王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

「お待たせ――」
「全然待ってない!」

 朝陽先輩に声をかけると、満面な笑みで僕の方を見つめていた。
 まるでお店の外で静かに待っていた大型犬みたいだ。
 僕は自転車を押し、隣には僕の歩幅に合わせて歩く朝陽先輩がいる。
 ついこの間までは一緒に歩くなんて想像もしていなかった。

「毎日このスーパーに行ってるの?」
「家に近いのがここのスーパーなんです」
「じゃあ、今日は俺もお弁当献立会議に参加しないとね!」
「会議って大げさですよ」

 二人で笑いながらスーパーへ入る。
 野菜売り場へ向かうと、朝陽先輩は少し目を逸らしながら通り過ぎて行く。
 さっきまで同じ歩幅だったのにやけに早足だ。

「朝陽先輩って野菜苦手ですか?」
「そそそ、そんなことない」

 笑っている口元がピクピクと動いていた。

「ふーん……なら野菜づくし――」
「嫌いです」
「くっ……ははは」

 思ったよりも早く観念した朝陽先輩に、つい笑ってしまう。
 お昼は王子様と呼ばれているのに、まさか野菜が苦手だとは思わなかった。
 嫌いなものはないと言っていたが、見栄を張っていたのかな?

「じゃあ、この機会に野菜を克服しないとダメですね」
「えー、お肉もお願いします!」

 手を合わせてチラチラと僕の顔を見てくる。

「可愛い顔でお願いしても野菜は入れますからね?」

 だけど、肉ばかり食べていたら、栄養が偏ってしまうからね。

「もちろんお肉もいれ――」
「ほんとか!」

 そう言って、朝陽先輩は僕の手を引っ張って、お肉コーナーに連れて行く。

「ちょ……まだ野菜を取ってないですよ」
「そんなのは後々!」
「だーめーです!」

 できれば冷蔵商品はあとで買い物カゴに入れたいからね。
 僕も朝陽先輩の手を強く握ると、どこか驚いた顔をしていた。
 その隙にどんどんと野菜売り場に引っ張って行く。

「朝陽先輩、野菜の肉巻きは食べれますか?」
「野菜の肉巻き……?」
「豚肉でにんじんとかアスパラガスを巻いて、甘辛いタレで味付け……」

 隣でゴクリと唾を飲む音が聞こえてきた。
 きっと想像しているのだろう。

「ご飯とも相性がいいので、これなら食べられそうですね!」
「ぜひ、そのなんちゃら巻きが食べたいな」
「くくく、野菜の肉巻きですよ」

 頭の中には肉で巻くしか残っていないのだろう。
 明日のお弁当のおかずは野菜の肉巻きに決定だ。
 それをメインに簡単なおかずを作ることにしよう。

「じゃあ、にんじんとアスパラガス……パプリカや大葉チーズもいいね」

 朝陽先輩が持つカゴに野菜を入れていく。
 どこか不安そうな顔をしているから、本当に野菜があまり好きじゃないのだろう。
 豚肉を入れる時だけは、すごい嬉しそうにしていたからね。

「なぁ、このしわしわのやつはなんだ?」
「切り干し大根です」
「あー、あれってこんなにおじいちゃんみたいなんだな」

 朝陽先輩から見たら、切り干し大根とおじいちゃんが同じように見えているのか。
 僕と母さんも食べるお弁当だから、和風なメニューも忘れていない。
 切り干し大根のサラダとかにアレンジしやすいから、使い勝手のいい食材だ。

「ちなみに朝陽先輩は他に入れて欲しいものはありますか?」
「ハンバーグ!」
「やっぱり子どもですね」
「ははは、母さんにもよく言われる」

 本人も自覚しているのか、朝陽先輩は楽しそうに笑った。
 朝陽先輩を知れば知るほど、王子様とはかけ離れていることに気づいてしまう。
 ひょっとしたら、学校の誰にも言えない朝陽先輩の秘密かもしれないね。
 料理の話をしながら売り場を回っていると、気づけばカゴの中身がいっぱいになっていた。

「合計2830円です」

 レジに行くと、すぐにお金を払っていく。
 全部朝陽先輩が払おうとしていたけど、さすがに僕も母さんに怒られそうだったので、半分ずつ払う。
 
「朝陽先輩、重くないですか?」
「俺の方が力はあるから大丈夫だよ」

 そう言って朝陽先輩は、当然のように買い物袋を持ち上げる。
 バスケ部だからなのか、重そうな袋も軽々と持ってしまう。
 袋を持っている腕は僕よりも倍近く太かった。

「ありがとうございます」
「その代わり直は俺の野菜嫌いを克服する献立を考える係だからね」
「やっぱり野菜嫌いじゃないですか!」
「あっ……」

 二人で笑いながら僕の家まで歩いて行く。

「あっ、ちょっと待って」

 朝陽先輩は何かに気づいたのか近くのコンビニへ駆け込み、すぐに戻ってきた。

「まさかお腹空いたとか――」
「はい」

 差し出されたのは、二つに分かれるアイスだった。

「買い物に付き合ってもらったお礼」
「いや、付き合ってもらったのは僕ですけど……」
「いいからいいから」

 一本受け取ると、ひんやりと冷たい感触が手に伝わった。

「「いただきます」」

 二人同時に蓋を開けて、咥えながら歩いて行く。
 笑い疲れて熱くなった体が少しずつ冷えていく。

「美味しいですね」
「やっぱり帰り道はアイスだな」
「朝陽先輩は何でも食べてそうですけどね」

 並んで歩きながら食べるアイスは、いつもより美味しく感じた。
 それに食いしん坊の朝陽先輩がアイスを分けてくれるなんてね。
 食べることが大好きな人だから、一人で食べるものだと思っていた。
 そんなことを考えていると、朝陽先輩と目があった。

「どうした?」
「いえ……朝陽先輩って食べ物を分けるんだなって」
「どういう意味?」
「食いしん坊だから」

 一瞬きょとんとしたあと、朝陽先輩は大笑いした。

「俺、そんなイメージなの?」
「はい」
「まあ、一緒にいる時はよく食べているもんな」

 笑い声が住宅街に響く。
 そんな楽しい時間もすぐに終わり、気づけば僕の家の前まで来ていた。

「あれ? 朝陽先輩の家ってこっちの方でしたっけ?」
「ん?」
「送ってもらっちゃいましたけど……」
「ああ、気にしなくていいよ」

 朝陽先輩は僕に荷物を渡して、靴紐を結び直す。

「毎日走ってるからこのくらいトレーニングみたいなもんだし」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ」

 そう言って、爽やかに笑うと来た道を走って行く。
 途中で足を止めると、朝陽先輩は振り返った。

「じゃあ、また明日!」
「はい。また明日!」

 手を振る朝陽先輩の背中は、あっという間に小さくなっていく。
 僕はその姿が見えなくなるまで見送り、小さく笑った。

「今日も楽しかったな」

 朝陽先輩と会うようになってから、学校とお店の手伝いだけだった日々に少しだけ朝陽先輩という彩りが増えた。
 ……たぶん、お弁当を食べてくれる人が一人増えたからだろう。