王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

 それから二日後。
 放課後のチャイムが鳴ると同時に、僕たちは体育館へ集められた。

「よし、今日から本格的に練習を始めるぞ!」

 担任の先生の声が体育館に響く。
 僕たちは横二列に並び、朝陽先輩が前へ出た。

「まずはワックから確認します。動画を見てある程度覚えている人もいると思うので、近くでできない人がいたら教えてあげて」

 朝陽先輩の声に僕の後ろにいる悠人たちがこっちを見つめてくる。

「くくく、俺が教えてあげるからな」
「悠人、そんなに笑ってやるなよ」
「だって、絶対直は踊れないからな」

 笑っていられるのも今のうちだ。
 僕は気にせず前を見ると、朝陽先輩と目が合う。
 一生懸命頑張った成果をここで見せつける時だ。

「一回試しにやってみて、どこまでできているから確認します」

 朝陽先輩はそう言うと、カウントし始めた。

「五、六、七、八!」

 朝陽先輩の掛け声に合わせて、全員が一斉に腕を動かした。

「……あっ」

 初っ端から僕だけ腕が遅れた。

「直、逆!」

 後ろから悠人の笑い混じりの声が飛んでくる。

「わかってる!」

 わかっているけど体がついてこない。
 肩から回すつもりが肘だけが動いてしまい、またペンギンが羽ばたくような動きになってしまう。

「くくっ」

 あちこちから笑い声が聞こえた。
 やっぱりこうなるよね……。

「一回止めるよ!」

 朝陽先輩が音楽を止めて、こっちに近づいてきた。

「最初は肩から動かすことだけ意識すればみんなもできるから」

 そう言うと、朝陽先輩は僕の後ろに回った。

「腕借りるよ」
「はい」

 僕は小さく頷く。
 朝陽先輩は僕の手首を軽く持つと、肩から大きく腕を回す。

「この動きを覚えてね」
「はい」
「肘じゃなくて肩から」
「肩……」
「そうそう」

 この前のように腕を動かしてもらうと、不思議と自然に回る。

「一人でやってみて」

 朝陽先輩が手を離す。
 深呼吸を一つしてから、ゆっくり腕を回す。

「おっ、いいじゃん」
「本当ですか?」
「この間よりいいよ」

 背後から聞こえてくる声に思わず頬が緩んだ。

「王子先輩、直にだけ付きっきりじゃね?」

 後ろで悠人がぼそっと呟く。
 でも、この中で一番僕が運動音痴だからね。

「俺たちにも教えてくださいよー」
「お前らはできてるだろ」

 そんなやり取りに周りから笑いが起こる。
 そのおかげで、さっきまで僕に集まっていた視線も自然と逸れていった。

「じゃあ、もう一回いくよ! 五、六、七、八!」

 再びカウントしながら、朝陽先輩は全体を見回していく。
 朝陽先輩の声に合わせて、僕は腕を回す。
 教えてもらった通り、肩を意識すると少しだけ動きが変わったような気がした。

「その調子!」

 朝陽先輩の声が聞こえるたび、不思議と体が軽くなった。
 ワックの確認が終わると、今度はヒップホップのステップへ移る。
 だけど、僕はワックしか練習していない。

「右、左、前、ターン!」

 朝陽先輩の声に合わせて足を動かす。

「わっ!」

 だけど、案の定足がもつれてバランスを崩す。

「危なっ」

 転びそうになった瞬間、誰かに腕を支えられた。

「大丈夫?」
「あっ……ありがとうございます」

 僕を支えていたのは朝陽先輩だった。
 やっぱり僕ばかり迷惑をかけて――。

「焦らなくていいから、一つずつ覚えよう」
「はい……」

 また少しだけ胸が痛くなる。
 ダンスが踊れない罪悪感なのか、それとも朝陽先輩に支えられたのか、自分でもよくわからなかった。

「おい、直!」

 悠人が笑いながら近づいてくる。

「ワックはペンギン卒業したけど、今度は生まれたての子鹿だな」
「うるさいなー」
「でも最初よりかなりよくできてる」
「……え?」
「王子先輩に教えてもらった成果だな」

 悠人が肩を組んでくる。
 周りのバスケ部員たちも「確かに」と頷いていた。
 少しだけ照れくさかったけど、褒められるのは悪い気分じゃない。

「ほら、練習をするぞ」

 そう言って、朝陽先輩は悠人の腕を僕の肩から払った。

「俺たちにも優しくしてくださいよ!」

 悠人たちの声に聞く耳を持たず、練習は進んでいく。
 結局、その日の練習が終わる頃には、ワックだけはなんとかみんなについていけるようになった。


「直、お疲れ!」

 練習後、朝陽先輩が声をかけてくれた。

「迷惑かけてすみません」
「いや、この間に比べたらすごく上達してるよ」

 そう言われると、僕も頑張った甲斐がある。
 家に帰ってからも、一人で思い出して練習してるからね。

「王子様!」
「王子先輩!」

 名前を呼ばれ朝陽先輩が振り向くと、応援団の女子生徒たちが数人駆け寄ってきた。

「直くんばっかり教えてずるいです!」
「知ってます? 私もターンができなかったですよ?」
「王子先輩に教えてもらいたくて応援団に入ったのにー!」

 口々に不満を言う女子生徒たちに、朝陽先輩は困ったように頭を掻く。
 朝陽先輩にくっつく姿が目に入り、僕は一歩下がる。

「悪い悪い。直が一番困ってそうだったからね」

 女子生徒たちの視線が僕に集まる。
 どこか睨まれているような気分に僕は逃げ出したくなった。

「王子先輩も大変だな」

 そんな視線を悠人が間に入って遮る。

「人気者だからね」

 今も悠人の後ろでは楽しそうにはしゃぐ女子生徒の声が聞こえてくる。

「じゃあ、次は私たちもお願いしますね?」
「もちろん。ちゃんと全員見てるから」
「約束ですよ!」

 女子生徒たちは満足そうに笑いながら話していた。
 ここに僕がいても邪魔になるだけだからね。

「直は早く店に行かないとやばくないか?」

 そんな僕に悠人は肩を組んで、時計を指差す。
 思ったよりも時間は過ぎていたようだ。

「あっ、ほんとだ! 悠人ありがとう」
「おう!」

 僕は急いで外に向かう。
 体育館から出ようとした瞬間、チラッと朝陽先輩の顔が見えた。
 だけど、朝陽先輩は女子生徒たちと話していて、僕には気づかなかったようだ。
 さっきまで近くにいた朝陽先輩が遠くに感じる。
 朝陽先輩は人気者だから、元々僕と関わることはないような人だ。
 お店で二人で話していると忘れそうになるけど、本当はこうしてたくさんの人に囲まれているのが普通。
 それが当たり前の光景なのに、胸の奥が少しだけもやもやした。

「悠人も部活頑張って」
「サンキュー! 直もな!」

 きっと慣れないダンスに少し疲れて、変な考えになっているだけだ。
 僕はそう思うことにした。