王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

 授業を終えた僕は、体育館を横目に自転車を走らせる。
 昼休みにあれだけ胸が高鳴ったのが嘘みたいに、今はお店へ急がなきゃという気持ちで頭がいっぱいだった。

 店に着くと制服の上からエプロンを身につけ、すぐに接客へ入る。
 夕飯前の店内は今日も大忙しだ。
 できたばかりのお惣菜を詰めて、商品のレジ打ちをして、お客さんの対応をして──気づいたらピークも過ぎていた。

「直、コロッケ一つ!」

 聞き慣れた言葉が聞こえてきた。
 今日も朝陽先輩がコロッケを買いにお店にきていた。
 いつもと変わらない見た目なのに、なぜが今日に限っては目を合わせるのも恥ずかしく感じる。
 お昼休みの光景が目に浮かび、朝陽先輩が近くにいただけでドキッとするなんてね。

「朝陽先輩、お待たせしました」

 僕はいつものようにコロッケを差し出す。
 でも、今日に限ってはコロッケを食べる様子はない。
 それにやけに視線が気になる。

「直、体調悪い?」

 僕の顔を覗き込もうと、朝陽先輩は姿勢を下げた。
 俯き気味の僕と目が合う。
 やけにドキッとするのはなんでだろう。

「あっ、いえ。そんなことないです」

 すぐに視線を上げると、心配そうに見つめていた朝陽先輩の顔はニコリと微笑んだ。

「それならよかった」

 そう呟いて、朝陽先輩は僕の手からコロッケを食べた。
 いつもと同じなのに、やっぱり恥ずかしくて手が震えてしまう。

「くくく、手元が動いていると食べにくいよ」
「なら自分で――」

 朝陽先輩はコロッケを食べやすいように、僕の手を握った。

「違っ――」
「んっ?」

 特に気にすることなく、朝陽先輩はコロッケをいつものように食べていく。

「朝陽先輩、今日何も手に持ってないじゃないですか!?」
「さすがに何度も同じミスはしないよ」

 朝陽先輩は僕の手から食べ終えた包装紙をクルクルと丸め、僕の手に再び戻した。

「今日も美味しかったよ」

 なぜ両手が塞がってないのに、僕の手からコロッケを食べたのだろうか。
 それだけが僕の頭の中に残っていた。
  いつものようにトレイへ置かれたお金をレジへ入れ、お釣りをトレイへ戻す。
 朝陽先輩の顔を見ようとしても、どうしても視線が上がらない。
 気づけば、トレイばかり見つめていた。

「じゃあ、また明日」
「ありがとうございました」

 そう言って頭を下げると、朝陽先輩は店を出ようとしてふと足を止めた。

「そうだ」

 その一言に、僕はようやく顔を上げた。

「なにか忘れ――」
「明日の昼も一緒に食べよう」

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

「あっ……はい」

 それだけ言うと、朝陽先輩は満足そうに笑って手を振る。
 帰っていく後ろ姿を見送る。

「また明日か……」

 その言葉を頭の中で繰り返しているうちに、朝陽先輩の姿は見えなくなっていた。

「今日は変だったな」

 昼休みからなんだか調子がおかしい。
 朝陽先輩の顔を見るだけで、どうしてあんなに緊張してしまったんだろう。
 首をかしげながら包装紙をゴミ箱へ捨てる。
 明日はちゃんと朝陽先輩の顔を見て話そう。

「直、ぼーっとしてないで次のお客さん来たわよ」
「あっ、ごめん!」

 慌てて笑顔を作り、僕は次のお客さんを迎えた。