王子様と呼ばれる先輩を餌付けしたら、毎日会いに来るようになりました。

(なお)、コロッケ一つ!」

 僕はいつものように揚げたてのコロッケを包装紙に包み、彼の元へ持っていく。
 きっとバスケ部の練習の後に寄ったのだろう。

「80円……あっ!」
「やっぱりここのコロッケは美味しいな」

 まだお金も払っていないのに、いつものように僕の手から食べる朝陽(あさひ)先輩。

「……朝陽先輩、お金まだですよ?」
「あっ……ごめん」

 すぐにカバンからお金を取り出し、シュンとする姿はまるで怒られている大型犬にそっくりだ。
 学校ではバスケ部の王子様って呼ばれてるのに、気づいたら僕は今日も人気者の先輩を餌付け(・・・)していた。
 でも、初めて先輩がお店に来た日、僕はまさかこんな関係になるとは思ってもいなかった。

 ♢ ♢ ♢

「直、今日は学校早く終わるかしら?」
「特に委員会とかもないから、大丈夫だよー!」
「今日もお店を手伝ってちょうだい!」

 僕はいつものように玄関まで母さんを送りに行く。
 商店街で惣菜店を経営している母の朝はとにかく早い。

「じゃあ、行って――」
「母さん、お弁当忘れてる!」

 やけに荷物が少ないと思ったら、お弁当を入れた袋を持っていなかった。
 僕は急いで台所にお弁当を取りに戻る。

「せっかく作ったんだから忘れないでよ」
「ふふ、直のお弁当は美味しいから楽しみだわ」

 母さんは嬉しそうに微笑んだ。
 僕は忙しい母の代わりに毎日お弁当を作っている。
 まあ、一つ作るのも二つ作るのも変わらないからね。

「行ってらっしゃい!」

 僕は母さんを見送ると、チラッと時計を見る。

「やばっ!? 僕も準備しなきゃ!」

 時計の短い針は8の時刻に近づこうとしていた。
 僕は急いで自転車に跨り、学校を目指していく。
 我が家から学校までは約40分ほどかかるので、ゆっくりしていたら、気づいた時には遅刻してしまう。
 母のお店がある商店街を横目に通り過ぎ、学校が見えてきた。
 どの部活も活気がある青葉高校は、朝から練習をしている声が聞こえてくる。

「今日も王子様は人気だな……」

 特に自転車置き場の隣にある体育館からはやけに大きな声が聞こえる。
 それも練習する部員の声だけではなく、バスケ部の王子様と呼ばれる人を応援する声も大きい。
 ただ、今の僕はそんなことを気にしている場合ではない。

「ふぅー、10分前には着いたかな」

 教室に着いたのは朝のチャイムが鳴る10分前。
 それでも教室にいる生徒はおよそ半分程度だろう。

「みんな、おはよー!」
「間に合った!」

 僕の後から怒涛のように朝練を終えた生徒たちが入ってきた。

「直、おはよ!」

 その中に僕の友達もいた。

悠人(ゆうと)は今日もギリギリだったね」

 小学生からの同級生の神谷(かみや)悠人(ゆうと)が急いで教室に入ってきた。
 いつもギリギリで、チャイムが鳴る3分前ぐらいに駆け込んでくる。

「朝から練習がハードだからな……」
「今日も大変そうだったね」
「ああ、俺もレギュラーになれそうなんだぜ!」

 悠人はバスケ部に所属している。
 全国大会にも出場するような部活だから、朝から練習も大変のようだ。

「それはよかったな」
「もっと喜べよ!」
「レギュラーになったらね」

 僕に肩を組んでじゃれてくる悠人。
 強豪校でレギュラーになるには、相当努力が必要なんだろう。
 
「お前ら席に着けー!」
「じゃあ、またあとで!」

 先生が来ると同時に悠人は自分の席に戻った。
 今日は六限目まであるから、帰りは17時ぐらいになるかな。

 チャイムが鳴るたびに教科書を開き、ノートを取り、気づけばホームルームも終わっていた。

「直、また明日!」
「悠人も部活頑張って!」

 急いで教室を出ていく悠人を見送る。

「あっ、母さんに怒られる!」

 僕も負けじと自転車を取りに校舎の裏まで走る。
 体育館では相変わらず女子生徒たちが外から熱い眼差しを送っていた。

「王子様、練習頑張ってね!」
「ああ、ありがとう」

 たくさんの女子生徒に応援されているのは、きっと王子様と呼ばれている生徒だろう。
 身長が高くて、顔も小さい。
 いかにも王子様と呼ばれるのに相応しい見た目をしていた。
 尚且つバスケ部のエースだから、たくさんの才能を持った人なんだろう。
 チラッと目が合ったけど、すぐに後ろにいた悠人が全力で手を振っていた。

「くくく、踊っているみたいだね」

 僕は手を振りかえして、急いで自転車を漕いで向かう。
 夜は仕事終わりにお惣菜を買っていくお客さんが多いからね。


「母さん、すぐに準備するね」
「直、助かるわ!」

 お店に着くと、すぐにエプロンを着けて店番を変わる。

「直ちゃん、今日のオススメは何かな?」
「んー、今の揚げたてはコロッケだけど、夕飯で食べるなら唐揚げがいいかな」
「なら唐揚げを三人前頼むわ」

 僕は唐揚げを容器に入れて、常連のお客さんに渡す。

「いつもお疲れ様です」
「もう本当にいい子に育ったんだから!」

 肩を叩いて笑っているおばさんも仕事を終えて、家族が戻る家に帰っていく。
 そんな忙しい主婦や仕事で疲れた人がほんの少しでも楽になればと母は惣菜店をやっている。
 今の時代スーパーでも売っているのに、商店街にはそこにしかない魅力もあるからね。

「母さん、そろそろお店も――」
「コロッケ一つください」
「あっ、はい! 少々お待ちください」

 お客さんも少なくなり、お店の片付けを始めようと思った頃、若めの声が聞こえてきた。
 僕は急いでコロッケを包装紙に入れて持っていく。

「お待たせしました。コロッケ……」

 そこにはさっき体育館で見た王子様が立っていた。
 部活の時とは異なり、ヘアバンドを外しているから、髪が流れて雰囲気が違って見える。
 ただ、いつ見てもかっこいいのは変わらない。

「えーっと、80円だったかな」

 カバンからお金を取り出し、100円をトレイに置いた。

「王子様でもコロッケ食べるんですね」
「そりゃー、部活終わりでお腹空いているからね」

 そう言いながら、僕が持っている手からそのままコロッケを食べた。

「「あっ……」」

 お互いに目が合い時間が止まった。
 まるでこの場に誰もいないかのように、商店街から静かに風が通り抜ける音が聞こえてくる。
 ……いや、それでも王子様の口元は動いていたか。

「ははは、財布とお茶を持っていたからつい……」
「あっ、お釣りまだでしたもんね」

 トレイには百円玉が置かれたままだった。
 お釣りをもらうために財布をそのまま持っていたのだろう。
 王子様はすぐにコロッケを全て口に入れて、お釣りを待っていた。
 まさか二口でコロッケを食べ終えるとは……。

「お釣りの20円です」
「ありがとう。恥ずかしいから誰にも言わないでね」
「大丈夫ですよ」

 お釣りを返すと、王子様はどこか恥ずかしそうに帰って行く。
 クールな姿を学校では見たことあったけど、あんな顔をするとは思わなかったな。