わず心臓が跳ねた。

 仁が固まっていると何を思ったのか遥は腕から徐々に手の位置を下げていく。なんだ、何をするつもりなんだ、と心臓が爆発しそうになっていると、仁の頭の上でクスリと笑う声が聞こえた。ハッとして顔をあげると、目元を甘く細め、柔らかな笑みを浮かべる遥と目が合った。

 仁は無意識のうちに息を呑んだ。その瞬間を見逃さなかった遥は自分の手と仁の手を重ねる。そして仁が遥のすることに気がつくよりも前に、その指を仁の指の隙間へと滑りこませ、ゆっくりと絡め取っていった。いわゆる、恋人繋ぎというやつだ。

 急な推しの過剰摂取に仁は「ひぇ……」と顔を真っ赤に染めて、小さな悲鳴をあげる。それだけで終わるかと思われた遥のアクションは、仁の予想に反して続けられた。

「……ふふ、仁の顔、りんごみたいに真っ赤でかわいいね」
「ぴ……!?」

 遥は絡め取った仁の手をゆっくりと自分の口元へと持っていく。まさか、と仁が目を見開いていると、その手に遥は軽いキスを落とした。


 ——え、今何が起きた? キスされた? 誰の手に?


 ピシッと固まった仁の耳に周囲の人が感嘆の息を漏らす声が聞こえた。ハッとして周囲を見渡せば、数人の通行人が仁たちを見てヒソヒソと話したり、顔をほんのりと赤くして微笑ましい眼差しで見ていた。

「…………っ!?」

 羞恥心に耐えられなくなった仁は咄嗟に遥の手から自分の手を取り戻す。遥は「あ、残念」と口に出しながらも、その表情は満足げだった。絶対に確信犯だ、と心の中で悔しがれば、遥はもう一度仁の方へ手を伸ばす。

「周囲の視線なんて、気にしなくていいよ。今は僕だけに集中して、ね?」

 もうずっと、遥のことしか見てないわ! ……と、思わず叫びそうになって寸前で堪える。こんな人通りの多いところで叫んだら、それこそ注目の的になって憤死してしまう。

 仁は遥に手を引っ張られながら少しでも気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。


 ——さすが俺の推し。女性どころか男性の扱いにも慣れていらっしゃる。


 本日何度目かの合掌を心の中で行う。その考えに頭の中のイマージナリー海斗に『いや、こんなことするのは絶対にお前にだけだわ』とツッコミを入れられたが、仁は都合よく無視した。推しを愚弄するな、友よ。