王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

 その日の夕方。
 僕は家で勉強していると、一通のメッセージを受信した。
 スマートフォンの待受には朝陽先輩と書かれていた。

『今日は応援しにきてくれてありがとう。もっと話したかったな』

 どうやら僕が応援に来てくれたことへのお礼だろう。
 きっと試合に来てくれた人たちにメッセージを送っているのだろう。

『県大会出場おめでとうございます! バスケの試合を初めて見たけど、迫力がすごかったです』

 僕はすぐにメッセージを送ると、すぐに既読がついた。
 あまりの既読の早さに、僕はびっくりしてしまった。
 人気者の朝陽先輩は連絡もマメな人なんだろう。

『ありがとう! 直はすぐに俺の話を流す』
「流す……?」

 流すってどういう意味だろう。
 そう思った瞬間、突然スマートフォンが鳴り出した。
 朝陽先輩から着信がかかってきた。

「はい、直です」
「あっ、本当に出た」
「いやいや、さすがに出ますよ」
「ふーん……俺の話は流すのに……」

 耳元でどこか拗ねたような朝陽先輩の声が聞こえてきた。
 さすがに急に電話がかかってきても、出れる状態なら誰でも出るだろう。

「どうかしました?」
「いや……? せっかくだから声が聞きたくて」
「あー、だから電話なんですね」

 直接県大会出場のお祝いの言葉が聞きたかったのだろう。
 確かにメッセージと電話じゃ違うもんね。

「県大会出場おめでとうございます」
「……はぁー」

 耳元で朝陽先輩は大きなため息を吐いていた。
 あれ? 何か間違えたのかな?

「違いましたか? んー、それならお弁当美味しかったですか? いや、これだと朝陽先輩の感想だし――」
「くくく、なんか直らしいなと思って」
「そうですか?」
「うん」

 なぜか朝陽先輩は電話越しで楽しそうに笑っていた。
 何が正解かはわからないけど、喜んでくれているならいいや。

「今日のお弁当も美味しかったよ」
「よかったです! 少しでも力になれましたか?」
「直のお弁当のおかげで勝てたようなものだからね」

 よほど勝てたのが嬉しいのか、今日の朝陽先輩は饒舌で冗談をよく言っていた。
 他愛もない学校の話や、お弁当の話、県大会の話。
 気づけば時計の針は20時を回っていた。

「そろそろ母さんも仕事から帰ってくるので、ご飯の準備をしてきますね」
「直とたくさん話せてよかったよ」

 そう言って、僕たちは電話を切った。
 スマートフォンに記載されていた時間は二時間を超えていた。
 こんなに長いこと電話をしたのは初めてだ。
 朝陽先輩と話していると思ったよりも時間が短く感じた。

 しばらくすると、玄関の扉が開く音がした。

「ただいま!」

 お店を終えた母さんが帰ってきた。

「おかえり!」

 僕はキッチンへ向かい、お味噌汁を温め直す。
 
「朝陽くんの試合どうだった?」
「勝って県大会に行けるみたい。それに悠人もレギュラーで出てた」
「悠人くんも出てたの!? よかったわね」

 母さんは部屋着に着替えながら、ふっと笑った。

「さっきまで電話してたんだけど、気づいたら二時間も話してたよ」

 温めたお味噌汁と親子丼を置いて待っていると、着替えを終えた母さんがどこか楽しそうに目を細めていた。

「最近、朝陽くんの話ばっかりね」
「そう?」
「直って良いことがあると親子丼を出すじゃない」

 母さんに言われて僕はハッとした。
 今までそんなことを考えたこともなかった。
 急いで作れるから親子丼を作ったつもりだけど――。

「私が仕事でご飯の準備ができない時のために、一番初めに教えた料理も親子丼よ」
「父さんが亡くなって、母さんが一人でお店を切り盛りすることになった時だっけ……」
「ええ。あの時は直を育てるのに必死だったからね。こんなに大きくなって」

 母さんはどこか嬉しそうに僕の頭を撫でていた。
 綺麗だった手も今では火傷の痕や手荒れで、胸が締め付けられる。
 僕ができることってお店を手伝うことぐらいだからね。

「それなのに朝陽くんに大事な直を取られて悲しいわ」
「そうなの?」

 母さんはどこか悔しそうな顔をして笑っていた。
 その言葉を聞いて、僕は首を傾げる。

「だって、今日も試合の話とお弁当の話、電話の話。それに昨日は買い物、一昨日はコロッケ……数えたらキリがないわよ」

 指を折りながら数えられて、僕は思わず苦笑いした。
 確かに最近は朝陽先輩のことばかり、母さんに話している気がする。

「毎日会ってるからかな」
「ふふっ。さぁ、早くしないと直の美味しい親子丼が冷めちゃうわ」

 なんだか意味深な笑い方だったけど、僕には何がおかしいのかわからない。
 僕たちは手を合わせて、久しぶりの親子丼に手を伸ばした。

「良いことがあったら親子丼を作るのか……」

 僕の中で朝陽先輩との時間は少しずつ特別なものになっていた。