「――ね」
何とも言えずむず痒い静寂を破ったのは、梢の方だった。
「んー?」
手元の缶に目を落としたままで応える。
「幼馴染、ってか超腐れ縁だよね、あたしたちって」
「だな」
「腐れ縁にはさ、やっぱ恋愛って難しいのかな?」
「――どうだろうな。好きか嫌いかはさて置いて、せっかく何でもなかった付き合いが、どこか、何かが変わるんじゃないかって、そんな危惧はあるよな」
「……だよね。うん、あたしもそう思う」
思う。けど。
「――まぁでも、出掛けたりオタ活したりゲームしたり飯行ったり、考えられるデートってやつ、これまでやって来たこととそんな変わりなさそうだしな。何だかんだ上手いことやって行くんじゃないかって気もする」
「趣味、超合うもんね。それで喧嘩したこともないし」
「拘り強いのに雑食なもんだから、相手のこと批判することもないしな」
「何となく言いたいことも分かるし」
「やりたいことも分かるしな」
「お互いの家に行き来も出来るし。てかしてるし」
「何なら勝手に泊まってってるしな」
「それはつっきーも同じじゃん」
「ホラー苦手な癖に何でかそんな映画観て『来て』って呼び出された時だけな」
「友達がどうしても観たいって言うから付き合ったいい子なんですー! それに、泊まったは泊まったじゃん」
「お前が酒勧めるから運転出来なくなったんだろうが」
「飲んだのはつっきーの判断だし」
「せっかく飲まずにいたのに、酔っぱらったお前が『飲めこらー』って絡んで来たから腹括っただけだろ」
「覚えてませーん」
「ぐっでぐでに出来上がってたもんな。ホラー観て怖くなって酔っぱらって人に絡むとか、うわー恥ずかし」
「なーんだとー!」
――なんて言い合いが出来るのも、互いに互いの存在がそうであるからだ。
勝手知ったる仲。
気心許せる相手。
親を除いて、いやひょっとしたら親より、自分が一番自然体でいられる相手。
「――ね。つっきーはさ、恋愛とかしないの?」
「する、って考えじゃないからな。勝手にそうなってるもんだろ」
「うわ、かっこいいこと言ってる」
「かっこつけたからな」
「きも」
「うっさ」
小言に小言を返しはしたけれど、俺は実際そう考えている。
なるようになってゆく。無理なことはしない。何かを求めるようなやり方はしない。
それが、俺の恋愛観だ。
「恋人っぽいことしてみたいーとか、そういうのはないの?」
「例えば?」
「んー。ご飯行ったり、服見に行ったり、誕生日の祝い合いをしてみたり?」
「それいつも通りじゃね?」
「うん、確かにそうだ」
食事にはよく行くし、服だって意見が欲しいからって度々呼び出されるし、大人になってからは面と向かって祝い合う機会こそ減ったが毎年ギフト付きのメッセージは忘れずに何となく送り合っている。
「うーん、違う違う、そうじゃなくてさ。予定決めて出掛けたり、ケーキ買ってお祝いしたり、そういうやつ」
「言ってて『柄じゃねぇ』って思わないん? お前そういうの好きだっけ?」
「ぜーんぜん。『柄じゃねぇ』って超思う」
「だろ」
やっぱり。
こいつも、そういう恋愛観なのだ。
背伸びともまた違う、別段望んでもいない展開というやつだ、そういうのは。
「いつも通りで良いだろ、そういうのは。俺ららしくもないし」
「ん、超賛成」
そういう仲。
そういう距離感。
――でも。
「アレだよ、アレ。ちょーっとだけ、何かしらアップデートしても良いのかなーとか、思ったり、思わなかったり」
「え、俺らの?」
「そうそう」
梢は小さく頷いた。
耳まで仄かに紅く見えるのは、お酒が回ったせいか、或いは――。
「ま、アレだ。呼び方が『幼馴染』から『恋人』ってやつに変わるだけだしな」
「そうそう、それだけの変化だよ」
互いの関係を示す呼び方が、ほんのちょっと変わるだけの話。
そう。それ以外に、何か変わるものがあるのかすら、思い浮かぶものはない。
きっと、いつも通り、これまで通り、好きなゲームをやってわいわい騒いでアニメを観て馬鹿言い合って、そうやって時間は過ぎてゆくんだろうなって、そんな気しかしない。
ただ、それだけのこと。
何かが大きく変わるなんてこと――うん。今のところ、パッとは思い浮かばない。
「小説書くためにも、まあ必要なことだろうしな」
「それだけが理由じゃなくても、別に良いんだけど?」
なんて湿っぽい空気も、
「きも。やっぱ柄じゃないね」
「うん、きもい。やめようや、この感じ」
俺たちの間には、改まっての言葉さえ余計なものだ。
「てか今度の大型アプデ、やばい要素てんこ盛りだったよね。めっちゃ楽しみ」
「あーそれ話そうと思ってたんだよ。マジでやばい」
「ね! エレナちゃんの新衣装、やっばいエロかわなんだけど!」
「基準維持の為に予告よりちょっとナーフ食らったのは許せんけどな」
「十分舐め回せるレベルだよね」
「何なら妄想が捗るってな」
「全国の紳士淑女大歓喜ってね。新マップも超広いみたいだし、ほんと楽しみ。あ、アプデ日は――」
「19時に噴水広場な」
「さっすが分かってるー! 頑張れー、在宅IT!」
「おう、死ぬ気で終わらせる」
なんて好きなことについてやいのやいの言い合っている方が、やっぱり俺たちらしい。
これでいい。そう、これがいいのだ。
こういう関係性が、一番自然で、一番気楽なのだ。
ただこれからは、そこに、ちょっとだけ『恋』ってやつを意識する瞬間が、生まれるかもしれないんだろうなって、ただそれだけの話だ。
ただ、それだけのこと。
(……それだけ、なんかな)
これまで意識しなかった――いや、無意識の内に遠ざけていたのであろう、『女』というやつを、こいつに感じることがあるのだろうか。
あったら――何だと言うのだろうか。
長年オタクをやってるくせに、そういうことへの理解や想像は、どうにも出来ない。
普段の日常と、何ら変わりはないはずだ。
そう思っていた日々が、仄かに色付いてゆくような、そんな予感がした。
何とも言えずむず痒い静寂を破ったのは、梢の方だった。
「んー?」
手元の缶に目を落としたままで応える。
「幼馴染、ってか超腐れ縁だよね、あたしたちって」
「だな」
「腐れ縁にはさ、やっぱ恋愛って難しいのかな?」
「――どうだろうな。好きか嫌いかはさて置いて、せっかく何でもなかった付き合いが、どこか、何かが変わるんじゃないかって、そんな危惧はあるよな」
「……だよね。うん、あたしもそう思う」
思う。けど。
「――まぁでも、出掛けたりオタ活したりゲームしたり飯行ったり、考えられるデートってやつ、これまでやって来たこととそんな変わりなさそうだしな。何だかんだ上手いことやって行くんじゃないかって気もする」
「趣味、超合うもんね。それで喧嘩したこともないし」
「拘り強いのに雑食なもんだから、相手のこと批判することもないしな」
「何となく言いたいことも分かるし」
「やりたいことも分かるしな」
「お互いの家に行き来も出来るし。てかしてるし」
「何なら勝手に泊まってってるしな」
「それはつっきーも同じじゃん」
「ホラー苦手な癖に何でかそんな映画観て『来て』って呼び出された時だけな」
「友達がどうしても観たいって言うから付き合ったいい子なんですー! それに、泊まったは泊まったじゃん」
「お前が酒勧めるから運転出来なくなったんだろうが」
「飲んだのはつっきーの判断だし」
「せっかく飲まずにいたのに、酔っぱらったお前が『飲めこらー』って絡んで来たから腹括っただけだろ」
「覚えてませーん」
「ぐっでぐでに出来上がってたもんな。ホラー観て怖くなって酔っぱらって人に絡むとか、うわー恥ずかし」
「なーんだとー!」
――なんて言い合いが出来るのも、互いに互いの存在がそうであるからだ。
勝手知ったる仲。
気心許せる相手。
親を除いて、いやひょっとしたら親より、自分が一番自然体でいられる相手。
「――ね。つっきーはさ、恋愛とかしないの?」
「する、って考えじゃないからな。勝手にそうなってるもんだろ」
「うわ、かっこいいこと言ってる」
「かっこつけたからな」
「きも」
「うっさ」
小言に小言を返しはしたけれど、俺は実際そう考えている。
なるようになってゆく。無理なことはしない。何かを求めるようなやり方はしない。
それが、俺の恋愛観だ。
「恋人っぽいことしてみたいーとか、そういうのはないの?」
「例えば?」
「んー。ご飯行ったり、服見に行ったり、誕生日の祝い合いをしてみたり?」
「それいつも通りじゃね?」
「うん、確かにそうだ」
食事にはよく行くし、服だって意見が欲しいからって度々呼び出されるし、大人になってからは面と向かって祝い合う機会こそ減ったが毎年ギフト付きのメッセージは忘れずに何となく送り合っている。
「うーん、違う違う、そうじゃなくてさ。予定決めて出掛けたり、ケーキ買ってお祝いしたり、そういうやつ」
「言ってて『柄じゃねぇ』って思わないん? お前そういうの好きだっけ?」
「ぜーんぜん。『柄じゃねぇ』って超思う」
「だろ」
やっぱり。
こいつも、そういう恋愛観なのだ。
背伸びともまた違う、別段望んでもいない展開というやつだ、そういうのは。
「いつも通りで良いだろ、そういうのは。俺ららしくもないし」
「ん、超賛成」
そういう仲。
そういう距離感。
――でも。
「アレだよ、アレ。ちょーっとだけ、何かしらアップデートしても良いのかなーとか、思ったり、思わなかったり」
「え、俺らの?」
「そうそう」
梢は小さく頷いた。
耳まで仄かに紅く見えるのは、お酒が回ったせいか、或いは――。
「ま、アレだ。呼び方が『幼馴染』から『恋人』ってやつに変わるだけだしな」
「そうそう、それだけの変化だよ」
互いの関係を示す呼び方が、ほんのちょっと変わるだけの話。
そう。それ以外に、何か変わるものがあるのかすら、思い浮かぶものはない。
きっと、いつも通り、これまで通り、好きなゲームをやってわいわい騒いでアニメを観て馬鹿言い合って、そうやって時間は過ぎてゆくんだろうなって、そんな気しかしない。
ただ、それだけのこと。
何かが大きく変わるなんてこと――うん。今のところ、パッとは思い浮かばない。
「小説書くためにも、まあ必要なことだろうしな」
「それだけが理由じゃなくても、別に良いんだけど?」
なんて湿っぽい空気も、
「きも。やっぱ柄じゃないね」
「うん、きもい。やめようや、この感じ」
俺たちの間には、改まっての言葉さえ余計なものだ。
「てか今度の大型アプデ、やばい要素てんこ盛りだったよね。めっちゃ楽しみ」
「あーそれ話そうと思ってたんだよ。マジでやばい」
「ね! エレナちゃんの新衣装、やっばいエロかわなんだけど!」
「基準維持の為に予告よりちょっとナーフ食らったのは許せんけどな」
「十分舐め回せるレベルだよね」
「何なら妄想が捗るってな」
「全国の紳士淑女大歓喜ってね。新マップも超広いみたいだし、ほんと楽しみ。あ、アプデ日は――」
「19時に噴水広場な」
「さっすが分かってるー! 頑張れー、在宅IT!」
「おう、死ぬ気で終わらせる」
なんて好きなことについてやいのやいの言い合っている方が、やっぱり俺たちらしい。
これでいい。そう、これがいいのだ。
こういう関係性が、一番自然で、一番気楽なのだ。
ただこれからは、そこに、ちょっとだけ『恋』ってやつを意識する瞬間が、生まれるかもしれないんだろうなって、ただそれだけの話だ。
ただ、それだけのこと。
(……それだけ、なんかな)
これまで意識しなかった――いや、無意識の内に遠ざけていたのであろう、『女』というやつを、こいつに感じることがあるのだろうか。
あったら――何だと言うのだろうか。
長年オタクをやってるくせに、そういうことへの理解や想像は、どうにも出来ない。
普段の日常と、何ら変わりはないはずだ。
そう思っていた日々が、仄かに色付いてゆくような、そんな予感がした。



