恋をするなら腐れ縁

「アイディア不足! なんかフラれた! リアルとか超おもんない!」

 とのこと。
 なるほど。今日は全部盛りらしい。

 それにしては過剰にご乱心のような気もするけれど、果たして何があったのか。
 しかしてそれを聞き出そうとする俺の意思を他所に、どこで見つけて来たのか、俺が何店舗も回った上で見つけることさえ出来なかったカードゲームの新弾を、幾つも惜しみなく開けつつ溜め息を吐くのである。
 梢らしい、簡素なデザインのロングスカートがくしゃっと歪んでいることもお構いなしにどっかと座りながら、夢中で次へ次へと開け続けている。
 今日は白のノースリーブから覗く肩までまた眩しいこと。
 紅茶を準備している間にも、机の上は空袋の山。相当にストレスが溜まっているご様子だ。

「定価?」

「プレ値」

「おいおい、転売ヤー撲滅委員会の会長さんが、なんでカス相手に金出してんだよ」

「……だって、ムカついたんだもん」

 文字通り口を尖らせて言うその姿に、ああもうこれはダメな日なんだなと俺も悟る。
 梢がこうなる日は多くない。いつものちょっと愚痴を言う程度の調子なら、何をするより大声で捲し立てている筈だ。
 前にこうなったのは――いつだったろうか。
 それくらい、前のことだ。

「で? 前のヤケ酒会でたしかに『超元気になった!』って言ってから、何があったらそうなるのさ?」

 同じ内容で押しかけて来た前回の終わりに、梢は確かに言っていた。
 あんたに話したら超スッキリした、もう大丈夫、と。
 果たして本当に大丈夫だろうかと心配もしたが、いつもよりやけに吹っ切れたような、そんな清々しい顔をして家を出て、それ以降本当に『ヤケ酒』と呼び出されることも無くなっていたから、てっきり本当に大丈夫になったものだとばかり思っていたのだが。

「ん。熱いから気ぃつけてな」

 差し出したカップを、ありがと、と短く小さく言いながら受け取る梢。
 ふわりと漂うその香りに少し気分が癒されたのか、眉間に寄っていた大きな皺が、少しだけ緩んだ。

「今度はどんなのと付き合ったん?」

 机を挟んだ向かいに腰をおろしつつ、尋ねる。

「付き合ってない。てか好きな人でもない」

「なんそれ?」

「数合わせで呼ばれた友達の合コンにいた人。向こうも数合わせだって言ってて、へぇそうなんだって話しただけの人」

「フラれたって言わなかったか?」

「……見た目だけ綺麗にしてる、中身がオタの人間は嫌いなんだってさ」

「何があったらそんなエグいこと言われんだよ?」

「あたしにも分かんないよ。職業を聞かれたかた言っただけ、作家だよって。で、趣味とかそこら辺の話になった後、トイレに行って戻って来たところで、あたしのいないとこで噂話」

「お前の?」

「……ん」

 とにかくもしょぼくれた顔で、梢は頷いた。

「お前のことだ、別にあれこれ綺麗に着飾って『よっしゃやったんねん!』って挑んだわけじゃないんだろ?」

「当然。いつも通りのあたしで行ったよ。てかそもそも、別に興味があって行った訳でもないし、とりあえず終わればそれでいいやって感じ」

「なら尚更酷い話だな。誰だそいつ、金玉蹴飛ばして潰しに行って来るわ」

「ん、行って来て欲しいぐらいムカつく」

「おう、行って来るか」

 冗談めかして言ってはみたが、半分はちょっと本気。
 というのも、梢はフランス人の父との間に産まれたハーフで、言い方はアレだが顔はよく、元々髪や肌の色素も薄く、本人はそれが、大好きな両親との間にできたもので、自分でも大好きだからと、下手にメイクなんかはしない。

 しかし、それこそが周囲の人間から反感を買ってしまうらしく、気取ってるとか、自慢してるだとか、そんな言葉の数々を浴びせられてきた。が、本人はそれを『勝手に言ってろバーカ』と突っぱね、自分を強くもってきた。
 梢がオタク趣味に目覚めたのは、高校に入ってすぐくらいの頃。だから、見た目だけを綺麗にしているオタクってやつでも決してなければ、そもそもから綺麗さに手を出しているような性分でもない。
 まったくの『お門違い』ってやつの言葉で、それも本人のいないところで罵倒されたわけだ。
 こいつのことを知りもしない初対面で、よくそれだけのことを言えたものだ。
 ああ。俺もムカついて来たな。
 本当に住所聞き出して金玉潰しに行ってやろうか。

「まぁでも、何年付き合った相手にフラれたって話じゃないのは安心したわ」

「いっつもそうみたいに言わないで。一回だけでしょ」

「そりゃそうだけど――いや、まぁいいか」

 ヤケ酒に呼ばれたのは過去六回。
 一回はその失恋話からで、他五回は全て、仕事上のストレスや失敗談からだった。
 もっともその失恋話だって、相手がド屑だった為に、それはそれは美味しい酒の肴になってくれた。

「私、そんなに尻軽じゃないし」

「言ってないだろ別に」

「言ってるようなもんじゃん――ってシク出たんだけど…!?」

 ジトっとした目を向けられたと思った矢先、その一枚を手に子どものように目を輝かせる。
 あっちにこっちに、感情が忙しいやつである。

「マジ? くれ」

「絶っっっ対にいや! 今の環境だし超レアだしこの子」

「知ってるからくれ。ヤケ酒会の会場提供代ってことで」

「会場って、ずっとここにあるでしょ、あんたの住処なんだから」

「じゃあ次からは金取ってやろうか、飲み屋代」

「その為の持ち込みじゃん。ほら、五千円分のお酒、大量に、見える?」

「値段言うな」

 ゴロゴロと机上にばら撒かれる缶と瓶。
 数える気も失せる数あるそれらは、結局は俺が何日もかけて飲んだ後、処理することになるのだけれど――。

「てか飲まんの? わざわざ買って来ておいてさ」

「あげる。あたし弱いし」

「いやそれは知ってるけどさ」

 梢は極度の下戸で、だからこそ『ヤケ酒』と称して我を忘れるくらいわざと飲み潰れ、気持ちをリセットする。それが、このヤケ酒会なのだ。
 今日は、やっぱりいつもと違う。
 普段の梢なら、もう二本くらい空けてていい頃だ。

「なんつーかあれな。好きでもない奴に一方的にフラれた、つかそいつが勝手にフッたわけだ。よく知りもしない相手であるお前のことを、ただの数合わせで呼ばれただけの勘違い野郎が」

「それ! で、超ムカついたから、満タン入ったピッチャーのお水、蓋開けて全部ぶっかけて逃亡してやった」

「よくやった」

「当然」

 それくらいやっても文句は言われまい。
 言ってみれば、その場にいる皆が証人なのだ。よもや、男の側を庇おうとするバカばかりが集まった訳でもあるまい。

「なら、尚更飲めよな」

「今日は気分じゃない!」

「何だよそれ、ヤケ酒って呼び出しておいてさ。どっかで一杯引っかけて来たんか? 酔っぱらった時みたいに情緒不安定だけど」

「どうせ私は情緒不安定人間ですよーだ!」

 いー! と子どものように威嚇して、今度は机に突っ伏してしまう梢。

「おいおい……」

 元々気分屋な性格だ。そんなことを言い出すのも珍しくないと言えばないが、わざわざヤケ酒会開いてまで飲まないってのは、どうにも気にかかる。
 ストレス過多だの失恋だのって理由から開かれるヤケ酒会に於いては、その限りじゃなかったはずなのにな。