家族である卯乃のために、料理はする。
だけど、あの日以来。僕は食事が喉を通らなくなってしまった。
卯乃には「お腹空いてないから、代わりにたくさん食べてよ」と誤魔化していたものの、数日続くと流石に怪しまれる。
「お兄ちゃん、全然ご飯食べてない! 顔色も悪いし。……体調悪いの?」
「そういうわけじゃ、ないんだけど……」
ドン、と胸を押されて「2度と来んな」と拒絶された日を思い出す。胃がムカムカして、ギリギリと痛くなってお腹を押さえる。
「……失敗、したなあ」
「失敗?」
「……殴られた方が、マシだったかも……」
弥生は、どうして僕を殴らなかったの。ムカついたら、いつも誰かを殴っているイメージだったのに。弥生は、今何を食べているのだろう。あの女子高生が作った料理を食べているのだろうか。
見返りのない料理が辛いからと離れようとしたのは僕だ。
なのに。弥生が誰かの手料理を「美味しい」と言って食べていることを想像するだけで……胸がはち切れそうだ。
僕はいつからこんなに繊細で、臆病になってしまったのだろう。弥生は少なくとも、元気がない僕を慰めようとしてキスをした。……その方法しか、弥生は知らなかったから。
何もかもを、弥生を拒絶したのは僕だ。嫌われるのは当然だ。
「ごめん……ごめんね……っ」
「……お兄ちゃん?」
「弥生……ごめん……ごめんなさい……」
お腹が痛くて、テーブルに突っ伏す。卯乃が慌てて背中を摩ってくれるのを最後に、意識は途絶える。
*
過度なストレスが原因で発熱したのだとお医者さんには言われた。食欲がなくなり、食べなかったことで胃が痛くなった。僕は数日間安静にしなければならない。
「お兄ちゃん……わたし学校休もうか? 1人で大丈夫?」
「けほっ……うん、寝てるだけだから……卯乃は、学校行って……移ると悪いし」
「お兄ちゃんの美味しい料理を毎日しっかり食べていたわたしは元気だから移らないよ! それより早く元気になってね! 行ってきます!」
卯乃は元気に手を振って僕の部屋から出て行った。今日はお弁当を作れなかった。こんなに派手な風邪を引いたのは久々だ。
くらくらする視界の中「僕はお腹が空いていたのか」と思えば数日間の体の不調には納得する。
健康的な食事をしないだけで精神は不安定になり、体を壊す。
……弥生は、大丈夫だろうか。
拒絶されたというのに、ずっと考えてしまうのは弥生のことばかりで。苦笑して目を閉じれば、じわりと涙が溜まる。
*
――き。……おい、目を覚ませ。
……づき。
――卯月。
名前を呼ばれた気がして、瞼を上げると。目の前に弥生がいた。いつも見る怒ったような顔じゃなかった。心配そうな顔で、こちらを覗き込んでいる。
「卯月。……ごめんな」
そっと手が伸び、頭を撫でられる。「弥生」と呼ぼうとして……声が全く出なかった。熱に浮かされて、目を閉じるとじわじわと目尻に涙が溜まる。
「卯月。……うづき。……こんなに弱って……」
狼狽えたような声。ヤンキーなのに、何に動揺してるのか。
頭を撫でられるのが心地良い。離れようとする手を……きゅっと握る。
これは夢だ。都合のいい夢だ。
だから。もう少しここにいて。
「卯月。ごめん……俺の存在が卯月を苦しませて……」
何? よく聞こえない。
耳を傾けようとするけど、瞼はどんどん重くなり意識は沈んでいく。離れようとした手を、強く握りしめたまま。
*
「……卯乃、これは?」
「……。…………お粥、です……」
「……ゥン」
真っ黒に焦げている。卯乃なりに、看病しようとしてくれたのだろう。これは食べられない……というか。
「火傷してない?」
「それは……多分」
「多分? 手、見せて」
「いや、わたしじゃなくて」
「え?」
「……口止めされたけど。わたしがお粥焦がしたことになりたくないから言う。……数日間学校に来ないお兄ちゃんを心配して、弥生が見舞いにきたの……覚えてない?」
朧げの記憶の中。
夢だと思った弥生は、実際にこの部屋にいたということなのか。
「……弥生が、お粥を作ったの?」
「……うん」
「……。……下手くそ、だなあ」
つい笑ってしまえば、ポロッと涙が溢れた。真っ黒に焦げたお粥を、一口だけ齧ってみる。
「……不味いよお……っ」
こんなに美味しくない料理は初めてだ。
「もう。2人、早く仲直りしてよね」
卯乃に言われてしまう。
「仲直り……できるかな」
「少なくとも、わたしが見る限り弥生はずっと眠っているお兄ちゃんを見ていたから」
僕が臆病なばかりに勝手に傷ついて、弥生も傷つけて。少し勇気を出して言葉にしたら、案外素直にいくものなのかな。
でも、ちゃんと言葉にできる自信がない。
(……お弁当、食べてくれるかな)
今の弥生ならきっと食べてくれると信じて。
*
病み上がり、弁当を抱えて屋上に向かうも、弥生は姿が見えない。蛇石もいない。あれ? と周りをキョロキョロしていれば「あれぇ、可愛いウサギちゃんがいる〜」と階段から別のヤンキーが屋上にやってきた。
「あの……弥生……クン、は」
「ああ。少し前のタイマンすっぽかした腰抜け野郎か。屋上は俺らの縄張りになったから別の場所にいるんじゃね?」
そう教えてくれる。ペコリと頭を下げて階段に向かおうとすれば「てか、何? それ弥生に作った弁当?」と手が伸びてぶん取られそうになり、慌てて両腕に抱えて隠す。
「あ、あのっ。そ、そうです! 弥生のために作りました! だから失礼します!」
「へぇ……アイツは手料理は口にしないって有名なんだけど……ウサギちゃん、まさか本命?」
本命、とか。ヤンキーに周り囲まれている状態で意味を考えるのは難しかった。心臓バクバクする中、わざわざ僕の見舞いにきてくれた時点で弥生は僕のことを嫌っていない……という強みがあった。
目の前のヤンキーが言っていた「タイマンすっぽかした」というのも、僕の見舞いを優先したからだ。
弥生は腰抜け野郎なんかじゃない。
大事なものを優先しただけだ。
「そこ、通してください」
毅然と、顔を上げて言えば「生意気」と髪を掴まれ引っ張られる。弥生も初めは怖かった。でも、結局乱暴にされたことはなかった。
見た目ばかりが怖いだけで、優しい人。
「……弥生に、弁当渡しにいくので。通してください」
「……フン」
髪を掴む手を離された。ホッとし、歩き出せば「隙あり!」と両腕に抱えた弁当箱を奪い取られる。
「……! 返して!」
「中身見てみようぜ〜!」
ヤンキーが離れた場所でランチクロスを開いていく。慌てて取り返そうとすれば僕の体は仲間に押さえつけられ敵わない。
「返せよ!」
「ムキになんなって〜」
そのままパカッと蓋を開けられる。
「美味しそ〜、だし巻き卵とハンバーグだ〜」
「〜〜〜ッ! 弥生の、だから……!」
なんとか身を捻って抜け出そうとするも、仲間たちにニヤニヤされるだけで終わってしまう。
「弥生、弥生って。ムカつくわ〜……だからさ、こうするわ」
ハンバーグに箸を突き刺して。
ぐちゃぐちゃ……っと。
形を崩されていく。
「あ……ああ……」
僕の気持ちを込めた、形を整えたハンバーグ。ヤンキーの手で崩されていく。
「だし巻き卵も〜」
箸で突き刺して。同じようにぐちゃぐちゃ……っと弁当の中身が何が入っているかわからないようにされた。
「見た目不味そうになっちゃった〜、流石に本命の手料理だとしてもいらないだろうね〜、じゃあこれ、捨てておいてね?」
中身がぐちゃぐちゃになった弁当箱を戻される。押し付けられ受け取ってしまえば、ヤンキーたちは僕に飽きたかのように興味をなくし屋上に屯して駄弁っていた。
「……」
涙は出なかった。呆然とぐちゃぐちゃになったハンバーグとだし巻き卵を見つめ……よろよろと階段を降りて1番近くのゴミ箱に向かう。
(気持ち、込めたんだけどな……)
また、作ればいいから。
料理は、何度でも作れるから。
今日は運がなかっただけだ。
ゴミ箱の蓋を開け、弁当箱をひっくり返そうとした……その時。
「――卯月?」
弥生の声がした。ピク、と反応してしまい声がした廊下の方を向くと……見慣れない弁当箱を持った弥生が僕を見つめていた。きょとんとしていた顔は、ゴミ箱の真上にある弁当箱に目線が移り……段々と険しい顔になっていく。
「誰に、やられた」
「……いいよ、また作るから」
「良くないだろ。お前の――卯月の作る料理は、すげぇ美味えんだから!」
その言葉だけで十分だった。「ありがと」と返し弁当箱を傾けようとすれば「卯月、やめろ!」と腕を取られる。
「……もういらないでしょ。こんなにぐちゃぐちゃになったもの」
「……俺が食べる。卯月が作ってくれたものだろ」
「え。……でも、見た目がこんなに悪くて……」
「卯月が作ったものなら、俺はなんでも食べたい」
弁当箱を奪い取られ、箸を取り出し「いただきます」と手を合わせてからぐちゃぐちゃに混ざったハンバーグとだし巻き卵だったものを頬張る。
もぐもぐ、と咀嚼していき……ゆっくり目が合うと、凛々しい目元が柔らかくなり「美味い」と微笑む。
「……っ、弥生……」
「やっぱ、駄目だわ俺。卯月の作った料理じゃないと満足出来ねえよ。こんなに愛情籠った料理、捨てられるわけないだろ」
弥生の言葉が、僕を救っていく。
弁当、食べてくれた。
やっと食べてくれた。
思わぬハプニングがあったけど、弥生は変わらず、受け止めてくれた。
「あ、ありが、と……」
「お見舞い行った日……卯乃から全部聞いた。初めて弁当を渡してくれた時も……本当は卯月が作ったものだったって……本当に美味しそうだった。食べたいって思った気持ちに……従えばよかった……傷つけて、ごめん」
深く、頭を下げられる。僕は慌てて首を振り「事情を知らなかったから」と返していく。
「過去に怖い思いしてることに気づかなくて……警戒するのは当然だと思ったよ……」
「勝手にキスしてごめん。寂しさを埋めるために勝手に女子を連れ込んだりしてごめん。卯月の気持ちを蔑ろにしてた」
「僕の気持ち……?」
「卯月の……俺を大切に想ってくれている気持ち」
「……」
弥生。どこまで僕の気持ちを見抜いているの。寡黙そうで、人のことを良く観察している。
顔を上げた弥生は、大きな声で僕に告げる。
「卯月が好きだ。気づくのに遅くなった。弁当を初めて作ってくれた日から……俺の日常にはずっと卯月がいた。……もう離れたくない」
目が赤い。鼻が赤い。声が震えている。感情が全面に溢れ出ている。それほどの強い気持ちを、僕にぶつけてくれている。
僕も……本気で気持ちをぶつけないと。
筋を通さないと、だよね。
「……僕も……弥生のことが、好き。……大好き。……僕の気持ちを守ってくれてありがとう……」
見た目が悪い弁当を食べてくれた。
弥生は本当にかっこいい男だ。
弥生が笑う。僕も笑う。
後頭部をそっと抱き寄せられ、抱きしめられる。温かい。
「卯月が作ってくれた料理で、最近の俺の体は作り変えられた。もう負ける気はしねえ」
焼きそばパンしか食べなかったから栄養失調で女番長の卯乃に負けた。きっと今の弥生なら筋力取り返して圧勝だろう。
弁当をぐちゃぐちゃにした犯人たちの所在を聞かれ……一緒に屋上へ向かう。「大事な卯月の弁当を揶揄ったヤツらは許せねえから」と弥生は反撃モードだった……が。
「イテテテテテ!」
「降参! もう降参です!」
僕と弥生が屋上に辿り着いた時、先ほどのヤンキーたちは既に伸びていた。
「あ、お兄ちゃん」
「ウサギちゃ〜ん」
伸びたヤンキーを積み上げてその上にドカッと座っているのは卯乃と蛇石だった。
「……弥生はウサギちゃんとの大事な話があると思ったから、シメておいたよ〜」
柔らかい声で蛇石がこちらに手を振りながら言っているが。……正直1番のヤンキーは蛇石なのではないだろうか。
「……俺の出番なし……」
少々へこんでいるような弥生に「でも、僕はタイマンして弥生の体が傷だらけにならなくてよかったと思ってるよ」と手を取って伝える。
ヤンキーは好きじゃない。
暴力的で、怖いから。
でも弥生は好き。
見た目怖いけど、僕のことをわかってくれるから。
不貞腐れたような弥生の顔は、僕を見つめると段々優しい顔になる。
「……あの。今更かもしれないが、卯月と……仲直りしたくて。……俺も弁当、作ってみたんだ」
だけど、あの日以来。僕は食事が喉を通らなくなってしまった。
卯乃には「お腹空いてないから、代わりにたくさん食べてよ」と誤魔化していたものの、数日続くと流石に怪しまれる。
「お兄ちゃん、全然ご飯食べてない! 顔色も悪いし。……体調悪いの?」
「そういうわけじゃ、ないんだけど……」
ドン、と胸を押されて「2度と来んな」と拒絶された日を思い出す。胃がムカムカして、ギリギリと痛くなってお腹を押さえる。
「……失敗、したなあ」
「失敗?」
「……殴られた方が、マシだったかも……」
弥生は、どうして僕を殴らなかったの。ムカついたら、いつも誰かを殴っているイメージだったのに。弥生は、今何を食べているのだろう。あの女子高生が作った料理を食べているのだろうか。
見返りのない料理が辛いからと離れようとしたのは僕だ。
なのに。弥生が誰かの手料理を「美味しい」と言って食べていることを想像するだけで……胸がはち切れそうだ。
僕はいつからこんなに繊細で、臆病になってしまったのだろう。弥生は少なくとも、元気がない僕を慰めようとしてキスをした。……その方法しか、弥生は知らなかったから。
何もかもを、弥生を拒絶したのは僕だ。嫌われるのは当然だ。
「ごめん……ごめんね……っ」
「……お兄ちゃん?」
「弥生……ごめん……ごめんなさい……」
お腹が痛くて、テーブルに突っ伏す。卯乃が慌てて背中を摩ってくれるのを最後に、意識は途絶える。
*
過度なストレスが原因で発熱したのだとお医者さんには言われた。食欲がなくなり、食べなかったことで胃が痛くなった。僕は数日間安静にしなければならない。
「お兄ちゃん……わたし学校休もうか? 1人で大丈夫?」
「けほっ……うん、寝てるだけだから……卯乃は、学校行って……移ると悪いし」
「お兄ちゃんの美味しい料理を毎日しっかり食べていたわたしは元気だから移らないよ! それより早く元気になってね! 行ってきます!」
卯乃は元気に手を振って僕の部屋から出て行った。今日はお弁当を作れなかった。こんなに派手な風邪を引いたのは久々だ。
くらくらする視界の中「僕はお腹が空いていたのか」と思えば数日間の体の不調には納得する。
健康的な食事をしないだけで精神は不安定になり、体を壊す。
……弥生は、大丈夫だろうか。
拒絶されたというのに、ずっと考えてしまうのは弥生のことばかりで。苦笑して目を閉じれば、じわりと涙が溜まる。
*
――き。……おい、目を覚ませ。
……づき。
――卯月。
名前を呼ばれた気がして、瞼を上げると。目の前に弥生がいた。いつも見る怒ったような顔じゃなかった。心配そうな顔で、こちらを覗き込んでいる。
「卯月。……ごめんな」
そっと手が伸び、頭を撫でられる。「弥生」と呼ぼうとして……声が全く出なかった。熱に浮かされて、目を閉じるとじわじわと目尻に涙が溜まる。
「卯月。……うづき。……こんなに弱って……」
狼狽えたような声。ヤンキーなのに、何に動揺してるのか。
頭を撫でられるのが心地良い。離れようとする手を……きゅっと握る。
これは夢だ。都合のいい夢だ。
だから。もう少しここにいて。
「卯月。ごめん……俺の存在が卯月を苦しませて……」
何? よく聞こえない。
耳を傾けようとするけど、瞼はどんどん重くなり意識は沈んでいく。離れようとした手を、強く握りしめたまま。
*
「……卯乃、これは?」
「……。…………お粥、です……」
「……ゥン」
真っ黒に焦げている。卯乃なりに、看病しようとしてくれたのだろう。これは食べられない……というか。
「火傷してない?」
「それは……多分」
「多分? 手、見せて」
「いや、わたしじゃなくて」
「え?」
「……口止めされたけど。わたしがお粥焦がしたことになりたくないから言う。……数日間学校に来ないお兄ちゃんを心配して、弥生が見舞いにきたの……覚えてない?」
朧げの記憶の中。
夢だと思った弥生は、実際にこの部屋にいたということなのか。
「……弥生が、お粥を作ったの?」
「……うん」
「……。……下手くそ、だなあ」
つい笑ってしまえば、ポロッと涙が溢れた。真っ黒に焦げたお粥を、一口だけ齧ってみる。
「……不味いよお……っ」
こんなに美味しくない料理は初めてだ。
「もう。2人、早く仲直りしてよね」
卯乃に言われてしまう。
「仲直り……できるかな」
「少なくとも、わたしが見る限り弥生はずっと眠っているお兄ちゃんを見ていたから」
僕が臆病なばかりに勝手に傷ついて、弥生も傷つけて。少し勇気を出して言葉にしたら、案外素直にいくものなのかな。
でも、ちゃんと言葉にできる自信がない。
(……お弁当、食べてくれるかな)
今の弥生ならきっと食べてくれると信じて。
*
病み上がり、弁当を抱えて屋上に向かうも、弥生は姿が見えない。蛇石もいない。あれ? と周りをキョロキョロしていれば「あれぇ、可愛いウサギちゃんがいる〜」と階段から別のヤンキーが屋上にやってきた。
「あの……弥生……クン、は」
「ああ。少し前のタイマンすっぽかした腰抜け野郎か。屋上は俺らの縄張りになったから別の場所にいるんじゃね?」
そう教えてくれる。ペコリと頭を下げて階段に向かおうとすれば「てか、何? それ弥生に作った弁当?」と手が伸びてぶん取られそうになり、慌てて両腕に抱えて隠す。
「あ、あのっ。そ、そうです! 弥生のために作りました! だから失礼します!」
「へぇ……アイツは手料理は口にしないって有名なんだけど……ウサギちゃん、まさか本命?」
本命、とか。ヤンキーに周り囲まれている状態で意味を考えるのは難しかった。心臓バクバクする中、わざわざ僕の見舞いにきてくれた時点で弥生は僕のことを嫌っていない……という強みがあった。
目の前のヤンキーが言っていた「タイマンすっぽかした」というのも、僕の見舞いを優先したからだ。
弥生は腰抜け野郎なんかじゃない。
大事なものを優先しただけだ。
「そこ、通してください」
毅然と、顔を上げて言えば「生意気」と髪を掴まれ引っ張られる。弥生も初めは怖かった。でも、結局乱暴にされたことはなかった。
見た目ばかりが怖いだけで、優しい人。
「……弥生に、弁当渡しにいくので。通してください」
「……フン」
髪を掴む手を離された。ホッとし、歩き出せば「隙あり!」と両腕に抱えた弁当箱を奪い取られる。
「……! 返して!」
「中身見てみようぜ〜!」
ヤンキーが離れた場所でランチクロスを開いていく。慌てて取り返そうとすれば僕の体は仲間に押さえつけられ敵わない。
「返せよ!」
「ムキになんなって〜」
そのままパカッと蓋を開けられる。
「美味しそ〜、だし巻き卵とハンバーグだ〜」
「〜〜〜ッ! 弥生の、だから……!」
なんとか身を捻って抜け出そうとするも、仲間たちにニヤニヤされるだけで終わってしまう。
「弥生、弥生って。ムカつくわ〜……だからさ、こうするわ」
ハンバーグに箸を突き刺して。
ぐちゃぐちゃ……っと。
形を崩されていく。
「あ……ああ……」
僕の気持ちを込めた、形を整えたハンバーグ。ヤンキーの手で崩されていく。
「だし巻き卵も〜」
箸で突き刺して。同じようにぐちゃぐちゃ……っと弁当の中身が何が入っているかわからないようにされた。
「見た目不味そうになっちゃった〜、流石に本命の手料理だとしてもいらないだろうね〜、じゃあこれ、捨てておいてね?」
中身がぐちゃぐちゃになった弁当箱を戻される。押し付けられ受け取ってしまえば、ヤンキーたちは僕に飽きたかのように興味をなくし屋上に屯して駄弁っていた。
「……」
涙は出なかった。呆然とぐちゃぐちゃになったハンバーグとだし巻き卵を見つめ……よろよろと階段を降りて1番近くのゴミ箱に向かう。
(気持ち、込めたんだけどな……)
また、作ればいいから。
料理は、何度でも作れるから。
今日は運がなかっただけだ。
ゴミ箱の蓋を開け、弁当箱をひっくり返そうとした……その時。
「――卯月?」
弥生の声がした。ピク、と反応してしまい声がした廊下の方を向くと……見慣れない弁当箱を持った弥生が僕を見つめていた。きょとんとしていた顔は、ゴミ箱の真上にある弁当箱に目線が移り……段々と険しい顔になっていく。
「誰に、やられた」
「……いいよ、また作るから」
「良くないだろ。お前の――卯月の作る料理は、すげぇ美味えんだから!」
その言葉だけで十分だった。「ありがと」と返し弁当箱を傾けようとすれば「卯月、やめろ!」と腕を取られる。
「……もういらないでしょ。こんなにぐちゃぐちゃになったもの」
「……俺が食べる。卯月が作ってくれたものだろ」
「え。……でも、見た目がこんなに悪くて……」
「卯月が作ったものなら、俺はなんでも食べたい」
弁当箱を奪い取られ、箸を取り出し「いただきます」と手を合わせてからぐちゃぐちゃに混ざったハンバーグとだし巻き卵だったものを頬張る。
もぐもぐ、と咀嚼していき……ゆっくり目が合うと、凛々しい目元が柔らかくなり「美味い」と微笑む。
「……っ、弥生……」
「やっぱ、駄目だわ俺。卯月の作った料理じゃないと満足出来ねえよ。こんなに愛情籠った料理、捨てられるわけないだろ」
弥生の言葉が、僕を救っていく。
弁当、食べてくれた。
やっと食べてくれた。
思わぬハプニングがあったけど、弥生は変わらず、受け止めてくれた。
「あ、ありが、と……」
「お見舞い行った日……卯乃から全部聞いた。初めて弁当を渡してくれた時も……本当は卯月が作ったものだったって……本当に美味しそうだった。食べたいって思った気持ちに……従えばよかった……傷つけて、ごめん」
深く、頭を下げられる。僕は慌てて首を振り「事情を知らなかったから」と返していく。
「過去に怖い思いしてることに気づかなくて……警戒するのは当然だと思ったよ……」
「勝手にキスしてごめん。寂しさを埋めるために勝手に女子を連れ込んだりしてごめん。卯月の気持ちを蔑ろにしてた」
「僕の気持ち……?」
「卯月の……俺を大切に想ってくれている気持ち」
「……」
弥生。どこまで僕の気持ちを見抜いているの。寡黙そうで、人のことを良く観察している。
顔を上げた弥生は、大きな声で僕に告げる。
「卯月が好きだ。気づくのに遅くなった。弁当を初めて作ってくれた日から……俺の日常にはずっと卯月がいた。……もう離れたくない」
目が赤い。鼻が赤い。声が震えている。感情が全面に溢れ出ている。それほどの強い気持ちを、僕にぶつけてくれている。
僕も……本気で気持ちをぶつけないと。
筋を通さないと、だよね。
「……僕も……弥生のことが、好き。……大好き。……僕の気持ちを守ってくれてありがとう……」
見た目が悪い弁当を食べてくれた。
弥生は本当にかっこいい男だ。
弥生が笑う。僕も笑う。
後頭部をそっと抱き寄せられ、抱きしめられる。温かい。
「卯月が作ってくれた料理で、最近の俺の体は作り変えられた。もう負ける気はしねえ」
焼きそばパンしか食べなかったから栄養失調で女番長の卯乃に負けた。きっと今の弥生なら筋力取り返して圧勝だろう。
弁当をぐちゃぐちゃにした犯人たちの所在を聞かれ……一緒に屋上へ向かう。「大事な卯月の弁当を揶揄ったヤツらは許せねえから」と弥生は反撃モードだった……が。
「イテテテテテ!」
「降参! もう降参です!」
僕と弥生が屋上に辿り着いた時、先ほどのヤンキーたちは既に伸びていた。
「あ、お兄ちゃん」
「ウサギちゃ〜ん」
伸びたヤンキーを積み上げてその上にドカッと座っているのは卯乃と蛇石だった。
「……弥生はウサギちゃんとの大事な話があると思ったから、シメておいたよ〜」
柔らかい声で蛇石がこちらに手を振りながら言っているが。……正直1番のヤンキーは蛇石なのではないだろうか。
「……俺の出番なし……」
少々へこんでいるような弥生に「でも、僕はタイマンして弥生の体が傷だらけにならなくてよかったと思ってるよ」と手を取って伝える。
ヤンキーは好きじゃない。
暴力的で、怖いから。
でも弥生は好き。
見た目怖いけど、僕のことをわかってくれるから。
不貞腐れたような弥生の顔は、僕を見つめると段々優しい顔になる。
「……あの。今更かもしれないが、卯月と……仲直りしたくて。……俺も弁当、作ってみたんだ」



