王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

 チーム席へ戻ると、悠人が腕を組んだままこちらを見ていた。

「どこ行ってたんだ?」
「ちょっと気になったことがあってね」
「ふーん」

 それ以上は何も聞いてこない。
 悠人はただ前を向き、グラウンドの様子を眺めていた。
 その時、あちこちから黄色い歓声が上がる。

「きゃー! 王子先輩ー!」
「こっち来てくださーい!」

 次の競技は借り()競争。
 人気者の朝陽先輩が出場すると分かった瞬間、女子生徒たちのテンションは一気に上がっていた。
 
「王子先輩、借り者競争に出るのか……。荒れそうだな」

 悠人がぼそりと呟く。
 
「荒れる?」
「まあ見てたらわかるさ」

 意味が分からず首を傾げる。
 スタート地点では参加者たちが一列に並び、ピストルの乾いた音がグラウンドに響いた。
 参加生徒たちは勢いよく飛び出し、中央に置かれた机へ向かう。
 一枚ずつ紙を取ると、ほとんどの生徒は一瞬だけ立ち止まり、周囲を見回し始めた。
 だけど、朝陽先輩だけは違った。
 紙を確認した次の瞬間、迷うことなく一直線にこちらへ走ってくる。

「えっ?」

 思わず声が漏れる。
 その表情は僕が見慣れた顔だった。
 コロッケを食べている時みたいに、どこか嬉しそうな笑顔をしていた。
 ひょっとしたら〝美味しいご飯を作る人〟とかって書いてあったのかな?
 そんなことを考えていると、朝陽先輩が目の前まで来た。
 やっぱり僕に用があって――。

「直――」
「王子先輩、俺ですね!」

 勢いよく立ち上がった悠人が朝陽先輩との間に入る。

「あっ……」

 僕の勘違いで少し恥ずかしくなった。
 あまりの恥ずかしさに視線を下げた瞬間、朝陽先輩の表情が険しくなった気がする。
 でもすぐにいつもの笑顔に戻った。
 きっと僕の見間違いだろう。

「紙を見せてください」

 悠人は朝陽先輩の持つ紙を覗き込む。

「……やっぱり」

 悠人は小さくため息をつきながら呟いた。
 そして朝陽先輩の耳元で何かを囁く。
 朝陽先輩は少しだけ悔しそうな表情を浮かべたあと、小さく頷いた。
 やっぱり悠人を呼びに来たのだろう。
 勘違いして自ら前に出なくてよかった。
 悠人の手を掴んでゴールへ向かって走り出す朝陽先輩。

「えー! 私たちじゃないんですかー!」
「王子先輩に選ばれると思ったのに!」

 周囲では不満の声が広がっていく。
 そんな様子を悠人は楽しみながら手を振っていた。

「何だったんだろう……」

 借り者競争のルール上、借りた相手と手を繋ぎながら、一緒にグラウンドを一周しなければならない。
 他の生徒たちも先生や友達、部活の仲間を連れて笑いながら走っている。
 それでも朝陽先輩と悠人は頭一つ抜けて速かった。

「おい、引っ張るな!」
「王子先輩が遅いんですよ!」

 二人とも文句を言い合っているのに、どこか息はぴったりだ。
 やっぱり同じバスケ部だからなのかな。
 そんなことを考えているうちに、二人はあっという間にゴールしていた。
 借り者競争では、ゴールしたあとにお題と選んだ理由を発表するのが恒例だ。

「好きな先生です!」
「頼れる先輩です!」
「尊敬する人です!」

 参加者が一人ずつ発表するたびに歓声や笑い声が上がる。
 そして、一番初めにゴールした朝陽先輩たちの番になった。

「それでは校内一の人気者、王子先輩! お題は何でしたか?」

 マイクを向けられた朝陽先輩は小さく答えた。

「……大事な人です」

 その一言でグラウンドが少しざわつく。
 きっと朝陽先輩のことが好きな女子生徒たち全員が呼ばれたかったお題だ。

「はい、もちろん俺しかいないですよね!」

 隣に立つ悠人が手を挙げると、周囲から笑いが起こった。
 さっきまで不満の声も聞こえていたのが嘘のようだ。
 悠人を選んで正解なのかもしれない。

「選んだ理由は?」
「同じバスケ部の未来のエースです」

 朝陽先輩が答える前に悠人が答えていた。

「お前がエースなわけないだろ!」
「俺を連れていけー!」

 近くにいたバスケ部の友達たちも野次を入れる。

「うっせー! まずはレギュラーに選ばれてみろ!」

 その言葉にバスケ部員は静かになる。
 そういえば、同級生の中で悠人だけがレギュラーだもんね。
 でも、悠人が言うと隣でメラメラと闘争心が出ているだけで、嫌味にはなっていないようだ。

「あっ、だからさっきエースの奪い合いってことで競い合うように走っていたんですね!」

 放送部の一言にグラウンドは笑いに包まれる。
 悠人はバスケ部の中でも足が速いし、さっきも朝陽先輩の手を引っ張っては、振り払われてを繰り返していたのか。
 きっと〝大事な人〟っていうのは部活の仲間としてって意味なんだろう。
 でも、さっきの朝陽先輩の顔がチラつく。
 僕の目の前に来た時、どことなく僕の名前を呼ぼうとしていた。
 ……いや、あまりの暑さに僕も考えすぎかな。