リーゼロッテと内緒の箱庭

「リーゼロッテ様」
 声をかけたものの、二の句が継げない。
 冗談で言ったのでないのもわかるし、リーゼロッテ様は真正直な方だから、素直な気持ちを告げてくれたのだろう。
 だが、「どうして私を」と思ってしまう。年も離れているし、美貌の偉丈夫でもない。凡庸な男……だけならまだしも、虚弱な体質ときている。
 そんな私の何がよくて、と言いかけて、さすがにリーゼロッテ様に問うのはやめた。
 それを問うのは不躾でもあるし、リーゼロッテ様の気持ちを否定することになりかねない。
 リーゼロッテ様は冗談でこのようなことを言う方ではないと、知っている。
「レギナルトを困らせてばかりいるな、わたしは」
 リーゼロッテ様は淡く笑ったようだった。困った、と言いながら、なぜかしら嬉しげに見える。あるいは、ほっとしているのかもしれない。
 こんな時のリーゼロッテ様の感情は「わかりにくい」。
「ともあれレギナルト、事情はわかったろう?」
「……はい」
 私はぎこちなく頷く。
「レギナルトの意思を尊重したいとは思ってる。だから、もしこの婚約に不服なら……断ってくれてもいい。いや、できれば断ってほしくはないのだが……。でも、レギナルトに無理強いさせるのはもっと不本意だし、迷惑も……負担もかけたくもない。でも……っ」
 リーゼロッテ様のしどろもどろな「早口」は、動揺の表れだ。表情は変わらないように見えるが、感情の振れ幅は大きいように感じられた。そのくらいのことは、鈍い私でもわかる。
「その……もしレギナルトに意中の女性がいるというなら」
「そのような女性はおりませんよ」
 即答した。……若干かぶせ気味になってしまった。
 リーゼロッテ様は目をぱちくりとさせる。そして私を直視した。私の言葉を疑う風でもなく、ただじっと私を見つめている。いつもの、まっすぐなリーゼロッテ様だ。

「恋人」であれ「想い人」であれ、今現在、私にそういう女性はいない。だから、これだけははっきりと答えられた。そして、それを答えて、なぜかしらようやく肩の力が抜けた。冷静になれた、というべきか。
「正直に申しますと、リーゼロッテ様のお気持ちには、驚きました。けれど、迷惑とは思いません」
 話ながら、心も整理していく。そのくらいには、落ち着いてきていた。
 きちんと、リーゼロッテ様の気持ちと向き合おう。
 すっかりぬるくなってしまった茶を口に含んだ。ひどく喉が渇いていたことに、今更気づいた。一気に茶を飲み干した。
「さらに正直に申しますと……リーゼロッテ様を、恋愛の対象として見たことがありませんでしたので、戸惑っております。お気持ちはありがたく思いますが、今はまだリーゼロッテ様と同じ気持ちをお返しできるとは……明言できません」
 申し訳ありません、とは言い添えなかった。その言葉は拒絶になってしまうだろうから。
 嘘偽りなく、私の今の素直な感想をリーゼロッテ様に伝えることが、今私のできることだ。
「うん、ありがとうレギナルト。正直に言ってくれて、嬉しい」
 生真面目な顔をして、リーゼロッテ様は謝辞を述べた。
「……では、わたしも正直に言うが、告白しても、はぐらかされるか笑われるかすると思ってたんだ」
「リーゼロッテ様の気持ちを笑ったりなどしませんよ。本心から打ち明けてくださったのでしょう?」
「うん……。レギナルトはわたしの気持ちを笑うような人間じゃないって。わかってたけど、やっぱり不安だったんだ」
 ふうっと大きなため息をついて、リーゼロッテ様は平静な声で「婚約についてだが」と話を続けた。
「レギナルトの承諾を得ているものだとして話が進んでしまっているが、いまならまだ白紙に戻すことは、……たぶんできる。だから改めてレギナルトの気持ちを聞いておきたいんだが……」
「婚約のことは、双方の家で話がまとまっているようなので、お断りするつもりはありません」
 落胆していそうなリーゼロッテ様の表情だった。「うん」と頷いたものの、声は小さいし、いかにもしゅんとして項垂れている。
「仕方がないからお受けする、ではありませんよ、リーゼロッテ様」
「え?」
「いますぐ婚約者然とした気持ちに切り替えろというのは無理ですが……リーゼロッテ様のお気持ちを受け入れたく思います。これは、私の本心からの気持ちです」
「……いいのか?」
「はい。リーゼロッテ様こそ、私で……本当によろしいのですか?」
 念を押すような言い方になってしまった。私はたぶん、ひどく情けない顔をしているだろう。
「さっきも言った。レギナルトがいいんだ!」
 リーゼロッテ様はまっすぐ私を見つめて、力強く言いきった。
 リーゼロッテ様はためらわない。澄んだ若草色の瞳が私をまっすぐにとらえる。私が戸惑っていても、かまわず飛び込んでくる、その素直なまなざし。のびやかな若葉そのものだ。
「分りました、リーゼロッテ様。では、改めて。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
 私は深々とお辞儀をした。すこしだけおどけたような仕草で。そのくらいの余裕は出てきていた。
「うんっ、ありがとうレギナルト! わたしこそ、改めてよろしく頼む」
 そして、リーゼロッテ様もぺこりとかわいらしくお辞儀をした。
 これで「婚約」が成った。……のだが、「おままごと」のような気楽さがあって、なんだか可笑しかった。もちろん「おままごと」などではない。リーゼロッテ様の瞳のきらめきに、恋の芽吹きが感じられた。
 妙にくすぐったい気分だ。好ましい気持ちではあるが、まだ少し、とまどいの方が大きい。
 リーゼロッテ様はそれも承知のようだった。
 むしろ現状を楽しんでいるのかもしれない。
「まずは、わたしの片恋から始める、ということだな。レギナルトに好きになってもらえるよう、努力する! 覚悟しててくれよ、レギナルト!」
「……私は、こういう場合なんと応えたら?」
 苦笑まじりにそういった私に、リーゼロッテ様は「かかってこい、とか?」と真剣な顔で答える。私は思わず噴き出してしまった。
「剣術の相手は、できませんよ?」
「む。カトリン姉様の口癖が移ってしまったな」
 私とリーゼロッテ様は顔を見合わせて、微笑みあった。