王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

「そういえば、突然朝練を見にきてどうしたんだ?」

 午前中の授業を終えたタイミングで悠人が声をかけてきた。

「早く学校に着いたから、悠人がサボってないか見に行っただけだよ」
「ほぉ、俺のかっこいい瞬間を目に焼きつけ――」
「ほぼ怒られていたけどね」

 僕が見たのは悠人が先輩たちに怒られていたところだけだ。
 せっかくレギュラーに選ばれるかもしれないって言ってたのに、サボっていたら難しくなるだろう。
 一緒にいる期間が長いから、お調子者なのもお見通しだ。

「そういえば、いつから王子先輩と仲良くなったんだ?」
「えっ?」
「だって内緒話するぐらいの仲なんだろ?」

 悠人の言葉に僕は驚く。
 お調子者だけど、周りはよく見えているからね。
 まあ、落ち着きがなくて、怒られている時もこっちを見ていたのはダメだと思うが、それが悠人の良さでもある。

「よくお店に寄ってくれるんだよ」
「まさか王子先輩が商店街に行ってるとはな」

 同じ部活にいて接する機会が多い悠人でも、朝陽先輩がコロッケ好きなのは知らないようだ。
 僕の手からコロッケを食べていることは、朝陽先輩のためにもさすがに言えないけどね。
 つい僕だけが知っている朝陽先輩の秘密につい笑ってしまいそうになる。

「あっ、しばらくバスケ部のやつらと学食で食べることになったけど、直も一緒にくるか?」
「んー、僕はお弁当だからいいや」

 全校生徒も多いため、学食を利用する生徒で席がいっぱいになるだろう。
 別に一人でゆっくり食べるのも悪くないしね。

「おっ、あいつらも来たから行ってくるわ!」

 そう言って、同級生のバスケ部員で集まって学食に向かっていく。
 何でも同級生だけで、レギュラーに入るための作戦会議をするらしい。
 朝にあれだけ怒られていたのに、真面目なのか不真面目なのかわからない。

 話す相手もいなくなった僕はお弁当を持って教室を出た。

「教室で一人はさすがに目立つよな……」

 別に一人でいることには抵抗感はないけど、周囲からの目が気になってしまう。
 声をかけられて誰かと一緒に食べるのは気まずいし、せっかくの昼休みにみんなの邪魔をすることはしたくないしね。

「ここなら良さそうだね」

 校舎裏の花壇があるベンチに腰をかける。
 ちょうど校舎が陰になるし、他には何もないから、突き抜ける風が心地良い。

「美味しそうな弁当だね」

 僕がお弁当箱を開けて、食べようとした瞬間、頭上から声が聞こえてきた。

「あっ……朝陽先輩」

 そこには窓から見下ろす朝陽先輩がいた。
 こっちの校舎はクラス棟とは別で、授業に使う特別教室棟だから、あまり人がいないはずだけど。
 きっと朝陽先輩のことだから、また告白でもされていたのかもしれない。
 この間も特別教室棟を歩いていた時に告白されたもんな。

「ちょっと待ってて!」

 そう言って、朝陽先輩は窓を閉めるとどこかに行ってしまった。
 もしかしてこっちに来るつもりだろうか。
 僕は気にせずにそのままお弁当箱を開けて、食べ始めた。

「んー、今日の卵焼きは砂糖入れすぎたな」

 いつも目分量で作っているため、焦っていると砂糖を多めに入れてしまう。
 甘い卵焼きも好きだから別にいいんだけどね。

「あっ……待っててって言ったのに……」

 小走りで駆け寄ってきた朝陽先輩の髪が風に揺れる。
 軽く息を切らしながらも浮かべる笑顔は、いつものように爽やかで、片手には購買のパンが握られていた。

「せっかくだから一緒に食べよう」
「あっ……はい。お隣どうぞ」

 特に断る理由もなかった僕は、隣にズレて朝陽先輩が座れる場所を作る。
 ただ、話すこともなく、黙々とお弁当を食べていく。
 チラッと朝陽先輩を見ると、ボーッとこっちを見ていた。

「お弁当が食べたいんですか?」
「あっ、いや……そんなつもりは――」
「朝陽先輩、食いしん坊ですもんね」

 持ってきたパンは一つだけだった。
 購買で買うのも、人が多すぎて戦場みたいだもんね。
 あれだけ部活で動くのに、さすがに一つでは足りないだろう。
 僕は箸で卵焼きを掴むと、そのまま朝陽先輩の口元まで運ぶ。

「食べていいのか?」
「僕が作ったので美味しいのかわから――」

 話し終える前に朝陽先輩は卵焼きを口に入れて、モグモグと食べていた。

「くくく、やっぱり朝陽先輩って食いしん坊ですね」
「そうか?」

 つい思っていたことが口に出てしまった。
 だが、当の本人はそれに気づいてなさそうだ。

「甘い卵焼きって美味しいよな」
「朝陽先輩は甘めがお好きなんですね」

 コロッケばかり食べているイメージだから、味が濃いものが好きなんだとばかり思っていた。
 手に持っているのも焼きそばパンだしね。
 だけど、甘めの味付けも好きなんだろう。
 テリヤキ味とか好きそう。
 ますます朝陽先輩が王子様のイメージからかけ離れていく。

「朝陽先輩って食べ物に関しては王子様感ないですよね」
「勝手にそう呼ばれているだけだからな」

 王子様と言えば、オムライスやハンバーグとか洋風なものを食べてそうなイメージだ。

「朝陽先輩、茶色の食べ物好きそうですもんね」
「おぉ、唐揚げは好きだよ」

 朝陽先輩の視線はお弁当箱に入っている唐揚げを見ていた。
 まさか唐揚げも食べるつもりだろうか。
 唐揚げを箸で掴むと、視線も一緒に動いていく。
 どこか面白くて、朝陽先輩の口元まで――。

「うん……やっぱり美味いな」

 手を引いて食べようと思っていたのに、唐揚げはいつの間にか朝陽先輩の口の中に消えていた。

「食べられちゃいましたね」

 箸を持ったまま笑う僕を見て、朝陽先輩が目を丸くする。

「ごめん。またくれるのかと思って」
「朝陽先輩で遊んでた僕が悪いですよ」

 困ったように笑う朝陽先輩の顔が、思っていたよりずっと近かった。
 肩が触れそうな距離。
 風に揺れた前髪の隙間から覗く優しい瞳と目が合い、胸が小さく跳ねる。
 こんな近くで見ると、本当に整った顔をしている。

「……直?」
「な、なんでもないです!」

 慌てて視線をお弁当に落とすと、頬が少し熱かった。
 ……たぶん、今日は日差しが強いせいだ。
 そう自分に言い聞かせながら、僕は残ったご飯を口へ運んだ。