「何よお兄ちゃん……急に呼び出して……って、そこにいるのは」
「こんちは〜、ウサギちゃんの妹〜」
卯乃は蛇石を見ると嫌そうに顔を顰めた。ヤンキー苦手なはずなのに、弥生を好きだと言うから不思議だ。
「卯乃。ごめん……弁当駄目だったよ」
「(弥生を好きな人ってウサギちゃんの妹だったのか……納得)」
「……食べなかったの?」
「……ゴミ箱に捨てられちゃって」
「……。……はぁっ⁉︎」
怒声を含む叫びに肩を跳ねさせながら「うん、気持ち悪いって……」と理由を言えば、背後から背中を蹴られたような衝撃を思い出してしまい再び瞼が熱くなる。
「あの野郎……わざわざお兄ちゃんと会わせてあげたって言うのに……」
「卯乃? どうしたの?」
「ううん、なんでもない! じゃあ、このことはなかったことにしよ! お兄ちゃん、お弁当作ってくれたのにごめんね……」
「ううん。卯乃の力になれなくてこちらこそごめん」
「いいのよあんな奴……サイテー男だって気付けてよかった。もうお兄ちゃんには近づけさせないから」
「卯乃?」
「ううん、なんでもない! 帰ろっか!」
「(……んんん? 卯乃ちゃんは割と弥生のこと雑に扱っているし、本命には見えないんだけど……?)」
蛇石が1人でうんうん考えていることには気付かず、3人で帰り道を歩く。
ふと、視線を前に戻すと弥生が先を歩いていた。「わたし、一発殴らないと気が済まないわ……」と腕まくりをする卯乃と「可愛い女の子が暴力しちゃ駄目!」と卯乃を羽交い締めして弥生から遠ざけていく蛇石。
「え? 卯乃? 蛇石くん?」
「離せえ! 殴らせろお!」
「ダメー! ウサギちゃん、また明日! 卯乃ちゃんは落ち着かせてから帰らせるね!」
「う、うん……?」
蛇石は急に態度も口調も変わった卯乃を制御するように視界から消えていった。なんだったのだろう……と呆然とし、再び先を歩いている弥生を見つめる。
苦手意識は今日の出来事で最大値になり、早く離れたい……はずなのに。
(どうして、捨てたんだろう)
そんな疑問が頭をよぎり、その背中を見つめる。弥生は帰路の途中にあるコンビニに入っていった。
僕は駆け足で追いかけて、コンビニに入って弥生を追いかける。
弥生は学校の購買で買っていたような焼きそばパンを手に取りレジに向かっていく。ずっと同じものを食べているのかな……と見つめていれば、会計し終えた弥生が出口に歩いてきて、突っ立っていた僕とバチッと目が合う。
2度と現れるなって言われたのに。
殴られる……と思ったが、弥生は舌打ちをするだけで、そのままコンビニを出て家に帰っていく。
「ぁ、の……弥生……クン!」
慌てて追いかけ、大きな背中に声をかける。振り返ってはくれないけど、立ち止まってはくれた。
「……ずっと、同じもの食べてるの?」
「なんだよ。いいだろ別に。関係ない」
「そ、なんだけど……。たまには、別のパンにする、とか……サラダも一緒に買う、とか……どうかな」
「急に出しゃばってきて、うざいんだけど。つか、何? 殴られたいの?」
弥生が振り返って、睨み付けられる。怖かった。でも、伝えたいことがあった。深呼吸して、両手をぎゅっと握りしめて。
「パン1個だけじゃお腹、満たせないと思う……ずっとこの調子じゃ、体力持たないよ。……夜も朝も昼も、パンなの? ご両親は?」
「……金だけ渡されて、どっちも家に帰って来ない」
「そっか……ほぼ1人暮らしなんだ……寂しいね」
「別に。てか、もういい? 話しかけんな」
今度こそ去っていく弥生。
苦手なはずなのに、気になる。
手作りの弁当を捨てた酷い人なのに、理由が気になってしまう。
「……あの!」
僕はもう一度声をかける。
「……夜ご飯、作らせてもらえない?」
*
『卯乃、用事できたから帰り遅くなるね。夜ご飯は冷蔵庫に用意してあるおかずを電子レンジで温めて食べて』
卯乃は怒ったら中々気持ちがおさまらない。未だに蛇石が宥めているかもしれないと少々申し訳なく思いながら帰りが遅くなることを連絡した。
弥生の家に向かう前にスーパーに寄り、必要な食材を購入しいかにも高級マンションを目の前にして慄く。弥生について行き、玄関のドアを開けてもらい「お、お邪魔します……」と入り込む。
当然誰もおらず、部屋は夕日が沈む頃なので薄暗かった。電気をつけ、ズカズカと歩いていく弥生にまたついていき……右に顔を向けると、長い間使われていなさそうなキッチンを目にする。
「新居みたいだね……借りるね?」
「建前とか、いいから」
「へ?」
キッチンに向かう僕の肩を掴んで振り向かせる弥生は……そのまま僕の顎を掴んで上に向けると、有無を言わさずにキスをしてきた。
もう一度言う。キスだ。
(え……え?)
唇が離れる。何も言えずに固まっていれば何度も何度も唇を食まれていく。
(僕のファーストキス……!)
「な……何すんだよッ!」
ドン、と強く胸を押して離れると弥生は「お前だってそれが目的で俺の家にきたんだろ?」と淡々と言う。
「……それ……って?」
「俺と関係持ちたいんだろ、さっさと済ませるぞ」
「……。……? ……はぁっ⁉︎」
僕が、いつ。
そんなことを言った⁉︎
「僕は今日夕食を作りにきただけですが⁉︎」
「あ? そんなこと言いながらあわよくば狙ってたんだろ。だってお前、見るからにノリ軽そうな見た目だし」
鼻で笑われる。
……ムカつく、ムカつく、ムカつく!
大人しい見た目だと弥生みたいな奴にちょっかいかけられるのが嫌で敢えてチャラ男風にしてたのに、この見た目でも色々言われるなんて! というか、僕の善意を捻じ曲げられた気分で最悪なんだけど!
「目の前で! 見てただろ⁉︎ 僕がスーパーに寄って野菜買ってたところ!」
「建前の割にしっかりしてるなって」
「建前じゃないから! 夕食作りにきたんだから!」
「え。じゃあ邪魔だから帰ってくれない?」
「は……はぁ〜〜〜ッ⁉︎」
腹立つ、腹立つ、腹立つ!
こんな適当に一線超えるなんてごめんだ。少なくとも僕のモットーにはそぐわない。帰れと言われてしまったが、食材は揃ってしまっている。
「……弥生クンは、リビングで待ってて。キッチン借りるから。あ、入ってこないで。体触るの禁止ね」
「おい。ここは俺の家なんだが」
「でもキッチンは、作る人の空間だから。しっしっ」
手で払い退ける仕草をすれば、弥生は少し目を丸くして僕を見た。その後「勝手にしろよ」とリビングに向かい、ソファーに横になった。
「……よし」
弥生の家にはお米だけはあった。手を洗ってから、1合……いや、念のために2合を炊くことにし、炊飯器のスイッチを押す。
制服を汚さないように極力腕まくりをした時……「ん」と弥生から何かを手渡される。
「何?」
「……一度も使ってないエプロン」
「……ふは、使ってないって」
弥生は本当に料理をしないようだった。どこかに仕舞っていた保存状態の良いエプロンを受け取り、紐をクロス状に通して腰で結ぶ。
「へぇ……後ろで結べるの」
「朝飯前だよ、こんなの」
「は? 何お前、料理してんの」
「してるから、夕食作りにきたんだよ。そのうち栄養足りなくて倒れそうだし。あ、無理してないよ。いつも妹の卯乃のために毎日してることだから」
「卯乃……」
妹を知っているようだった。しかし苦虫を噛み潰したような顔になり、2人はどんな関係なのだろうと疑問に思う。お弁当作戦は失敗に終わったが、卯乃は本当に弥生のことが好きなのだろうか。
「何作るの」
「出来上がってからの、お楽しみ。待ってて」
まな板と包丁を取り出して、早速野菜を微塵切りにしていく。リビングでのんびりしていても良いのに、弥生は少し離れたところからずっと僕の作業を見つめていた。
(少しだけ、緊張するな……)
極力普段通りを心がけ、次第に弥生の存在を忘れて鼻歌を口遊みながら仕上げ工程に入っていく。
炊き立ての白米を色んな具材と混ぜケチャップ味にしていると、隣で大きくお腹が鳴った。
弥生が、いつの間にか隣にいて僕の手元にあるものを凝視していた。初めて母の手料理を見る小さな子どものようだった。
「もう少しだけ、待ってて」
子どもっぽい料理かと思ったけど、大成功かもしれない。
*
「はい、お待たせ」
椅子に座った弥生の目の前りたてのオムライスを差し出す。綺麗に包み込めて、良い感じだ。隣にはオニオンスープ。弥生にケチャップを持たせ「好きなの描きな」と促す。
「描く、とは」
「え? オムライスの上にケチャップで文字とか、絵とか……描かない?」
「……やったことない。どうすれば良いのかわからない」
「……弥生、クン。あんまり家族との思い出ない……?」
「住む場所と金は与えてくれるが、ほとんど家には帰って来ない。……手作りのご飯は、食べたことない」
「……貸して。じゃあ、今日は僕が代わりに描くね。んーと……」
何を描こう。ウサギとか、星とか? 花丸……は?
(……ええい、なるようになれ!)
頭に浮かんだ形をそのままオムライスに表していく。
「……ハート?」
「……。……ま、こんな感じに落書きするから、みんな」
「……ハート……」
「ああもう、冷めないうちに食べて!」
スプーンを手に取りそのままがっつこうとしたので「手を合わせて『いただきます』だよ」とストップをかける。少々めんどくさそうにしながらも、ヤンキーらしからぬ聞き分けの良さで手を合わせて「いただきます」と頭を下げてから、弥生はオムライスを口に含む。
もぐもぐと口が動き……そして目を見開いて、ゴクンと飲み込む。しばらくオムライスを見つめ……段々と目がこちらに向く。
「……。……うまい」
「そ⁉︎ よかった〜! 嬉しい!」
昨日捨てられたハンバーグたちが成仏した気分だった。
弥生は黙々とオムライスを食べていき、オニオンスープもゴクゴクと勢いよく飲んでいく。
「鍋にスープのおかわりあるから、焦んなって」
「……こんなに、美味いもん初めて」
「大袈裟だなあ」
ずっと焼きそばパンだったから。久々の手料理が温かいのかもしれない。作ってよかった。
弥生が頬を染めて僕の料理をたくさん食べてくれる姿をずっと見ていられる。頬杖をついて眺めていれば、視線に気づいた弥生が気まずそうに「見んなよ」と呟いた。
「へへぇ。ごめん。気持ちよくて」
「気持ちいい?」
「うん。こんなに美味しそうに食べてくれるの、ありがたいなって」
卯乃もいつも「美味しい!」と食べてくれる。でも弥生は新鮮だった。
これからも彼のために作り続けていきたい……なんて。何を考えているんだろう、僕。
でも、こんなに食べてくれる弥生が、昨日はお弁当の中身を捨てたことが不思議だった。
……だから、尋ねてみる。
「……昨日。お弁当の中身捨てたのはどうして?」
「誰が作ったのかわからない料理なんて気色悪いだろ」
「……作った人は、丹精込めていたと思うけどな」
作ったの僕だし。
「関係ない。中に何が入ってるかわかったもんじゃねぇし」
「……そんな、毒とか……弥生クンを好きな人は入れないと思うよ」
「毒なら可愛いもんだろ」
「え?」
「……相手の体液とか、髪の毛とか血液とか。……知らないうちに食べさせられてるのが、1番気持ち悪くて……怖い」
弥生は、ただ酷い人ではなかった。
過去に、きっと怖い思いをしたことがあるから、誰が作ったものかわからない料理は口にしない。ただそれだけだった。
「そっか……そうだったんだ……ごめん。僕、そこまで想像出来てなくて……」
「別にお前が悪いわけじゃねえ。てか、お前に弁当渡しに行けとパシリしたのは誰?」
「ゔ……」
それは……言えない。というか、卯乃が弥生を好きなのかどうかも怪しい。……となると、僕が勝手に作って渡してることになる……?
(卯乃はどうして弥生に僕の弁当を食べてもらうように仕向けたんだ……?)
「言えない相手なのか? ……そういうことをしそうな相手なのか?」
そういうこと。
異物混入させる人。
僕だからそんなことはしない。でも、弥生にはわからないから、疑わしいものは絶対口にしない。
「……僕から、言っておくよ……弥生クンは、手料理が苦手だって」
「ああ……頼む」
「……? でも、僕が今作ったオムライスは平らげたね」
完食した皿を見つめながら呟けば、弥生は「ああ」と満足そうに欠伸してお腹を摩った。
「目の前で、お前が作ってるの見てたしな。何も怪しいものが入ってないのは知ってるし」
逆手を取ると。
弥生は、目の前で作った手料理なら食べてくれるということだ。
「……弥生くん。また明日、夕食作りにきてもいい?」
僕の青春の1ページが、開いた気がした。
「こんちは〜、ウサギちゃんの妹〜」
卯乃は蛇石を見ると嫌そうに顔を顰めた。ヤンキー苦手なはずなのに、弥生を好きだと言うから不思議だ。
「卯乃。ごめん……弁当駄目だったよ」
「(弥生を好きな人ってウサギちゃんの妹だったのか……納得)」
「……食べなかったの?」
「……ゴミ箱に捨てられちゃって」
「……。……はぁっ⁉︎」
怒声を含む叫びに肩を跳ねさせながら「うん、気持ち悪いって……」と理由を言えば、背後から背中を蹴られたような衝撃を思い出してしまい再び瞼が熱くなる。
「あの野郎……わざわざお兄ちゃんと会わせてあげたって言うのに……」
「卯乃? どうしたの?」
「ううん、なんでもない! じゃあ、このことはなかったことにしよ! お兄ちゃん、お弁当作ってくれたのにごめんね……」
「ううん。卯乃の力になれなくてこちらこそごめん」
「いいのよあんな奴……サイテー男だって気付けてよかった。もうお兄ちゃんには近づけさせないから」
「卯乃?」
「ううん、なんでもない! 帰ろっか!」
「(……んんん? 卯乃ちゃんは割と弥生のこと雑に扱っているし、本命には見えないんだけど……?)」
蛇石が1人でうんうん考えていることには気付かず、3人で帰り道を歩く。
ふと、視線を前に戻すと弥生が先を歩いていた。「わたし、一発殴らないと気が済まないわ……」と腕まくりをする卯乃と「可愛い女の子が暴力しちゃ駄目!」と卯乃を羽交い締めして弥生から遠ざけていく蛇石。
「え? 卯乃? 蛇石くん?」
「離せえ! 殴らせろお!」
「ダメー! ウサギちゃん、また明日! 卯乃ちゃんは落ち着かせてから帰らせるね!」
「う、うん……?」
蛇石は急に態度も口調も変わった卯乃を制御するように視界から消えていった。なんだったのだろう……と呆然とし、再び先を歩いている弥生を見つめる。
苦手意識は今日の出来事で最大値になり、早く離れたい……はずなのに。
(どうして、捨てたんだろう)
そんな疑問が頭をよぎり、その背中を見つめる。弥生は帰路の途中にあるコンビニに入っていった。
僕は駆け足で追いかけて、コンビニに入って弥生を追いかける。
弥生は学校の購買で買っていたような焼きそばパンを手に取りレジに向かっていく。ずっと同じものを食べているのかな……と見つめていれば、会計し終えた弥生が出口に歩いてきて、突っ立っていた僕とバチッと目が合う。
2度と現れるなって言われたのに。
殴られる……と思ったが、弥生は舌打ちをするだけで、そのままコンビニを出て家に帰っていく。
「ぁ、の……弥生……クン!」
慌てて追いかけ、大きな背中に声をかける。振り返ってはくれないけど、立ち止まってはくれた。
「……ずっと、同じもの食べてるの?」
「なんだよ。いいだろ別に。関係ない」
「そ、なんだけど……。たまには、別のパンにする、とか……サラダも一緒に買う、とか……どうかな」
「急に出しゃばってきて、うざいんだけど。つか、何? 殴られたいの?」
弥生が振り返って、睨み付けられる。怖かった。でも、伝えたいことがあった。深呼吸して、両手をぎゅっと握りしめて。
「パン1個だけじゃお腹、満たせないと思う……ずっとこの調子じゃ、体力持たないよ。……夜も朝も昼も、パンなの? ご両親は?」
「……金だけ渡されて、どっちも家に帰って来ない」
「そっか……ほぼ1人暮らしなんだ……寂しいね」
「別に。てか、もういい? 話しかけんな」
今度こそ去っていく弥生。
苦手なはずなのに、気になる。
手作りの弁当を捨てた酷い人なのに、理由が気になってしまう。
「……あの!」
僕はもう一度声をかける。
「……夜ご飯、作らせてもらえない?」
*
『卯乃、用事できたから帰り遅くなるね。夜ご飯は冷蔵庫に用意してあるおかずを電子レンジで温めて食べて』
卯乃は怒ったら中々気持ちがおさまらない。未だに蛇石が宥めているかもしれないと少々申し訳なく思いながら帰りが遅くなることを連絡した。
弥生の家に向かう前にスーパーに寄り、必要な食材を購入しいかにも高級マンションを目の前にして慄く。弥生について行き、玄関のドアを開けてもらい「お、お邪魔します……」と入り込む。
当然誰もおらず、部屋は夕日が沈む頃なので薄暗かった。電気をつけ、ズカズカと歩いていく弥生にまたついていき……右に顔を向けると、長い間使われていなさそうなキッチンを目にする。
「新居みたいだね……借りるね?」
「建前とか、いいから」
「へ?」
キッチンに向かう僕の肩を掴んで振り向かせる弥生は……そのまま僕の顎を掴んで上に向けると、有無を言わさずにキスをしてきた。
もう一度言う。キスだ。
(え……え?)
唇が離れる。何も言えずに固まっていれば何度も何度も唇を食まれていく。
(僕のファーストキス……!)
「な……何すんだよッ!」
ドン、と強く胸を押して離れると弥生は「お前だってそれが目的で俺の家にきたんだろ?」と淡々と言う。
「……それ……って?」
「俺と関係持ちたいんだろ、さっさと済ませるぞ」
「……。……? ……はぁっ⁉︎」
僕が、いつ。
そんなことを言った⁉︎
「僕は今日夕食を作りにきただけですが⁉︎」
「あ? そんなこと言いながらあわよくば狙ってたんだろ。だってお前、見るからにノリ軽そうな見た目だし」
鼻で笑われる。
……ムカつく、ムカつく、ムカつく!
大人しい見た目だと弥生みたいな奴にちょっかいかけられるのが嫌で敢えてチャラ男風にしてたのに、この見た目でも色々言われるなんて! というか、僕の善意を捻じ曲げられた気分で最悪なんだけど!
「目の前で! 見てただろ⁉︎ 僕がスーパーに寄って野菜買ってたところ!」
「建前の割にしっかりしてるなって」
「建前じゃないから! 夕食作りにきたんだから!」
「え。じゃあ邪魔だから帰ってくれない?」
「は……はぁ〜〜〜ッ⁉︎」
腹立つ、腹立つ、腹立つ!
こんな適当に一線超えるなんてごめんだ。少なくとも僕のモットーにはそぐわない。帰れと言われてしまったが、食材は揃ってしまっている。
「……弥生クンは、リビングで待ってて。キッチン借りるから。あ、入ってこないで。体触るの禁止ね」
「おい。ここは俺の家なんだが」
「でもキッチンは、作る人の空間だから。しっしっ」
手で払い退ける仕草をすれば、弥生は少し目を丸くして僕を見た。その後「勝手にしろよ」とリビングに向かい、ソファーに横になった。
「……よし」
弥生の家にはお米だけはあった。手を洗ってから、1合……いや、念のために2合を炊くことにし、炊飯器のスイッチを押す。
制服を汚さないように極力腕まくりをした時……「ん」と弥生から何かを手渡される。
「何?」
「……一度も使ってないエプロン」
「……ふは、使ってないって」
弥生は本当に料理をしないようだった。どこかに仕舞っていた保存状態の良いエプロンを受け取り、紐をクロス状に通して腰で結ぶ。
「へぇ……後ろで結べるの」
「朝飯前だよ、こんなの」
「は? 何お前、料理してんの」
「してるから、夕食作りにきたんだよ。そのうち栄養足りなくて倒れそうだし。あ、無理してないよ。いつも妹の卯乃のために毎日してることだから」
「卯乃……」
妹を知っているようだった。しかし苦虫を噛み潰したような顔になり、2人はどんな関係なのだろうと疑問に思う。お弁当作戦は失敗に終わったが、卯乃は本当に弥生のことが好きなのだろうか。
「何作るの」
「出来上がってからの、お楽しみ。待ってて」
まな板と包丁を取り出して、早速野菜を微塵切りにしていく。リビングでのんびりしていても良いのに、弥生は少し離れたところからずっと僕の作業を見つめていた。
(少しだけ、緊張するな……)
極力普段通りを心がけ、次第に弥生の存在を忘れて鼻歌を口遊みながら仕上げ工程に入っていく。
炊き立ての白米を色んな具材と混ぜケチャップ味にしていると、隣で大きくお腹が鳴った。
弥生が、いつの間にか隣にいて僕の手元にあるものを凝視していた。初めて母の手料理を見る小さな子どものようだった。
「もう少しだけ、待ってて」
子どもっぽい料理かと思ったけど、大成功かもしれない。
*
「はい、お待たせ」
椅子に座った弥生の目の前りたてのオムライスを差し出す。綺麗に包み込めて、良い感じだ。隣にはオニオンスープ。弥生にケチャップを持たせ「好きなの描きな」と促す。
「描く、とは」
「え? オムライスの上にケチャップで文字とか、絵とか……描かない?」
「……やったことない。どうすれば良いのかわからない」
「……弥生、クン。あんまり家族との思い出ない……?」
「住む場所と金は与えてくれるが、ほとんど家には帰って来ない。……手作りのご飯は、食べたことない」
「……貸して。じゃあ、今日は僕が代わりに描くね。んーと……」
何を描こう。ウサギとか、星とか? 花丸……は?
(……ええい、なるようになれ!)
頭に浮かんだ形をそのままオムライスに表していく。
「……ハート?」
「……。……ま、こんな感じに落書きするから、みんな」
「……ハート……」
「ああもう、冷めないうちに食べて!」
スプーンを手に取りそのままがっつこうとしたので「手を合わせて『いただきます』だよ」とストップをかける。少々めんどくさそうにしながらも、ヤンキーらしからぬ聞き分けの良さで手を合わせて「いただきます」と頭を下げてから、弥生はオムライスを口に含む。
もぐもぐと口が動き……そして目を見開いて、ゴクンと飲み込む。しばらくオムライスを見つめ……段々と目がこちらに向く。
「……。……うまい」
「そ⁉︎ よかった〜! 嬉しい!」
昨日捨てられたハンバーグたちが成仏した気分だった。
弥生は黙々とオムライスを食べていき、オニオンスープもゴクゴクと勢いよく飲んでいく。
「鍋にスープのおかわりあるから、焦んなって」
「……こんなに、美味いもん初めて」
「大袈裟だなあ」
ずっと焼きそばパンだったから。久々の手料理が温かいのかもしれない。作ってよかった。
弥生が頬を染めて僕の料理をたくさん食べてくれる姿をずっと見ていられる。頬杖をついて眺めていれば、視線に気づいた弥生が気まずそうに「見んなよ」と呟いた。
「へへぇ。ごめん。気持ちよくて」
「気持ちいい?」
「うん。こんなに美味しそうに食べてくれるの、ありがたいなって」
卯乃もいつも「美味しい!」と食べてくれる。でも弥生は新鮮だった。
これからも彼のために作り続けていきたい……なんて。何を考えているんだろう、僕。
でも、こんなに食べてくれる弥生が、昨日はお弁当の中身を捨てたことが不思議だった。
……だから、尋ねてみる。
「……昨日。お弁当の中身捨てたのはどうして?」
「誰が作ったのかわからない料理なんて気色悪いだろ」
「……作った人は、丹精込めていたと思うけどな」
作ったの僕だし。
「関係ない。中に何が入ってるかわかったもんじゃねぇし」
「……そんな、毒とか……弥生クンを好きな人は入れないと思うよ」
「毒なら可愛いもんだろ」
「え?」
「……相手の体液とか、髪の毛とか血液とか。……知らないうちに食べさせられてるのが、1番気持ち悪くて……怖い」
弥生は、ただ酷い人ではなかった。
過去に、きっと怖い思いをしたことがあるから、誰が作ったものかわからない料理は口にしない。ただそれだけだった。
「そっか……そうだったんだ……ごめん。僕、そこまで想像出来てなくて……」
「別にお前が悪いわけじゃねえ。てか、お前に弁当渡しに行けとパシリしたのは誰?」
「ゔ……」
それは……言えない。というか、卯乃が弥生を好きなのかどうかも怪しい。……となると、僕が勝手に作って渡してることになる……?
(卯乃はどうして弥生に僕の弁当を食べてもらうように仕向けたんだ……?)
「言えない相手なのか? ……そういうことをしそうな相手なのか?」
そういうこと。
異物混入させる人。
僕だからそんなことはしない。でも、弥生にはわからないから、疑わしいものは絶対口にしない。
「……僕から、言っておくよ……弥生クンは、手料理が苦手だって」
「ああ……頼む」
「……? でも、僕が今作ったオムライスは平らげたね」
完食した皿を見つめながら呟けば、弥生は「ああ」と満足そうに欠伸してお腹を摩った。
「目の前で、お前が作ってるの見てたしな。何も怪しいものが入ってないのは知ってるし」
逆手を取ると。
弥生は、目の前で作った手料理なら食べてくれるということだ。
「……弥生くん。また明日、夕食作りにきてもいい?」
僕の青春の1ページが、開いた気がした。



