『CT5秒』
『バフ更新したよー』
『最大溜め来るから注意ね』
『おっけ、みんな全ブッパ』
「うす」
ヘッドセットから聞こえてくる声の数々に半分、画面と手元に半分ずつ、脳のリソースを割きながら、緊張感を抱きつついつも通りに立ち回る。
俺たちは現在、フェアリーテイル・ストーリーズ、というオンラインのファンタジーRPGゲームをプレイ中の身だ。
恋人カッコ仮へとアップデートされた日に話していた、大型コンテンツの実装から数日。同サーバー内で未だクリア者の出ていない高難易度ボスへ、チームとして何度目かになる挑戦中。
複雑怪奇な行動パターンも、分かり始めては来たものの、油断をすればすぐに即死コンボが飛んでくる、まぁ面倒な敵。
いつもならサーバー1番乗りなんてわざわざ狙わないチームだが、狙えそうなら話は別。今回は、皆が何だかんだと本気になっている。集中力も並みではない。
「カジ、後方雑魚湧き注意ね」
『はいよー! ありがと、つっきー』
よくよく聞きなれた声に、耳は不思議とこそばゆくなる。
カジ、というの名前のキャラを操作しているのは、離れた自宅からインしている梢。梢、という本名の読み方を変えただけの名前だ。
ネット文化に疎かった当時の梢が、初めて触れたのがこのゲームだったとはいえ、何とも分かり易い名前を――いや、人のことは言えないか。
俺は俺で、リアルでも呼ばれているあだ名をそのまま付けただけなのだから。
などと、ちょっとした回想をしている暇にも、調子よくじわじわと削れてゆくボスの体力。
いつまでも気の抜けない緊張感の中、誰かが体力バー最後の一ドットを削り切った。
数秒――硬直の後、派手な演出で以って霧散するボスの身体。
盛大なBGMと共に、画面上には大きく『CONGRATULATIONS』の文字が浮かび上がった。
『やったか』
チームのリーダーが、超絶可愛いキャラの威を借るつもりの微塵も感じられない、低く地を這うような声で、お決まりの台詞を口にする。
アニメや漫画なんかだと、よくこの一言から更に強い第二第三形態へと移行しようものだけれど、生憎とこれは、既にその第三形態まで戦い切った後だ。
『コングラ出てんでしょ。つかその禁句言ったら蘇って来そうなんすけど』
他のメンバーがそれに反応した直後、微かに漏れ聞こえる笑い声に紛れて、大量の報酬が羅列されたリザルトが表示された。
それを以てようやく、
『やった……やったやったー! 一番乗りだー!』
『っしゃー!』
『うおおお! 初めてのサバ1だー!』
梢の無邪気な喜びを皮切りに、皆が口々に歓喜の声を上げ始める。
俺は独り、傍らに置いていた珈琲を一気に煽った。冷水のようにすっかりと冷めきったそれが、この激戦の永さを物語っていた。
『なあ、なあ、一番乗りってことはよぉ?』
メンバーの一人が、嬉々としてそう切り出した。
それは、このボスを攻略するにあたって、リーダーが自分から決めていた約束に端を発するのだが――
「あー、そうだそうだ。俺たち史上初めてのサバ1だし――っと、ごめん珈琲こぼした音入ったかも。うわキーボード死んだ」
自分でも意外なくらい前のめりだったその約束事に、俺はカップを置く手元が狂い、中身を盛大にぶちまけてしまった。
そう高価でもないキーボードだから別に構いはしないけれど、気持ちよく過ごしていた身としては何とも辛い現実である。
「ごめん、別の繋ぎ直す。ちょっと待ってて」
と、俺が席を立った直後。
『っし、久しぶりにサッカーすっか。お前ボールな』
「別にいっすけど、谷底は無しっすよ」
『よし来た』
『落としたやつ飯代奢りな』
『あたしもやるー』
口々に言い始める中、早々に打撃音が響き始めた。
このゲームでは、味方に攻撃が当たってもダメージは入らないが、当たり判定はしっかりあって、ノックバックが発生してしまう。その幅も、攻撃の強さによって変化するような仕様だ。
野良でレイドボスに参加しようものなら、それを利用して嫌がらせをされることもしばしばあったが、チームでのこれは無論その類のものではなく、寧ろ、優しさを言い換えたものでさえある。
オープンワールドというゲームの特性上、負ければ街送りだが、クリア後には自分からボス部屋を出なければならない。が、今の俺のような状況だとそれが叶わない。その為、リーダーたちは、動けなくなった俺のアバターを、護送してくれているというわけだ。
チームでのレイドボス戦だと、このゲームに於いては一種のマナーのようなものである。
『あ、てか皆聞いてくれ』
リーダーの声が耳を打つ。
俺は作業したままで耳を傾ける。
同時に、俺のキャラを攻撃していた打撃音も止んだ。
『せっかく俺ら史上初のサバ1になったんだ。パーッと、オフで打ち上げでもやらないかと思ってな。あーもちろん強制とかしないやつな。遠方のやつもいるだろうし、無理せず来られるやつだけで良い。誰も来なけりゃ独り飲みってな』
告げられたのは、そんな旨の提案だった。
『え、ヒヒイロの代わり?』
梢が言う。
『バカ言え、それは勿論買ってやる。希望者だけって思ってたが、全員にな。そん為にコツコツ貯めて来たんだ、約束はやぶらん』
『全員!?』
『マジ!?』
『リーダーマジ愛してる!』
『おうおう、求婚は勘弁な』
誰もそこまでは言っていないのだけれど、それは一旦置いておいて。
強力な武器を作る為の最上位素材であるヒヒイロは、それはそれは希少なもので、自身の分を確保するだけでも骨が折れる。入手方法は限られ、ゲーム内通過でも買えるがかなりの高額。金銭を費やすコンテンツ量も多いこのゲームに於いて、それはおいそれを手を出せるものではないのだ。
それを、まさかのメンバー全員に配布という大盤振る舞い。
バケモノじみたプレイ時間と豪運に裏付けされた、気の触れたことを疑いそうになってしまう程の報酬なのだ。
――という、同ゲームをプレイしている身であればそれだけで魅力的な報酬だというのに、それに加えてオフ会もしようという話まで持ち上がったというところ。
皆の声が止むのも無理ない話である。
「随分と久々っすね。まあ、俺は未だ参加したことないっすけど」
チームの面々殆どが、八年前のリリース当初からプレイしている古参勢。
その年数の中で、これまで何度かオフ会は開かれて来たけれど、俺は一度も参加したことがない。
『おう。場所は、都内の常世庵って焼き肉屋にしようかと思っててな。俺も行くのは初めてなんだが――』
『えっ!? うそっ、常世庵…!?』
リーダーの声に被せる形で驚きの声を上げたのは、梢だった。
何やら知っている様子のリアクションだが、他のメンバーは一様に『なんだそれ』とでも言いたげに声を上げない。
「カジ、知ってんの?」
『もちろんだよ――ってそっか、他の皆は東京住みじゃない人ばっかりだもんね』
梢の言う通り、メンバーの殆どは東京以外の場所に住んでいる。
知っているだけでも、俺と梢、リーダーを除いて、大まかな所在を明かしている者の中で東京に住んでいる者はいない。
『チェーン展開してない、超高級な焼肉屋さんだよ。完全予約制の全席個室だけど、宴会用の大部屋まであるの』
『超高級……マジか』
『うんうん、マジマジ。サイト見てみなよ。ほらこれ、リンクね』
『――うわっ、マジでの高級じゃん。すっごいなこれ』
『やば。でも金がなぁ……』
『うん、これはちょっと……』
行きたいけど行けない。そんな風な、残念がる声が聞こえる中、
『なーに言ってんだ、金なんか取らねぇよ。一円もな。全部俺が出すに決まってんだろ』
リーダーの快活な声が、皆を黙らせた。
『……マジ?』
『マジもマジ、大マジだ。遠方から来るって奴にゃ旅費も出してやる。全額な。せっかくのサバ一記念なんだ、俺にドンと任せてくれや』
リーダーは、そんなことを言う。
それはもう、堂々と。
シンと静まり返る通話。
皆が絶句といった具合に声を上げない。いや、上げられない様子だ。
『バフ更新したよー』
『最大溜め来るから注意ね』
『おっけ、みんな全ブッパ』
「うす」
ヘッドセットから聞こえてくる声の数々に半分、画面と手元に半分ずつ、脳のリソースを割きながら、緊張感を抱きつついつも通りに立ち回る。
俺たちは現在、フェアリーテイル・ストーリーズ、というオンラインのファンタジーRPGゲームをプレイ中の身だ。
恋人カッコ仮へとアップデートされた日に話していた、大型コンテンツの実装から数日。同サーバー内で未だクリア者の出ていない高難易度ボスへ、チームとして何度目かになる挑戦中。
複雑怪奇な行動パターンも、分かり始めては来たものの、油断をすればすぐに即死コンボが飛んでくる、まぁ面倒な敵。
いつもならサーバー1番乗りなんてわざわざ狙わないチームだが、狙えそうなら話は別。今回は、皆が何だかんだと本気になっている。集中力も並みではない。
「カジ、後方雑魚湧き注意ね」
『はいよー! ありがと、つっきー』
よくよく聞きなれた声に、耳は不思議とこそばゆくなる。
カジ、というの名前のキャラを操作しているのは、離れた自宅からインしている梢。梢、という本名の読み方を変えただけの名前だ。
ネット文化に疎かった当時の梢が、初めて触れたのがこのゲームだったとはいえ、何とも分かり易い名前を――いや、人のことは言えないか。
俺は俺で、リアルでも呼ばれているあだ名をそのまま付けただけなのだから。
などと、ちょっとした回想をしている暇にも、調子よくじわじわと削れてゆくボスの体力。
いつまでも気の抜けない緊張感の中、誰かが体力バー最後の一ドットを削り切った。
数秒――硬直の後、派手な演出で以って霧散するボスの身体。
盛大なBGMと共に、画面上には大きく『CONGRATULATIONS』の文字が浮かび上がった。
『やったか』
チームのリーダーが、超絶可愛いキャラの威を借るつもりの微塵も感じられない、低く地を這うような声で、お決まりの台詞を口にする。
アニメや漫画なんかだと、よくこの一言から更に強い第二第三形態へと移行しようものだけれど、生憎とこれは、既にその第三形態まで戦い切った後だ。
『コングラ出てんでしょ。つかその禁句言ったら蘇って来そうなんすけど』
他のメンバーがそれに反応した直後、微かに漏れ聞こえる笑い声に紛れて、大量の報酬が羅列されたリザルトが表示された。
それを以てようやく、
『やった……やったやったー! 一番乗りだー!』
『っしゃー!』
『うおおお! 初めてのサバ1だー!』
梢の無邪気な喜びを皮切りに、皆が口々に歓喜の声を上げ始める。
俺は独り、傍らに置いていた珈琲を一気に煽った。冷水のようにすっかりと冷めきったそれが、この激戦の永さを物語っていた。
『なあ、なあ、一番乗りってことはよぉ?』
メンバーの一人が、嬉々としてそう切り出した。
それは、このボスを攻略するにあたって、リーダーが自分から決めていた約束に端を発するのだが――
「あー、そうだそうだ。俺たち史上初めてのサバ1だし――っと、ごめん珈琲こぼした音入ったかも。うわキーボード死んだ」
自分でも意外なくらい前のめりだったその約束事に、俺はカップを置く手元が狂い、中身を盛大にぶちまけてしまった。
そう高価でもないキーボードだから別に構いはしないけれど、気持ちよく過ごしていた身としては何とも辛い現実である。
「ごめん、別の繋ぎ直す。ちょっと待ってて」
と、俺が席を立った直後。
『っし、久しぶりにサッカーすっか。お前ボールな』
「別にいっすけど、谷底は無しっすよ」
『よし来た』
『落としたやつ飯代奢りな』
『あたしもやるー』
口々に言い始める中、早々に打撃音が響き始めた。
このゲームでは、味方に攻撃が当たってもダメージは入らないが、当たり判定はしっかりあって、ノックバックが発生してしまう。その幅も、攻撃の強さによって変化するような仕様だ。
野良でレイドボスに参加しようものなら、それを利用して嫌がらせをされることもしばしばあったが、チームでのこれは無論その類のものではなく、寧ろ、優しさを言い換えたものでさえある。
オープンワールドというゲームの特性上、負ければ街送りだが、クリア後には自分からボス部屋を出なければならない。が、今の俺のような状況だとそれが叶わない。その為、リーダーたちは、動けなくなった俺のアバターを、護送してくれているというわけだ。
チームでのレイドボス戦だと、このゲームに於いては一種のマナーのようなものである。
『あ、てか皆聞いてくれ』
リーダーの声が耳を打つ。
俺は作業したままで耳を傾ける。
同時に、俺のキャラを攻撃していた打撃音も止んだ。
『せっかく俺ら史上初のサバ1になったんだ。パーッと、オフで打ち上げでもやらないかと思ってな。あーもちろん強制とかしないやつな。遠方のやつもいるだろうし、無理せず来られるやつだけで良い。誰も来なけりゃ独り飲みってな』
告げられたのは、そんな旨の提案だった。
『え、ヒヒイロの代わり?』
梢が言う。
『バカ言え、それは勿論買ってやる。希望者だけって思ってたが、全員にな。そん為にコツコツ貯めて来たんだ、約束はやぶらん』
『全員!?』
『マジ!?』
『リーダーマジ愛してる!』
『おうおう、求婚は勘弁な』
誰もそこまでは言っていないのだけれど、それは一旦置いておいて。
強力な武器を作る為の最上位素材であるヒヒイロは、それはそれは希少なもので、自身の分を確保するだけでも骨が折れる。入手方法は限られ、ゲーム内通過でも買えるがかなりの高額。金銭を費やすコンテンツ量も多いこのゲームに於いて、それはおいそれを手を出せるものではないのだ。
それを、まさかのメンバー全員に配布という大盤振る舞い。
バケモノじみたプレイ時間と豪運に裏付けされた、気の触れたことを疑いそうになってしまう程の報酬なのだ。
――という、同ゲームをプレイしている身であればそれだけで魅力的な報酬だというのに、それに加えてオフ会もしようという話まで持ち上がったというところ。
皆の声が止むのも無理ない話である。
「随分と久々っすね。まあ、俺は未だ参加したことないっすけど」
チームの面々殆どが、八年前のリリース当初からプレイしている古参勢。
その年数の中で、これまで何度かオフ会は開かれて来たけれど、俺は一度も参加したことがない。
『おう。場所は、都内の常世庵って焼き肉屋にしようかと思っててな。俺も行くのは初めてなんだが――』
『えっ!? うそっ、常世庵…!?』
リーダーの声に被せる形で驚きの声を上げたのは、梢だった。
何やら知っている様子のリアクションだが、他のメンバーは一様に『なんだそれ』とでも言いたげに声を上げない。
「カジ、知ってんの?」
『もちろんだよ――ってそっか、他の皆は東京住みじゃない人ばっかりだもんね』
梢の言う通り、メンバーの殆どは東京以外の場所に住んでいる。
知っているだけでも、俺と梢、リーダーを除いて、大まかな所在を明かしている者の中で東京に住んでいる者はいない。
『チェーン展開してない、超高級な焼肉屋さんだよ。完全予約制の全席個室だけど、宴会用の大部屋まであるの』
『超高級……マジか』
『うんうん、マジマジ。サイト見てみなよ。ほらこれ、リンクね』
『――うわっ、マジでの高級じゃん。すっごいなこれ』
『やば。でも金がなぁ……』
『うん、これはちょっと……』
行きたいけど行けない。そんな風な、残念がる声が聞こえる中、
『なーに言ってんだ、金なんか取らねぇよ。一円もな。全部俺が出すに決まってんだろ』
リーダーの快活な声が、皆を黙らせた。
『……マジ?』
『マジもマジ、大マジだ。遠方から来るって奴にゃ旅費も出してやる。全額な。せっかくのサバ一記念なんだ、俺にドンと任せてくれや』
リーダーは、そんなことを言う。
それはもう、堂々と。
シンと静まり返る通話。
皆が絶句といった具合に声を上げない。いや、上げられない様子だ。



