王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

「そういえば、バスケ部の後輩たちと仲が良いんだね」
「あー、悠人は昔からの友達なんです」

 どうやらどこかで悠人たちといるところを見られていたようだ。

「この間もここにコロッケを食べに来ましたよ」

 ただ、悠人以外はまだそこまで仲が良いわけでもないから、友達と言っても良かったのだろうか。

「俺だけが知ってるってわけじゃないのか……」

 僕が悩んでいると、王子様は小さな声で何かを呟いていた。

「何か言いましたか?」
「いや、気にしなくていいよ」

 すぐに聞き返したが、何か言うわけでもなく、王子様はどこか静かに僕の方を見ていた。

「何かありました?」
「一つだけ聞いてもいい?」

 真剣な顔をする王子様に僕は作業する手を止めた。
 もう一つコロッケが欲しいのだろうか。
 それとも昨日母がコロッケをサービスしたのが耳に入ったのかな?
 だから、そんな簡単にサービスしたらいけないって母には言ってるのに――。

「どうして俺のことを王子様(・・・)って呼ぶの?」
「えっ……」

 まさかそんなことを聞かれるとは思わず、僕はその場で固まってしまった。
 みんなが王子様って呼んでいるから、それが当たり前だと思っていた。

「学校を出る時、王子様も部活頑張ってくださいって言ってたからさ」
「名前を知らなくて……。みんな王子様って呼ぶから、それがあだ名なんだと」
「俺には朝陽(あさひ)って名前があるだけど……」

 どこか拗ねたような姿をしている王子様……いや、朝陽先輩。
 僕がどうしたらいいのか戸惑っていると、頭を掻いて照れ臭そうに口を開いた。

「できれば名前で呼んで欲しい。名字で呼ばれるのは嫌じゃないけど、様を付けられると他人みたいだし……」
「王子って名字だったんですか?」

 僕の言葉に朝陽先輩は驚きながら頷いた。
 王子様と呼ばれていたが、まさか名字が〝王子〟だったとはね。
 珍しい名字だからこそ、さらに目立っているのだろう。
 そんな僕とは反対に朝陽先輩は――。

「名字も知られてなかったのか……」

 なぜか落ち込んでいた。

「ご、ごめんなさい! てっきりみんながそう呼んでいるから慣れ親しんでいのるかと……」
「高校生になってからだよ」

 朝陽先輩は苦笑しながら肩をすくめた。

「だから、せめて直だけは朝陽って呼んでほしいかな」
「えっ!?」

 流石に先輩を名前で呼ぶのは中々の難易度だ。
 それにバスケ部でもないし、女子生徒たちに目をつけられてもな……。

「……難しいなら朝陽先輩でもいいからさ」

 顔の前で手を合わせて、お願いする朝陽先輩に僕は思わず頬をかいた。
 そこまでして王子様と呼ばれたくないのか。
 
「じゃあ……朝陽先輩で」
「うん」

 さっきまで落ち込んでいた人とは思えないくらい、朝陽先輩は嬉しそうに笑った。

「じゃあ、また学校で」
「あっ……はい」

 家に帰る朝陽先輩の後ろ姿はどこか飛び跳ねているような気がした。
 まさか僕があの王子様を名前で呼ばないといけなくなるとはね。
 ただ――。

「なんで僕の名前知ってるんだろ……」

 さっき直って呼ばれた気がする。
 ひょっとしたら悠人が部活の時に話していたのが聞こえていたのだろう。
 学校で僕のことを名前で呼ぶのは悠人ぐらいだもんな。

「直、片付けして帰るわよ」
「はーい」

 商店街を歩く人影もまばらになり、閉店作業をしながらも僕の頭の中には、さっきの言葉が何度も浮かんでいた。

――朝陽先輩

 たった呼び方が変わっただけなのに、不思議と少しだけ距離が近くなった気がした。