王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

 バイトが終わると、いつものようにお店の前で朝陽先輩が待っていた。

「直のお母さん! 直を借りていきますね」
「あっ、今日からダンスの練習をするのよね?」

 そう言って、母さんは何かを持ってきた。

「動いたらお腹も減ると思うから、休憩に食べなさい」
「助かります!」

 容器に詰めた唐揚げと小さなおにぎりを朝陽先輩に渡す。
 最近は朝陽先輩が来るのにも慣れたのか、母さんもよく話すようになった。
 まさかそんなものを用意しているとは思ってもなかった。

「あれ? 朝陽先輩ってご飯食べてから来てるんですよね?」
「ん? そうだけど?」

 何食わぬ顔で母さんから唐揚げを受け取っていたが、相変わらず底抜けの胃袋は健在のようだ。

 僕たちはそのまま近くにある公園に向かった。
 ここで三十分から一時間ほど練習してから、買い物をして帰れば、ちょうど母さんが家に帰ってくる時間に間に合うだろう。

「じゃあ、早速始めようか」
「えっ、もう覚えたんですか?」
「事前に動画はもらっていたから、ほとんどは踊れるよ」

 さらっと答える朝陽先輩に驚く。
 同じ動画を見たはずなのに、どうしてあれだけで覚えられるんだろう。
 いくらスロー再生しても追いつけなくて、僕には無理だと思って諦めていたからね。

「最初はワックの動きから覚えようか」

 朝陽先輩は数字を数えると、ゆっくりと動きの見本を見せてくれた。

「こんな感じだけど……」
「もーっとゆっくり動いてください」
「くくく、わかった」

 ただ、ゆっくりと言っても、数える間に動きがたくさんあるから、僕からしたら倍速に動いているように見える。

「じゃあ、まずは腕を肩から大きく回して、ここで止める。それから反対に――」

 実際に見ると簡単そうなのに、いざやってみるとゆっくりでも全然違う。

「こう……ですか?」

 今まで動かしてこなかったような関節の動きをするから、腕が迷子になっている。
 それに勢いよく腕を回したつもりが、肘だけが忙しく動いてしまう。

「くくっ」
「笑わないでください」
「ごめん。どこかペンギンが羽ばたいてるみたいで」
「そんなにですか……」

 自分では真面目にやっているだけに少しへこむ。

「直らしくて可愛いよ」
「それって男子高校生に使う言葉じゃないです!」

 可愛いと言われて、喜ぶ男子高校生は少ないはず。
 でも、モテモテの朝陽先輩に言われると、どこか嫌ではない自分もいた。

「ほら、しっかり肩を使うんだよ」

 朝陽先輩は僕のすぐ後ろに立ち、ゆっくりと手を回してきた。

「えっと……」
「力を抜いて」

 そう言うと、朝陽先輩は僕の手首を軽く持ち、そのまま腕を大きく回した。

「肘じゃなくて、肩から」
「肩から……」
「そう。その軌道を覚える感じ」

 朝陽先輩の腕に合わせて動くだけなのに、不思議とさっきより動かしやすい。
 だけど、僕の背中に当たる朝陽先輩の胸の鼓動が背中に伝わってくる。

「できそう?」

 声をかけられ、視線を上げると朝陽先輩と目が合った。

「すっ……少しだけ」

 こんなに近くから見上げることはなかったから、あまりの恥ずかしさにすぐに視線を下げる。

「じゃあ、今度は一人でやってみて」

 朝陽先輩が離れると、僕は言われた通りに動かしてみる。

「おっ、今のはいい」
「本当ですか?」
「ああ。その調子」

 笑顔の朝陽先輩になぜか僕はドキッとしていた。
 その後も何度か同じ動きを繰り返す。

「今の良かったよ!」

 褒められるたびに少しずつ体が動くようになっていき、気付けば最初より腕も自然に回るようになっていた。

「最初はどうなることかと思いましたけど、なんとかなりそうですね」
「ただ単に体を動かすことに慣れてないだけだよ」
「そうなんですか?」
「うん。だから焦らずゆっくりやっていこう」

 その言葉だけで不思議と苦手なダンスも頑張れそうな気がした。