リーゼロッテと内緒の箱庭

 いったん、落ち着いてお話をされたほうがよろしいのでは、と提案してくれたのはリーゼロッテ様お付きのメイドだった。
 リーゼロッテ様も納得してくれたようだった。
「隣室でお待ちしましょう、お嬢様」
「わかった。レギナルト、手伝えることがあれば呼んでくれ」
「い、いえ、大丈夫ですから」
 年下の、まだ少女といっていいリーゼロッテ様にやたらと心配されるのは、なんとも気恥ずかしい。
「さ、お嬢様。あまりレギナルト様を困らせてはなりませんよ」
「……うん」
 空気の読める有能にメイドに促されて、リーゼロッテ様は隣室へと向かった。私は大急ぎで着替えを済ませなければ。
 ともかく、リーゼロッテ様を別室にお連れしたい。
 隣室も、私の部屋だ。「作業部屋」として使用しているので、客人を持て成すには不適切な部屋なのだ。掃除は常にしているから埃っぽさはないはずだが、「作業」を始めたばかりなので作業台まわりは雑然としている。二人掛けのソファーにも何か物を置いていたような気がする……リーゼロッテ様が座れる場所はあったろうか。
 あたふたしながら隣室に入ると、リーゼロッテ様は「見舞いに来た」とか「婚約者になった」という言葉全部を忘れ去ってしまったかのように、楽しげに部屋のあちこちを見まわしていた。
「レギナルト、すごいな! 小さな家がこんなにも! 鉢植えまで小さい! あ、これは本物の植物か? 苔なのか? すごく綺麗な緑だ!」
 はしゃいだ様子で部屋のいたるところを観察して回っている。
 私の「作業部屋」のいたるところに置かれている、工具と小物。そして小さな「家」、その模型と設計図。
 吊るされたままのドライフラワーもあれば、花びらを着色し、それを瓶詰したものもある。着色途中のフェルトや針金、木材もある。端切れは種類ごと、色ごとにわけて引き出しにしまってあるのだが、昨夜その引き出しをすべて開けて、そのままにしてしまったようだ。
 ガラスの器もいくつかあって、それらは育成中の「アクアリウム」だ。日当たりの良い場所において、低床の水草の発芽を待っている状態にある。
 私の私室は、今はもうすっかり作業部屋、工房と言える状態にある。
「前にレギナルトがくれた水槽もあるんだな! これら全部、レギナルトが作ったのか?」
 私が「はい」と答えると、リーゼロッテ様はさらに瞳を輝かせた。表情はあまり変わらないが、瞳だけがキラキラと輝いて、私は不意に緊張感が溶けてしまったのを感じた。
 客室へ案内するのは、後でもよいかもしれない。こんなに喜んでおられるのだ、水を差すのは野暮というものだろう。
 まず、自分こそが落ち着かねばと、深呼吸をした。
 リーゼロッテ様は所狭しと並んでいる「小さな家」をしげしげと見つめては感嘆の声をあげている。優秀なるメイドはドアの傍に立ってリーゼロッテ様を見守っていた。
「どれも可愛いな! それにすごく細かい……テーブルにティーセットまで乗ってるし、本棚にも本が並んでる……本物みたいだ! レギナルト、これらはなんだ? 人形の家?」
「箱庭と、私は呼んでおりますが」
 大小さまざまな「箱」の内側に、家や庭を、小さな材料で組み立てて作った「箱庭」。人形用に作られる「ドールハウス」よりかなり小さい作りになっているし、テーブルなどにセットされている食器などは基本固定されて動かない。なので「おままごと」の遊びはできず、観賞用の「箱庭」だ。
 これは私の幼いころからの趣味だった。子供が積み木で遊ぶのと何ら変わりない。その積み木を小さくし、形を変えただけともいえる。

「箱庭」に使う材料は様々で、たとえば植物を箱庭に配置してもそれらはたいてい造花だ。布や紙で作ることもあれば、木材を用いることも多いし、針金も使う。磁器やガラスの花もあるが、これらは自分ではなかなか作れないので、既製品を購入する。特注となってしまうので割高だから、作れそうなものは自分で作るようにしている。「箱庭」はある種の模型と言えるが、そこに生活感を足すのだ。そして本物に「似せて作る」ことが楽しくもある。家の模型、というだけではない。
 それとは別に「テラリウム」と呼んでいるものもある。「アクアリウム」が水中の景色を楽しむものなら、「テラリウム」は水上の景色を楽しむものだ。こちらはアクアリウム同様、基本は本物の植物を使う。
 ガラスの器に本物の土と植物をいれて、小さな「庭園」を模していくものだ。苔を利用するのが好きなのだが、これはなかなかに手間がかかり、難しい。だからこそ、作るのが楽しくもある。

 ミニチュアハウス、これから派生して「アクアリウム」と「テラリウム」を作っているのだが、そのうち「テラリウム」の方は販売もしている。
「テラリウム」を気に入って買い取りたいといってくれた人がいたからだ。
 趣味でしかなかったのだが、父母の……とくに母に勧められて販売に踏み切った。女性に好まれそうなデザインもリサーチし、試行錯誤して今に至っている。
 ひとつひとつ、私がひとりで手掛けているものなので、受注販売で数も限られるが、好評を得ているようだった。儲けが出ているわけではないが、私が唯一、アスク家のためになっていることかもしれない。

 以前リーゼロッテ様に差し上げたアクアリウムは最近始めたばかりのものだ。一つ仕上げるのにかなり時間がかかるので、今のところ売買はしていない。部屋にあるのも、作りかけのものが二点だけ。窓際の日当たりの良いところに置いてある。
 壁の棚……日の当たらないところには、「箱庭」と、その材料がずらりと並んでいる。片手に乗る大きさの箱庭から、長方形型のティートレイほどの大きさの「箱庭」。しかしここにあるのは作りかけか、売り物にはできない私の手すさびで作った「箱庭」だけだ。
 それと作業台にあるのは、作りかけの「テラリウム」。これは贈り物として作り始めたものだ。苔玉を作るために、寝込んでいられず作業を続けた。そのせいもあって作業台の上が散らかったままだ。
 ……できればもう一つ苔玉を完成させたかったが、意識が朦朧として、断念してしまったのだ。

「レギナルト、これ、手に取ってみてもいいだろうか」
 リーゼロッテ様が指さしたのは、棚にある古い「箱庭」だった。ずいぶんと昔につくったものだ。余りもののブリキの缶を利用して作ったものだ。木製の東屋と作り物の薔薇の花を巡らせた、素朴な「箱庭」。
「どうぞ。これは、あまり良い出来ではないのですが……」
「そんなことない。すごく可愛い。持ってみると、存外重たいんだな?」
 リーゼロッテ様は両手で「箱庭」を持って、しげしげと眺める。
「化粧砂を敷き詰めてありますから。まだ作り慣れなかった頃のものなので、東屋の柱も分厚い釘で代用したので不格好になってしまったのが残念なのですが……」
 説明を始めそうになって、私は我に返る。
 いや、箱庭の説明をしている場合ではなく!
「リーゼロッテ様、箱庭のことはまた後にしていただいて」
「うん? でも、どれも素晴らしくて、ずっと見ていたいんだが」
「いえ! まずは、その、先ほど仰っておられた婚約のことについて、ご説明願いたいのですが」
 焦るあまり語尾が強くなってしまったが、リーゼロッテ様に不快な様子はなく、ただちょっと目をしばたかせて、「ああ」と頷いた。
 部屋を移しましょうと提案したのだが、それは断られてしまった。ここで押し問答していても仕方がないと悟り、ともかく我が家のメイドを呼んで茶の用意だけはさせてもらった。
 あたたかな茶の香りが、散らかったままの部屋にふわりと立ち上った。
 私とリーゼロッテ様はようやくテーブルをはさんで座り、ともあれ仕切りなおすことができた。

「説明、と言われても……とくにはないのだが。レギナルトは知らされていなかったのか?」
 リーゼロッテ様は真顔のまま、平静な声で私に尋ねてきた。私が頷くと、少しだけ困ったように眉をひそめた。
「男爵には話を通してあると父が言っていたのだが。たしか……ひと月前には打診していて、了承を得たのは四、五日前だったはず」
「私は何も……」
 ふと、脳裏をかすめたのは、父の「でかした」の言葉だった。
 あれはまさか……?
「そういえば、アスク男爵からの返答は日数がかかったと、父に聞いていた。だが、それも仕方ないことだろうとも考えていたんだ。わたしがまだ社交界デビューしたばかりの年齢だから、決断しにくかったのもあるだろう。年回りがいいとはいえないものな」
 私は二十一歳、リーゼロッテ様は十三歳。
 なるほど、先にカトリン様が言っておられたのはこのことだったのか。
「男爵も、話を持ち掛けられた時はあまり良い顔をなさらなかったらしい。社交界でわたしの噂は良いとはいえなかったし、難のある訳ありの娘を押し付けるのかと警戒したのかもしれないな」
「そのような……」
 父の無礼を詫びようとしたが、リーゼロッテ様に止められた。「気にしていない」と。事実、リーゼロッテ様は社交界の噂に対して私よりはるかに冷静に受け止めておられる。
「カトリン姉様との婚約なら、アスク男爵も即座に返答していたろう。カトリン姉様にも決まった人はいなかったし、歳もちょうどいい」
 リーゼロッテ様は淡々と、しかしやはり早口になって事情を語る。表情は変わらないが、口調には焦りや不安が感じられた。
 私はと言えば、おおよその事情が分かり納得できたが、……それでも「なぜ」という疑問はまだ残っている。
「レギナルトには、急な話になってしまったな。まさか男爵から話を聞かされていないとは思わなかった」
「……父は、おそらくとても慎重になっていたのだと思います」
 リーゼロッテお嬢様の憶測も、おそらくは当たっているのだろう。たしかに年回りで考えれば、カトリン様の方が妥当な線だ。私ですら、そう思うのだから。いや、カトリン様がどうのというのではない。あくまで「年回り」で考えれば、だ。
 社交界での噂に関しても、決定を渋った要因になっているのも、おそらく当たっている。だが、要因の一つに過ぎなかっただろう。
「父も、まさか伯爵家から婚約の話を持ち掛けられるとは、思いもよらなかったのでしょう」
 ――しかも、不出来の次男の縁談とは、考えもしなかったに違いない。
 だから返答が遅れたのだろう。
 不出来な次男、レギナルトで本当に良いのか、と。
 ですのでどうかご容赦願いたいと、私も頭を下げた。
「い、いや待ってくれ。そのこと……返答が遅くなったことはいいんだ。父上も気にしていない。唐突に話を持ち掛けたのは父なんだ、驚いて当然だ」
 それにだ、と力を込めてリーゼロッテ様は言う。
「レギナルトは、不出来なんかじゃない。そのように自分を言うのは良くないと思うぞ?」
「……はい」
「レギナルトにはたくさん良いところがあるじゃないか。さっき見せてもらった箱庭も、すごかった。それに、わたしの魔力を見出して、使い方の指導をしてくれたのもレギナルトじゃないか。レギナルトはもっと自分を誇ってもいいと思う」
 これでは、どちらが年上なのか分らないなと、内心苦笑してしまう。
 リーゼロッテ様は歳若いが、とてもしっかりとした意思を持っていられして、いつも毅然としていらっしゃる。そして時にこんな風に私を叱咤し、励ましてもくれるのだ。
「ありがとうございます、リーゼロッテ様」
 礼を言うと、リーゼロッテ様はひとつ息をついた。なんだかすこし、困ったような顔にも見える。
「また、脱線したけれども」
 そして、話を続けた。
「つまり、わたしの父もレギナルトのお父上も、この婚約には同意してくれて、王宮への届も提出してあるんだ。近く、認可の沙汰が来るはずだ」
「…………」
 なるほど、と思ったが、なぜなのだ、という疑問はまだ解消されていない。
 尋ねてもよいのだろうか、「なぜ私なのか」と。リーゼロッテ様の「婚約者」になぜ私が選ばれたのか。
 爵位、家格の釣り合いは微妙といえるだろう。私は男爵家の次男、リーゼロッテ様は伯爵家の三女。伯爵家から婚約の申し入れがあったというのなら、決して不都合な話ではないが……――
「レギナルト」
 考え込んでいると、リーゼロッテ様が声をかけてきた。まっすぐに私を見つめ、それから意を決したかのように告げた。
「レギナルトと婚約したい。わたしが父上にそうお願いしたんだ」
「えっ」
「なぜ自分なんだと思ったんだろう、レギナルト」
「は、はい、それは……」
「その答えはいたって簡単だ。今言ったように、わたしが望んだことなんだ。……つまり、…………」
「…………」
 間があいたが、私は黙って言葉の先を待った。
 珍しいといっていいだろう、リーゼロッテ様の頬が赤くなっている。
「わたしの初恋の相手なんだ、レギナルトが。ええっと、つまり、レギナルトのことが好きだから、婚約を望んだんだ」
「……え」
 まさか、と目をぱちくりさせてしまった。
 まさか、とは思ったが、自分でも意外なほど驚かなかった。そのことにも、自分で驚いた。
「年齢のことを言われると、正直困る」
 リーゼロッテ様が先手を打つように言う。こういうのに、年齢はないだろう、と。
「ただ、性急すぎたことだけは謝罪しておく。まさか話が通ってないとは思わなかったんだ」
「い、いえ、それはこちら側の不手際ですので、どうか謝罪などなさらないでください」
 なぜかしら緊張してしまい、声がぎこちなくなってしまう。リーゼロッテ様は沈着そうな面持ちだが、やはり多少落ち着かなげな様子だ。
 それも、そうだろう。
 いま、さらりと、リーゼロッテ様は私に恋の告白をしたのだ。
 数秒遅れて、私はそれに気が付いた。