透明色のカンバス

 翌日、昼下がり。
 再びじいちゃんに自転車を借りて、同じ場所へとやって来ていた。
 昨日はああ思ったけれど、帰ってから、やはり好奇心と創作意欲には抗えず――久しぶりの感動と興奮で眠れぬ夜を明かした後で、僕はリュックと籠に入るものだけ詰め込んで家を出ていた。
 衝動的な行動に出るなんて。こんな気持ちは久しぶり、いや初めてだ。

 ――違うな。

 この、長閑で間延びした田舎の空気が、そうさせているんだ。
 そう感じなかったのではない。慣れ親しんだ都会の暮らしが、そう感じさせてくれないんだ。
 人々の話し声。行き交う車の音。空まで隠してしまいそうなくらい背の高いビル群。
 それが悪いとは決して言わない。寧ろそういう空気感の方が、荒廃した未来の絵は全く異なる姿になる。
 全ては慣れ。そんな環境に産まれ、育ってきたから――そう、つまりは田舎暮らしそれ自体が、新しい体験で刺激になっているんだ。

 最後にここを訪れた小学校低学年当時、僕はまだ絵なんていうものには出会っていなかった。都会の便利さに甘え、田舎というものは、何もないつまらないものなのだとしか思っていなかった。
 物事を意識的に見る、というのをこの土地でするのが初めてで、一から十まで全てが新鮮なんだ。

 早く描きたい――。

 そう思えた、思うことが出来ただけでも、一ヶ月超の一人暮らしをさせようとはしなかった父に感謝しかない。
 ともすれば、父は僕のそういう面まで見抜いていたのかも分からない。
 僕の『絵』という趣味に対しては、両親とも理解があって一緒になって楽しんでくれるけれど、よりそれが強いのは父だ。続けこそしなかったけれど、父も学生の頃に描いていたと以前話していた。
 絵を描くことに対するモチベーション、というものに対する理解も、実は相当に深いのかもしれない。

「鉛筆、練り消し……」

 デッサンノートやそれら道具を取り出しながら、僕は適当なところに腰を下ろす。
 そうして準備が出来た瞬間から、昨日も見た景色に目を向けた。




 ――けれど。
 思った程、思った風なものは描けなかった。
 黒の鉛筆しか使っていないから、ではない。その濃淡だけで、色味は何となく頭の中に残るから。

 そうではなくて。

 ……そうではないなら、何なのだろう。
 上手く、言葉には出来ないけれど。
 とにかくも理想の半分にも満たないものしか出来なかった僕は、そう自覚した途中の時点で諦め、道具はさっさとリュックの中へと仕舞いこんだ。

 何かが違う。何かが。

 感動は本物だ。抱いた興奮は偽物じゃなかった筈だ。
 それなのに、何で……。
 今までは、頭の中で描いたものは、凡そそのまま形にすることが出来ていた。そこから取捨選択していくことで、理想通りの物が出来ていたはずだ。
 それなのに今日は、途中からもうそうならないことが分かってしまった。

 何か足りない。何かが。

「うーん……」

 考えても分からない。
 溜息と共に肩まで落として、僕はそのまま廃線跡から離れた。