王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

 競技集合場所に到着すると、悠人はキョロキョロ周囲を見回していた。
 すでに足首を紐で固定している人たちもいるから、僕が最後なのかもしれない。

「直、どこ行ってたんだ?」
「ごめん。トイレに――」
「長いうんちをしてたんだな!」
「おい!」

 僕は悠人の口をすぐに塞ぐが、周囲の視線は僕に集まっていた。

「うんちじゃなくて――」
「小川、はやく準備するんだぞー」
「あはは……はい」

 すぐに遅れた言い訳をしようとしたが、担任にその機会すら奪われてしまった。
 隣でケタケタと笑う悠人の足を踏む。

「お前たち本当に仲が良いな。俺のためにも頼んだぞ!」
「任せてください!」

 肩を組む悠人を引き剥がそうとするが、力が強く僕は渋々諦めた。
 こんな状況で本当にどうにかなるのだろうか。
 僕たちは急いで足を紐で固定する。

『次はチーム対抗二人三脚です』
「じゃあ、姿勢を正して入場しろよー」

 放送部のアナウンスの合図とともに、僕たちは入場していく。

「直、行くぞ!」

 僕と悠人は一歩踏み出した。

「うぉ……」
「おいおい!」

 その場で倒れそうになる僕を悠人は抱き寄せた。

「右足からって約束しただろ!」
「いや、だから右足……」

 僕と悠人はお互いに視線を合わせた後に、足元を確認する。

「「あっ……」」

 そこでお互いに気づいた。
 体育で練習している時と反対の足に紐が結んであることを。

「だから違和感があったのか」
「気づいてたら先に言ってよ」

 すぐに結び直そうとするが、固く結んであるから中々外れない。
 それに――。

「お前たち早く入場しないか!」

 気づいたら入り口ゲートに僕たちだけが残されていた。

「ほら、行くぞ!」
「ちょ……」

 悠人は僕の脇の下に手を入れ、足を上げた。
 身長差があるため、若干浮いているような気もするが気にしていられない。
 早くしろと視線が集まっているからね。
 声を合わせて目的地に向かう。

「この走り方よさそうだな」

 必死な僕とは違って、呑気な悠人は特に気にしていなかった。

『チーム対抗二人三脚リレーを始めます。同じクラスの仲間にたすきを繋げ、勝った順番でチームに得点が付与されます』

 目的地に着くと、すぐに順番に並んでいく。

「俺たちは四番目だから、前の人が行ったら並ぶぞ」
「足を引っ張らないようにするよ」
「ははは、きっと直は転ぶだろうな」

 悠人が声を上げて笑っていると、ピストルの音が鳴り響く。
 各チームが走り出したと同時に笑い声が聞こえてきた。

「これなら大丈夫そうだね」

 思ったよりもよろけながらあたふたとしている人たちが多かった。
 前の組にたすきが渡されると、僕たちも肩を組んで列に並ぶ。

「テンポよく声を出して走るからな」
「ちゃんと合わせてよ?」
「任せろ!」

 悠人は笑っているが、僕は心配で仕方ない。
 運動音痴って運動が得意な人からしたら、想像もつかないからね。
 しばらくすると、同じ色のTシャツを着た先輩たちがやってきた。

「悠人、頼んだぞ!」
「先輩、任せてください!」

 どうやら同じバスケ部の先輩なんだろう。
 たすきを受け取ると、先輩たちは僕と悠人の背中を軽く押した。

「あっ……」
「っえ!?」

 僕は押された勢いでそのまま倒れていく。
 悠人はその場で踏ん張っていたが、僕は地面に思いっきり転んでしまった。

「おい、直大丈夫か?」
「うおおおおお、大丈夫か? お前、気合い入れに押しすぎだぞ!」
「いや、俺そんなに押してないぞ!?」

 悠人と先輩たちはその場であたふたとしていた。
 周囲から笑い声も聞こえてくる。
 僕は体を起こそうとするが、再びバランスを崩して倒れた。
 だから、運動音痴を舐めてかかると危ないんだから。
 さっきまで一番前にいたはずなのに、僕たちの横を他のチームの生徒たちが通り過ぎていく。

「おい、追い抜かれるぞ!」
「早く立て!」

 先輩たちも手伝って立たせてくれるが、片足が固定されているから、中々立つのも大変だ。
 悠人も僕と一緒に二人三脚をやったばかりに先輩に文句を言われ――。

「ははは、やっぱり転んだな!」

 いや、悠人は僕が転んで楽しそうに腹を抱えていた。
 さっきまでケガの心配をしていたのに薄情なやつだ。

「ちょ、笑うなよ!」
「だって、直が転ぶなんてわかりきってるだろ!」

 そう言って、悠人は僕の体に手を回して引き寄せる。

「ちょっと俺の体に抱きつけ」
「抱きつく?」

 僕はわけもわからず、そのまま悠人の体に手を回す。
 すると、悠人は僕の腋と足から腕を通した。

「よし、これでいくぞ!」
「はぁん!?」

 そのまま持ち上げると、僕の体はふわりと浮いた。
 これでも普通の男子高校生並みの体重なのに、悠人は軽々と僕を運んでいく。
 これって二人三脚と言えるのだろうか。

「ははは、お前らなんだよ!」
「いけいけ! ははは、頑張れ!」

 周囲からも笑い声と応援する声が響く。
 ただ、悠人のおかげで僕が転んだことはなかったかのように感じる。
 気づいた時には悠人に運ばれたまま、同じチームにたすきが渡っていく。

「ははは、俺たち速かったぞ!」
「なんかごめんね?」

 僕は悠人に謝ると、首を傾げていた。

「何言ってるんだ? 見てみろよ!」

 悠人に顔を無理やりあげられ、周囲を見回す。

「みんなマネしてるぞ」

 僕たちの格好をマネして、様々な方法で持ち上げて走る生徒たちが多くいた。
 やはり普通に走る方が難しいのだろう。

「やっぱり運んだ方が効率がいいってことだな。それにしても、ちゃんと飯食べてるのか?」

 悠人は僕の服をめくって、お腹をペチペチと触る。

「おい、やめろよ!」
「まあ、昔よりは肉はついているな」

 どこか安心したように悠人は笑っていた。
 しばらくすると、全チームの最終組が走り終わり結果発表となった。

『ただいまの結果……全チームが不正行為を行ったため、失格となりました』

 放送部からのアナウンスが流れると、グラウンド中が笑いに包まれた。
 あれは二人三脚でもないから仕方ない。

「やっぱりダメだったか」
「そりゃー、一人浮いてたらダメでしょ」

 僕の言葉に悠人は笑いながら肩を組む。

「まあ、いい思い出になったでしょ!」

 悠人の言っていることは一理ある。
 あれだけ嫌だと思った体育祭で転んだのに、僕の中では楽しかったって感覚が残っているからね。

「悠人のおかげだな」
「ははは、いつも素直だったらいいのにな!」

 そう言って、僕の頬を突く悠人。

「いつも素直だよ!」

 僕は笑いながら、悠人の手を弾いた。
 競技が終わったためみんな帰ろうとする中、僕たちはそのままグラウンドに立っていた。

「んー、中々外せないな……。よし、ちゃんと掴まれ!」
「えっ……!?」

 紐は思った以上に固く結ばれていて、中々ほどけなかったようだ。
 悠人は当然のようにさっきみたいに僕を抱え上げた。

「ちょ、ゆっくりほどけば……」
「ここにずっといたら邪魔になるから我慢しろ!」

 周囲の笑い声を聞きながら、僕はそのまま悠人に抱えられてチーム席まで運ばれていく。

 その時ふと朝陽先輩と目が合った。
 だけど、朝陽先輩は笑っていなかった。
 何かを考えるような表情のまま、僕と悠人から視線を外す。

「……朝陽先輩?」

 呼んでも届くはずもなく、朝陽先輩はそのまま席を外して競技の待機場所まで歩いていく。
 その時の僕は、朝陽先輩がどんな気持ちでその光景を見ていたのか、まだ何も知らなかった。