リーゼロッテと内緒の箱庭

 緊張がほどけて、さてそろそろ別室へ移動をと思い腰を浮かせたところで、リーゼロッテ様お付きメイドが「お嬢様」と声をかけた。リーゼロッテ様は、メイドの抱えていた藤籠を見て「あっ」と声をあげる。
「大事なことを忘れていた!」
 リーゼロッテ様がそう言うや、心得たようにメイドが藤籠を開けて中身を取り出した。
 それは、鍋……のように見えた。筒状の鍋のようで、蓋にも留め金がついていた。携帯できるよう小型化された鍋かもしれない。
「出すのが遅くなって済まない。滋養スープだ。ちょっと独特の風味だが、効き目は抜群だ」
 見舞いの品だと、リーゼロッテ様は言う。
 リーゼロッテ様が鍋の蓋をはずすと、ほんのすこし甘いような苦いような、独特な香りがした。
「わたしも作るのを手伝ったんだ。ハーブを千切ったりかき混ぜたりしたくらいだが……夕食の前にでも、温めて飲んでくれ。胃にも優しいし、身体も温まるから」
「ありがとうございます、リーゼロッテ様。ありがたく、頂戴いたします」
「温められる魔法が使えたら、少量でも味見をしてもらえたんだが……」
 気落ちしたようにいって、リーゼロッテ様は鍋の蓋を閉じた。
 温めて飲まないと効果が薄いのだという。
 蓋つきの鍋にいれ、さらにタオルで鍋を覆って藤籠に入れてきたものの、長話のせいですっかり冷めてしまったようだ。
「熱する魔法は、どうもうまくいかないんだ。冷たくするコツは掴んだんだが」
 小さな鍋を両手で抱えるように持って、リーゼロッテ様は「うーん」と力んでみる。魔力が発せられているのはわかるが、それがうまく発現できていないようだった。魔力をただ放出しているだけで、それが具体的なものになっていない、とでもいうか。
 おそらく「熱」として魔力は放出されているが、ちょっと温かい、というくらいの「熱」なのだろう。つまりそれは「体温」とさほど変わらない。
「液体を揺らすというか、振動させたり浮かせたりするのはできるんだが、熱するのは難しいな……」
 ほとんど独り言のように言いながらリーゼロッテ様は鍋を擦ってみる。魔力の放出は持続できず、ふつりと消えた。
 リーゼロッテ様の話を聞いて、私はふと、あることを思いついた。
「リーゼロッテ様、少し試してほしいことがあるのですが」
「うん?」
 リーゼロッテ様は顔をあげ、大きく瞬きをした。
 とりあえず、スープは厨房に持っていってもらうことにして、私は「箱庭」作成時に使う小物をいくつか用意して、それをテーブルに並べた。


 試したいこと。それは「魔法」だ。
 私は小皿を用意し、そこに小さな脱脂綿を乗せた。
「リーゼロッテ様、こちらの薄い脱脂綿、今は乾いております」
「うん?」
 リーゼロッテ様は何事だろうと小首をかしげた。
 私はスポイトを持って、脱脂綿に水を数滴たらした。ひたひたになるほどには、濡らさない。わずかに湿っているという程度でとどめた。
「リーゼロッテ様の魔法で、この脱脂綿から水を抜くことが、おそらく可能だと思われます」
「えっ、そんな難しいこと……やったことないぞ、わたしは」
「応用ですので、そこまで難しくはないと思います。ボウルの中の水を浮かせて凍らせたのと、それほど違いはないとお考え下さい。この脱脂綿の中にある水を浮かせて、凍らせる……つまり、固体に変えるんです。凍らせず、水の玉にして浮かせるのでも構いません。この脱脂綿に含まれている水を、余さず抜いてほしいのです」
「ボウルに入った水を浮き上がらせるように、か?」
「はい。水は少量ですから、放出する魔力も少なく抑えて」
「うん。……水は凍らせる方がよいのか?」
「そこはリーゼロッテ様のやりやすいように。……そうですね、魔法発動の発語は抽出(エクス)がよいでしょう」
「……わ、わかった、やってみる」
 リーゼロッテ様の手に小皿を乗せて脱脂綿をじっと見つめる。リーゼロッテ様は左手で小皿を持ち、右手を小皿の上にかざした。
 魔力を一点に集中させる、その速さはさすがと言えた。心の内で、「1、2、3」と数えているのだろう。それはかつて私が教えたことだった。安易だが、集中しやすい方法でもある。
 ほんの数秒で魔力が手のひらに収束していくのが見て取れた。リーゼロッテ様は一度目を瞑ってから、活眼、そしてゆっくりと気息を吐く。
 リーゼロッテ様は小皿の上の脱脂綿に人差し指を向けた。指先に魔力が一点集中する。その方が確実だと考えたようだ。
「……抽出(エクス)」
 発語、その直後。
脱脂綿から水が浮き上がって凝縮した。
「氷結(プルイーナ)」
 そして、氷の粒となり、それがテーブルの上に落ちた。氷の粒は二、三粒。胡椒の実ほどの大きさだ。スポイトで垂らした水の量とおそらく同程度だろう。
「できたぞ、レギナルト!」
 リーゼロッテ様は顔をあげて若草色の瞳をこちらに向けた。
「お流石です、リーゼロッテ様。完璧ですね」
 脱脂綿からは確実に水が抜けていた。
 できる、と確信をもってお願いしたものの、まさかこんなにあっさりとやってのけるとは。エックホーフ伯爵家の血筋ゆえでもあろうが、リーゼロッテ様の努力の賜物でもある。
 リーゼロッテ様の魔法の才はまだ開花したばかりだ。これからもっと大きく成長していくだろう。
 可能性を見出しただけの私だが、嬉しくもあり、誇らしくもある。
 内心喜びに浸っていると、リーゼロッテ様が嬉々として私に言った。
「レギナルトはすごいな」
 私を見つめる若葉色の瞳が輝きを増していた。
「え?」
「魔法の活用方法を即座に思いつくのがすごいし、わたしに合った指導をしてくれるのもすごい。レギナルトがいなかったら、今のわたしはいなかったろうな」
「いえ、そんな……」
「謙遜はなしだ。レギナルトだって、嬉しそうな顔をしてるぞ?」
 指摘されて、私は片手で頬に触れてみる。たしかに、頬は緩んでるかもしれない。
「そう……ですね。私も、リーゼロッテ様の才を伸ばせたことは、喜ばしく思っております」
「うん。こういうのは、えぇっと……持ちつもたれかかり……?」
「持ちつ持たれつ、ですね」
「そう。持ち持たれつというのだな、わたしとレギナルトは!」
 リーゼロッテ様は満足げにそう言った。