橙里との生活に不満はなかった。むしろ幸せだった。
 今まで見てきた威張りくさったアルファとは違って、橙里は優しかった。偏見を持たず差別もしない、俺にはもったいない相手。だからこそ……辛い。

(最低だ、俺は)

「……碧?」

 甘くて優しいニオイに包まれる。満たされている、はずなのに──体が求めているのは、あの……(らん)のニオイ。


──嫌なら拒め、突き飛ばせ。


 それを拒否しなかったのは、紛れもない自分だ。あの夜を思い出すだけで、体が疼いて熱くなる。

(……本当に、最低だ)

「……橙里」
「ん?」

 俺が愛しているのは橙里だ。嘘じゃない──でも。

「離さないで」

 首に回した腕の力を強める。自然と唇が重なる……でも、やっぱり物足りない。

(……知らなければよかった)

 あの快感を知ってしまったら……もう、普通には戻れない。

──……これが、運命の番。

 運命の番なんて都市伝説みたいなもの、信じるつもりはない。……が、もし本当に存在するなら……橙里であってほしかった。

「碧」

 薄く開いた隙間から、名前を呼ばれる。ひどく甘くて、優しい声……それが、余計に苦しい。

「愛してる」

 その言葉が……重い。俺だって言いたい。でも言ってしまったら、薄っぺらくなってしまいそうで……言えなかった。

「……──っ」

 何度口付けを重ねても、体を重ねても──満たされない。心は橙里を求めているのに、体は(あいつ)を求めている。
 橙里のあたたかな腕に抱かれながら、別の男を思う。安らかな寝顔を見ながら、とてつもない罪悪感に押し潰されそうになる。橙里は優しいから、俺を見捨てない──だからこそ、抜け出せない。

「……」

 スマートフォンにメッセージが一通。

《21時、いつものホテル前で》

──……底なし沼だ。

 もう、引き返せない──2度目、会いに行ってしまった……あの日から。

 甘くて苦くて、残酷な底なし沼──もう……体半分、沈んでいる。