王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

 翌日、放課後に応援合戦に参加する生徒たちが集められた。

「悠人まで応援合戦に参加しなくてよかったのに」
「いや、直がダンスって……くくく、絶対面白いだろ」

 単純に面白半分で参加することにしたのだろう。

「直ってそんなに運動音痴なのか?」
「もうどっちがボールかわからなくなるほどだぞ」

 悠人と一緒に参加することになったバスケ部員の数人にも運動音痴ってバレることになったし、体育祭なんてなくなればいい。
 しばらくすると、担任の先生とともに朝陽先輩が教室に入ってきた。
 周囲から黄色い歓声が上がる。
 
「王子様が教えてくれるのかな?」
「そのために参加したようなものだもんね」

 相変わらず朝陽先輩は女子生徒たちから好かれているようだ。
 朝陽先輩は慣れた様子で苦笑いを浮かべながら、教卓の前へ向かった。

「今日から応援合戦の練習を始めます。まずはダンスの動画をスマートフォンに送るので、確認してください」

 僕のスマートフォンからは、悠人と朝陽先輩の両方から動画が送られてきた。

「げっ、王子様からのメッセージじゃないの!?」
「俺で文句あるのか!」
「文句しかないわよ! 連絡先を知るチャンスだったのに!」

 隣では揉めている声が聞こえてくる。
 バスケ部員が全員に送っているのだろう。

「動画が届いていない人はいますか?」
「はーい、王子様から届いてないですー!」

 さっきの女子生徒が手を上げるが、朝陽先輩は周囲を見回し、何事もなかったかのように流していく。
 どうやら朝陽先輩狙いの人たちは連絡先を知らないらしい。

「お前ら俺のために頑張ってくれよ! 応援合戦は勝ち点数が高いからな」

 やっぱり朝陽先輩の言うように先生同士でも勝敗を争っているようだ。
 僕も動画を開いてみる。

「えっ……」

 軽快な音楽に合わせて、テンポよく腕や足が動いていく。
 
「無理!」

 思わず本音が漏れた。

「くくく……まだ見始めて三秒だぞ」

 隣で悠人が肩を震わせていた。

「いや、この手の動きなんだよ……。手が見えないよ?」

 僕には動きが早すぎて目で追うのもやっとだ。

「こういうのは再生速度を遅くしたらできるだろ」

 そう言って、悠人は動画に合わせて手を動かしていた。
 うん……。なぜ、そんな簡単に動画と同じ動きができるのか、僕にはわからない。

「こんなの覚えられるわけないだろ」
「だから面白そうじゃん」

 やっぱり悠人は僕を笑うためだけに参加したんだ。
 動画を最後まで見ても、頭に残ったのは『速い』という感想だけだった。

「全員見たか? 今回はヒップホップを中心に初めと終わりにワックを入れて目を惹くダンスにしてある」

 手を素早く動かして合わせるのがワックってダンスらしい。
 始まってすぐに挫折しそうになったところだ。
 僕は担任に睨みつけるが、視界には入っていないのか無視された。
 もっとラジオ体操みたいなレベルのダンスにしてほしかった。

「練習は明後日から始めるから、できる限り覚えてくるように」

 それだけを伝えて、担任の先生は教室から出て行った。
 周囲を見回すと、不安そうな顔をしているのは僕だけだろう。
 制服を着ているのは僕と朝陽先輩が目当ての数人だけだ。
 ほとんどの人が部活の練習着を着ているから、運動には自信がある人たちばかり。

「当日休もうかな」
「おいおい、ズル休みはダメだぞー」

 悠人は僕の頬を掴み、横に引っ張る。
 それを見て、同じバスケ部員も笑っていた。

「まあ、俺たちも教えてやるからさ」
「一緒に頑張ろうぜ」

 なぜか悠人以外にも肩を組まれて、僕の逃げ場はないようだ。
 揃いも揃って、僕を笑いものにするつもりだろう。
 チラッと視線を上げると、朝陽先輩はこっちを見てなぜか眉間にシワを寄せていた。
 出来損ないの僕に朝陽先輩も怒っているのだろうか。
 夜練も厳しくなりそうだな……。
 
「ん? 直、どうしたんだ?」
「いや、何もないよ」
「ふーん」
 
 悠人は首を傾げながら朝陽先輩へ視線を向ける。
 その後、簡単にスケジュールだけ共有して、応援合戦の練習初日は解散となった。


 すぐにお店に向かい普段通りに働いていると、朝陽先輩がやってきた。
 だけど、どこかその表情は浮かない。

「朝陽先輩、コロッケ食べます?」
「ああ」

 いつものように返事は返ってきたものの、どこか元気がない。
 ショーケースから揚げたてのコロッケを取り出して渡そうとすると、朝陽先輩は僕ではなく店の外へ視線を向けていた。
 普段ならすぐにコロッケを食べるのに、何かあったのかな?

「今日……楽しそうだったね」
「えっ?」
「悠人たちと」

 言われて放課後のことを思い出す。
 みんなに揶揄われていただけなのに、朝陽先輩には楽しそうにしていると思われたのだろう。

「ああ、運動音痴だって散々笑われましたよ」
「そうか」

 朝陽先輩は短く返事をしただけで、それ以上は何も言わない。
 普段なら笑って返してくれるような話なのに。

「俺も同級生だったらよかったのにな」
「同級生ですか? んー、さすがに同級生だったら、ここまで話してないと思いますよ」

 そう言うと、朝陽先輩がゆっくりと僕を見る。

「なんで?」
「だって、朝陽先輩はみんなにチヤホヤされてますし。こう見えてかなり人見知りなので、僕の手から同級生がコロッケを食べたら、関わらないように逃げますよ」

 僕はクスリと笑う。
 実際に先輩だったから、何も言えなかったし、どこか可愛いと思えた。
 他の人なら警戒するだろうし、悠人が同じことをやっていたら、すぐにその場で蹴っていただろう。

「それに朝陽先輩がダンスを教えてくれるんですよね?」

 きっと朝陽先輩なら面白がらずに僕にダンスを教えてくれそうだしね。

「そのつもりだけど?」
「運動は苦手なので、団長(・・)頼りにしてますよ」

 一瞬きょとんとした朝陽先輩だったが、すぐにふっと口元を緩めた。

「任せろ」

 さっきまでの曇った表情はどこへやら。
 いつもの朝陽先輩に戻っていた。

「はい、コロッケです」

 僕が差し出すと、朝陽先輩は当たり前のように僕の手ごと包み込むように持ち、そのまま一口かじる。

「うまい」
「相変わらず僕の手から食べますよね」
「その方がうまい気がするからね」

 僕もいつのまにかこの食べ方が日課になってきた。
 特に美味しさが変わるわけでもないのにね。
 そう思いながらも、少しだけくすぐったくて笑ってしまった。

「ご馳走様。じゃあ、またあとで来るね!」

 さっきまで浮かない顔をしていた朝陽先輩がどこか嬉しそうに帰っていく。
 どことなく見送る後ろ姿がスキップしているように見え、僕もなんだか嬉しくなった。