王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

――放課後

 制服の上からエプロンを身につけ、いつものように店へ立つ。
 時折、明日のお弁当に何を入れようか考えていると、聞き慣れた声がお店に響いた。

「直、コロッケ一つ!」
「はい、少々お待ちください」

 揚げたてのコロッケを包装紙に包み、朝陽先輩の前へ持っていく。
 朝陽先輩は今日も当たり前のように口を開いた。

「はい、どうぞ」

 一口かじると、朝陽先輩は満足そうに笑った。
 もうこの食べ方にも慣れてきたのか、両手が塞がっていないのに、相変わらず僕の手から食べている。

「やっぱり、ここのコロッケが一番美味しい」
「ありがとうございます」

 その言葉が嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。
 母が作るコロッケは本当に美味しいからね。
 ただ、僕でも毎日コロッケを食べてないのに、朝陽先輩は体型とか気にならないのだろうか。

「直、どうした?」
「あっ……なんでもないです!」

 ジーッと体を見ていたとバレたら、さすがに危ないやつだと思われるだろう。
 朝陽先輩と目が合うと、ニヤリと笑った。

「俺の体を見て……エッチ!」

 胸を手で隠すように腕を交差させ、朝陽先輩はわざとらしく身をよじる。

「ちちち、違わないけど違います!」

 慌てて視線を逸らすと、耳元で「くくっ」と笑い声が聞こえた。

「冗談だって」
「からかわないでください……」
「だって、直の反応が面白いんだもん」

 そう言って楽しそうに笑う朝陽先輩に、僕は小さくため息をつく。

「もう知りません」
「ごめんごめん」

 全然反省していない笑顔のまま謝る朝陽先輩を見ていると、怒る気も失せてしまう。
 王子様っていつも呼ばれているけど、お店にくる朝陽先輩はどこか王子様とかけ離れている。
 クールなイメージなのに、こんなにユーモアな人だったんだね。

「それで何かあった?」
「いや……毎日コロッケを食べても太らないんだなって」

 朝陽先輩は制服の裾をチラッと持ち上げた。
 隙間から見える腹筋は割れており、バスケ部がハードな運動だと気付かされる。

「やっぱり俺の体を見てるじゃん!」
「見せたのは朝陽先輩です!」

 開き直る僕を見て朝陽先輩は声をあげて笑っていた。
 同じ男だから、別に見てもおかしくないはず。

「あっ、そういえば嫌いな食べ物はあります?」

 話を変えるために、ずっと考えていたことを聞くことにした。

「急にどうした?」
「お弁当を作るなら、好き嫌いくらいは知っておいた方がいいかなって」
「ああ、なるほど」

 朝陽先輩は少し考えるように視線を上へ向ける。

「嫌いなものは特にないかな。好きなのは唐揚げと甘めの卵焼き」
「子どもみたいですね」
「否定できない」

 そう言って笑う朝陽先輩に、僕も思わず吹き出してしまう。

「あと、コロッケも好きですよね?」
「もちろん」
「食いしん坊ですもんね」
「それはもう受け入れるしかないな」

 どれもすでに僕が朝陽先輩に食べさせたことあるものばかりだ。
 これで基本的なメニューは決まりだね。

「あっ、そうだ」

 二人で笑っていると、朝陽先輩がポケットからスマートフォンを取り出した。

「連絡先交換しない?」
「連絡先ですか?」
「急に部活の顧問に呼び出されて、遅くなったら悪いと思ってね。それに苦手なものを思い出したら言えるだろ?」
「確かに……」

 言われてみれば、その方が便利だ。
 僕もスマートフォンを取り出し、朝陽先輩と連絡先を交換する。

「これでいつでも連絡できるね」
「そうですね」

 画面に表示された〝王子朝陽〟という名前を見つめる。
 僕はすぐに朝陽先輩と書き直す。
 新しい連絡先が増えるなんて、少しだけ新鮮な気持ちだった。

「明日のお弁当楽しみにしてるね」

 そう言って、朝陽先輩は手を振り、お店をあとにした。
 この日を境に僕と朝陽先輩は毎日のように他愛もないやり取りを交わすことになった。