「お兄ちゃん……お願いがあるんだけど……」
二卵性として生まれた双子の妹。
名前は卯乃。長い黒髪をツインテールにして、上目遣いで僕を見上げてくる。少し前までは同じ身長だったのに、僕の方がいつの間にか大きくなってしまった。
双子だけど「お兄ちゃん」呼びなのは、僕が少しだけ先に生まれたから。双子だけど、日付は跨いでいるから1日違い。
父は海外、母は夜勤のため家にはいない。
妹のために朝早起きして昼の弁当を作っていれば、卯乃が僕の元へやってきた。
「どうしたの?」
「あのね……明日から、弁当を3人分作ってほしくて……」
「いいけど……どうして?」
尋ねると、卯乃は目を逸らしてモジモジしている。なんだ?
「あー……わたしの? 気になる人? に? ……お弁当渡したくて……」
「……卯乃、彼氏いるの⁉︎」
「ま、まだ! 気になるだけというか!」
お兄ちゃん聞いてない。
でも、可愛い妹の卯乃だ。モテるに決まっている。
弁当の具材を詰め込んでいる最中だというのも忘れて「相手は⁉︎」と聞くと……「多分、聞かない方がいいかも」と卯乃は言う。
「なんだよ。お兄ちゃんに紹介出来ない相手なのか? それは……心配だぞ」
「そうじゃないけど……お兄ちゃんは、多分苦手な人」
「え?」
僕に苦手な人なんて……と考え『退けよ、邪魔だな』と僕を押し退けてきたウンザリ顔のアイツが浮かんできた。
「……まさか……アイツ、じゃないよね……?」
「そのアイツだよ、お兄ちゃん……」
ああ、卯乃よ。
どうしてキミはこんなにいい子なのに、あんな奴を好きになってしまったんだ?
僕から目を逸らし気まずそうにする卯乃を見ながら、膝から崩れ落ちる。
「……お兄ちゃんは認めないぞ……」
「お弁当作ってくれるだけでいいから」
卯乃の兄である僕……卯月。
色々複雑だけれど、妹のために頑張ります。
【好きな人の笑顔が見られるなら、毎日弁当作るのも苦ではありません】
僕と卯乃は二卵性の双子だけど、数秒の差で1日違いで生まれた。
僕は4月1日。
卯乃は4月2日。
そうである。学年が違うのである。
高校1年生の頃は学食内にあるコンビニで昼食を充していたけれど、卯乃が入ってくる頃には「栄養行き届いた料理にしないと! 卯乃の艶やかな黒髪をパサつかせるわけにはいかない! 肌を荒れさせるわけにはいかない!」と家で料理をするようになり……僕には性が合うのか、6月まで毎日欠かさず作っていた。
僕の通う高校は規則が緩いので髪も染め放題。僕も黒髪から茶髪になってチャラ男デビュー……して1年経ったつもりだったが、今はその見た目で毎朝せっせと弁当を作ってる。友人には驚かれたが「可愛い妹がいるんだ」と一緒に写っている写真を見せると目がハートになっていた。あげないよ。
見た目がチャラくなった僕が言うのもなんだけど、卯乃に合った正統派な彼氏ができると思っていたから。
(卯乃が……あんな奴を好きになるなんて……)
気持ちが沈んだまま登校する。卯乃は弁当を鞄の中に入れると「行ってきます!」と先に学校へ向かってしまった。
きっと好きな彼の元へ向かうのだろう。
僕の苦手な人。
そう……弥生だ。
チャラ男というか、ヤンキーに近い。
前に弁当を広げて食べていたら弥生がよそ見して机にぶつかり、弁当がひっくり返ってしまったのだった。
『退けよ、邪魔だな』
謝りもせず去ってしまったことを思い出し、また嫌な気持ちを思い出してしまった。
(弁当作りには、アイツの好みの食べ物を入れないと……卯乃に連絡してみるか)
歩いていた足を止め、弥生の元へ向かっているであろう卯乃に『アイツの好きな食べ物聞いておいて』と送信すれば、すぐに『お兄ちゃん調べて!』と返ってくる。
(なんで?)
妹の恋を応援するとは言った。
恋を成就させるためにお弁当を代わりに作るのも……まあ許した。
しかし、好きな食べ物を事前に聞くというのはせめて妹の役割なのではないだろうか。
少々腹が立ち『意味がわからない。そもそも僕アイツ嫌いだし。それくらい卯乃がやってよ』と指を高速でスライドさせて再び送信。
校門にたどり着いた時に、卯乃から返信。
『弥生くんはいつも屋上でご飯食べてるから!』
これは。わざわざ昼に僕が屋上へ行って下調べしてこいということか。
「は、はぁ〜〜〜⁉︎」
流石にお兄ちゃん怒るぞ。
……となったものの。なんだかんだで妹に甘い僕は、昼休憩に屋上へ向かう。いつメンの友人と弁当食べる用事をわざわざ潰して、だ!
(健気なお兄ちゃんに感謝しろよな、卯乃……!)
心の中で少し毒吐きながら。
卯乃の言葉通りに屋上で購買で買った焼きそばパンを1人で食べている弥生がいた。
(なんて声かけるんだよ……『好きな食べ物は何ですか』って直球で聞く? てか卯乃はなんでいない?)
卯乃の姿はどこにも見当たらない。
「あれ〜ウサギちゃんじゃ〜ん!」
「げ」
階段から弥生の様子を見していれば突然肩を組まれる。隣を見ると弥生といつも連んでいる蛇石がいた。ギョロギョロした蛇のような目、口元にピアス、カチューシャでオールバックにしている赤髪……僕だって見た目は茶髪でチャラ男風だが、ヤンキーではない。
別に黒髪のままでもよかったけど、大人しい見た目だと色々厄介なことになるから自衛として染めてるだけで……ヤンキーと初めて関わることになってしまった僕は蛇石に「ウサギちゃん」と言われたように正直心の中では震え上がってしまっていた。
「ノコノコ俺らの陣地に入り込んで。この時間は俺らのシマなの。わかる?」
「(仰る通りです、ぶっちゃけ帰りたい!)……は、はは……すみません」
「弥生〜、なんか変なのきた〜。タイマンしたいって〜」
「……⁉︎」
いやいやいや! 何変なこと言ってんの⁉︎
「……あ?」
ギロ、と猛禽類のような鋭い目がこちらに向く。鷹に捕えられた兎のように震えながら、意を決して彼の元へ向かうと、後ろから面白半分で蛇石もいてきた。
ええい、なるようになれ!
「……弥生、クン……の、好きな食べ物って……何?」
「……」
弥生はしばらくこちらを見た後、興味なさそうに目を逸らし焼きそばパンに再び齧り付く。
「えっと、あの……? 質問、してるんだけど……」
弥生からの返事はない。しまいにはスマホを目の前で操作される。僕の存在がないようにされている。
「弥生はぁ〜、ハンバーグとかだし巻き卵とか好きだよ〜。案外子どもっぽくて可愛いよね〜?」
僕の背後にいる蛇石が代わりに答えてくれた。
「そ、そうなんだ。いつもここで食べているの?」
「いや、昨日までは日陰の多い体育館裏だったんだけど、弥生がタイマンに負けちゃってさ〜……見事に背負い投げされちゃったね〜? プークスクス」
あまり揶揄わないでよ蛇石くん……弥生クンの睨みが怖いんだ……と心の中で訴える。昨日タイマンに負けたらしい弥生は、確かに背中を痛そうに摩っていた。
「あ、ありがとう。じゃ僕はこれで……」と踵を返せば「おい」と低い声。弥生のものだ。
ロボットのようにガクガクと振り返ると、弥生はまた獲物を捕えるような鋭い目で僕を睨んでいる。
「……もう2度と来るな」
……なんか、とても嫌われている。
そもそも卯乃の好きな人じゃなかったら、僕は関わりなんて一切持たない人だ。
(頼まれなくても、もう来ないよ! ば、ばーか!)
心の中で叫んで、一目散に屋上を後にする。
あとは翌朝3人分の弁当を作って、卯乃に渡すだけだ。
*
「お兄ちゃん、今日もお弁当ありがと! 行ってきます!」
「ちょ、ちょい待ち! 弥生クンの弁当……! 忘れてる!」
一足先に学校へ向かう卯乃に弥生専用の弁当を渡そうとするも、卯乃は「あー……」と目を逸らしたあと「言いづらいんだけど」と前置きしてから、僕に言う。
「お兄ちゃん、渡してきてくれない⁉︎」
「……はぁっ⁉︎ なんで! 僕が⁉︎」
「お願い! あ、わたしが作った……って嘘吐かなくていいからね!」
「あ、卯乃!」
解決しないまま、卯乃は玄関のドアを閉じてしまった。
「ど、どういうことなんだ……?」
昨日、屋上には2度と来るなと言われてしまったのに。今度こそ殴られるかもしれない。
(……でも、せっかく作ったから)
弥生専用の弁当の中には、昨日蛇石が教えてくれた好物のハンバーグとだし巻き卵が入っている。
*
「あれ〜? ウサギちゃんじゃ〜ん」
「お、お邪魔します……」
昨日の今日で屋上へ向かえば、既に蛇石と弥生がいた。蛇石に手を振られペコリと頭を下げながら近くへ行けば、弥生にまたガン飛ばされる。
「何々〜どうしたの〜?」
蛇石に質問され、僕はゴクリと生唾を飲み込んで「あの、これ……」と弁当を差し出す。
「言えないけど、ある人に頼まれて……弥生クンに、渡してきてって、頼まれて……」
うん。嘘は言ってない。
僕が作ったことも隠して、卯乃に頼まれたことも隠した。
だから、弥生には好意でお弁当を作ってきた……ということだけが伝わる。はず。
「え〜弥生モテモテじゃ〜ん! 中身見てもいい?」
蛇石に頼まれ、お弁当を包んだランチクロスを広げ、中身をパカッと開ける。
「うわ〜! 弥生の好物のハンバーグとだし巻き卵じゃん〜! 美味しそ〜!」
蛇石に褒められ「へへ」と顔が緩みそうになり慌てて顔中の筋肉を引き締める。僕はただ渡す人だから。
「ウサギちゃん、だから昨日弥生の好物を聞いてきたんだ〜、弥生を好きな人を手伝うために」
「……うん。そんな感じ」
「え、俺1個食べていい?」
蛇石に聞かれ、1番初めは弥生の反応が見たかったが数はあるので「いいよ」と頷けば「いただきまーす!」と案外行儀良く手を合わせてからだし巻き卵に蛇石の手が伸びる。
「おい、食うな」
弥生が、蛇石を止める。そのまま弁当箱を持ち、階段を下って校舎に戻っていく。
僕と蛇石は「?」と顔を見合わせ、気になったのでついていくと……弥生は近くにあるゴミ箱におかずを全部ひっくり返して捨てていた。
「……え」
なんで?
呆然と立ち尽くしていれば「お前! 何してんだよ! 勿体ないだろ!」と弥生の胸ぐらを掴む蛇石がいた。
「美味しそうだったのに!」
「関係ねえ。誰が作ったのかわからない食べ物なんか、気持ち悪い。毒でも入ってたらどうすんだよ」
蛇石を押し退け、弥生は僕の元へ来る。真正面に立ち、空になった弁当箱を押し付け、僕を睨み付けて。
「いいか。余計なことするんじゃねえ。2度とそのツラ見せんな」
それだけ言って、弥生は廊下を歩いていく。
「なんだよ、アイツ……ウサギちゃんごめん、弥生好きな子には手作りはNGだって伝えて……、ウサギちゃん? ウサギ、ちゃん……どうした、びっくりしちゃった? な、泣くなよお……俺可愛い子の涙に弱いんだよ……あ〜〜〜! 弥生腹立つ〜〜〜! 可愛い子泣かせんなよお!」
蛇石に背中を摩られ、僕は泣いてしまったのだと気づく。僕が作った弁当。でも弥生はそんなこと知らない。だから、平気で捨てる。手作りは気持ち悪いから。
「う、く……ひっ……く……」
「ウサギちゃん……なんでそんなに悲しく泣くの……弁当ただ渡しただけなのに……。……? あ、そういう? そういうこと⁉︎ あの手作り弁当ウサギちゃん作ったの⁉︎」
蛇石の名推理に、コクコク頷けば「マジか〜〜〜……あの野郎……」と額に手を当て低く唸り「マジ、ごめん」と頭を下げられる。
「弥生には、俺から言っておく。ウサギちゃんが作ったってわかってたら、絶対捨てなかったと思うから」
ヤンキーって、怖いと思ったのに。
意外と硬派な人間なのかな。
でも、このまま勘違いさせたままの方がいいかも。僕を嫌いなまま、卯乃のことを好きになってくれたら。
だから首を振って蛇石には「何も言わないで」と口止めする。
「弁当作ったのは僕だけど……弥生クンを好きな人に頼まれて、渡すように言われて……」
卯乃に頼まれたことを改めて蛇石に説明しても、卯乃のやりたいことがいまいち分からず首を傾げる。
「ん? どういうこと?」
蛇石もよくわかっていないようだった。
2人で首を傾げ、卯乃のやっていることはめちゃくちゃだということがわかり……放課後、僕は卯乃を呼び出して蛇石も含めた3人で緊急会議することになった。
二卵性として生まれた双子の妹。
名前は卯乃。長い黒髪をツインテールにして、上目遣いで僕を見上げてくる。少し前までは同じ身長だったのに、僕の方がいつの間にか大きくなってしまった。
双子だけど「お兄ちゃん」呼びなのは、僕が少しだけ先に生まれたから。双子だけど、日付は跨いでいるから1日違い。
父は海外、母は夜勤のため家にはいない。
妹のために朝早起きして昼の弁当を作っていれば、卯乃が僕の元へやってきた。
「どうしたの?」
「あのね……明日から、弁当を3人分作ってほしくて……」
「いいけど……どうして?」
尋ねると、卯乃は目を逸らしてモジモジしている。なんだ?
「あー……わたしの? 気になる人? に? ……お弁当渡したくて……」
「……卯乃、彼氏いるの⁉︎」
「ま、まだ! 気になるだけというか!」
お兄ちゃん聞いてない。
でも、可愛い妹の卯乃だ。モテるに決まっている。
弁当の具材を詰め込んでいる最中だというのも忘れて「相手は⁉︎」と聞くと……「多分、聞かない方がいいかも」と卯乃は言う。
「なんだよ。お兄ちゃんに紹介出来ない相手なのか? それは……心配だぞ」
「そうじゃないけど……お兄ちゃんは、多分苦手な人」
「え?」
僕に苦手な人なんて……と考え『退けよ、邪魔だな』と僕を押し退けてきたウンザリ顔のアイツが浮かんできた。
「……まさか……アイツ、じゃないよね……?」
「そのアイツだよ、お兄ちゃん……」
ああ、卯乃よ。
どうしてキミはこんなにいい子なのに、あんな奴を好きになってしまったんだ?
僕から目を逸らし気まずそうにする卯乃を見ながら、膝から崩れ落ちる。
「……お兄ちゃんは認めないぞ……」
「お弁当作ってくれるだけでいいから」
卯乃の兄である僕……卯月。
色々複雑だけれど、妹のために頑張ります。
【好きな人の笑顔が見られるなら、毎日弁当作るのも苦ではありません】
僕と卯乃は二卵性の双子だけど、数秒の差で1日違いで生まれた。
僕は4月1日。
卯乃は4月2日。
そうである。学年が違うのである。
高校1年生の頃は学食内にあるコンビニで昼食を充していたけれど、卯乃が入ってくる頃には「栄養行き届いた料理にしないと! 卯乃の艶やかな黒髪をパサつかせるわけにはいかない! 肌を荒れさせるわけにはいかない!」と家で料理をするようになり……僕には性が合うのか、6月まで毎日欠かさず作っていた。
僕の通う高校は規則が緩いので髪も染め放題。僕も黒髪から茶髪になってチャラ男デビュー……して1年経ったつもりだったが、今はその見た目で毎朝せっせと弁当を作ってる。友人には驚かれたが「可愛い妹がいるんだ」と一緒に写っている写真を見せると目がハートになっていた。あげないよ。
見た目がチャラくなった僕が言うのもなんだけど、卯乃に合った正統派な彼氏ができると思っていたから。
(卯乃が……あんな奴を好きになるなんて……)
気持ちが沈んだまま登校する。卯乃は弁当を鞄の中に入れると「行ってきます!」と先に学校へ向かってしまった。
きっと好きな彼の元へ向かうのだろう。
僕の苦手な人。
そう……弥生だ。
チャラ男というか、ヤンキーに近い。
前に弁当を広げて食べていたら弥生がよそ見して机にぶつかり、弁当がひっくり返ってしまったのだった。
『退けよ、邪魔だな』
謝りもせず去ってしまったことを思い出し、また嫌な気持ちを思い出してしまった。
(弁当作りには、アイツの好みの食べ物を入れないと……卯乃に連絡してみるか)
歩いていた足を止め、弥生の元へ向かっているであろう卯乃に『アイツの好きな食べ物聞いておいて』と送信すれば、すぐに『お兄ちゃん調べて!』と返ってくる。
(なんで?)
妹の恋を応援するとは言った。
恋を成就させるためにお弁当を代わりに作るのも……まあ許した。
しかし、好きな食べ物を事前に聞くというのはせめて妹の役割なのではないだろうか。
少々腹が立ち『意味がわからない。そもそも僕アイツ嫌いだし。それくらい卯乃がやってよ』と指を高速でスライドさせて再び送信。
校門にたどり着いた時に、卯乃から返信。
『弥生くんはいつも屋上でご飯食べてるから!』
これは。わざわざ昼に僕が屋上へ行って下調べしてこいということか。
「は、はぁ〜〜〜⁉︎」
流石にお兄ちゃん怒るぞ。
……となったものの。なんだかんだで妹に甘い僕は、昼休憩に屋上へ向かう。いつメンの友人と弁当食べる用事をわざわざ潰して、だ!
(健気なお兄ちゃんに感謝しろよな、卯乃……!)
心の中で少し毒吐きながら。
卯乃の言葉通りに屋上で購買で買った焼きそばパンを1人で食べている弥生がいた。
(なんて声かけるんだよ……『好きな食べ物は何ですか』って直球で聞く? てか卯乃はなんでいない?)
卯乃の姿はどこにも見当たらない。
「あれ〜ウサギちゃんじゃ〜ん!」
「げ」
階段から弥生の様子を見していれば突然肩を組まれる。隣を見ると弥生といつも連んでいる蛇石がいた。ギョロギョロした蛇のような目、口元にピアス、カチューシャでオールバックにしている赤髪……僕だって見た目は茶髪でチャラ男風だが、ヤンキーではない。
別に黒髪のままでもよかったけど、大人しい見た目だと色々厄介なことになるから自衛として染めてるだけで……ヤンキーと初めて関わることになってしまった僕は蛇石に「ウサギちゃん」と言われたように正直心の中では震え上がってしまっていた。
「ノコノコ俺らの陣地に入り込んで。この時間は俺らのシマなの。わかる?」
「(仰る通りです、ぶっちゃけ帰りたい!)……は、はは……すみません」
「弥生〜、なんか変なのきた〜。タイマンしたいって〜」
「……⁉︎」
いやいやいや! 何変なこと言ってんの⁉︎
「……あ?」
ギロ、と猛禽類のような鋭い目がこちらに向く。鷹に捕えられた兎のように震えながら、意を決して彼の元へ向かうと、後ろから面白半分で蛇石もいてきた。
ええい、なるようになれ!
「……弥生、クン……の、好きな食べ物って……何?」
「……」
弥生はしばらくこちらを見た後、興味なさそうに目を逸らし焼きそばパンに再び齧り付く。
「えっと、あの……? 質問、してるんだけど……」
弥生からの返事はない。しまいにはスマホを目の前で操作される。僕の存在がないようにされている。
「弥生はぁ〜、ハンバーグとかだし巻き卵とか好きだよ〜。案外子どもっぽくて可愛いよね〜?」
僕の背後にいる蛇石が代わりに答えてくれた。
「そ、そうなんだ。いつもここで食べているの?」
「いや、昨日までは日陰の多い体育館裏だったんだけど、弥生がタイマンに負けちゃってさ〜……見事に背負い投げされちゃったね〜? プークスクス」
あまり揶揄わないでよ蛇石くん……弥生クンの睨みが怖いんだ……と心の中で訴える。昨日タイマンに負けたらしい弥生は、確かに背中を痛そうに摩っていた。
「あ、ありがとう。じゃ僕はこれで……」と踵を返せば「おい」と低い声。弥生のものだ。
ロボットのようにガクガクと振り返ると、弥生はまた獲物を捕えるような鋭い目で僕を睨んでいる。
「……もう2度と来るな」
……なんか、とても嫌われている。
そもそも卯乃の好きな人じゃなかったら、僕は関わりなんて一切持たない人だ。
(頼まれなくても、もう来ないよ! ば、ばーか!)
心の中で叫んで、一目散に屋上を後にする。
あとは翌朝3人分の弁当を作って、卯乃に渡すだけだ。
*
「お兄ちゃん、今日もお弁当ありがと! 行ってきます!」
「ちょ、ちょい待ち! 弥生クンの弁当……! 忘れてる!」
一足先に学校へ向かう卯乃に弥生専用の弁当を渡そうとするも、卯乃は「あー……」と目を逸らしたあと「言いづらいんだけど」と前置きしてから、僕に言う。
「お兄ちゃん、渡してきてくれない⁉︎」
「……はぁっ⁉︎ なんで! 僕が⁉︎」
「お願い! あ、わたしが作った……って嘘吐かなくていいからね!」
「あ、卯乃!」
解決しないまま、卯乃は玄関のドアを閉じてしまった。
「ど、どういうことなんだ……?」
昨日、屋上には2度と来るなと言われてしまったのに。今度こそ殴られるかもしれない。
(……でも、せっかく作ったから)
弥生専用の弁当の中には、昨日蛇石が教えてくれた好物のハンバーグとだし巻き卵が入っている。
*
「あれ〜? ウサギちゃんじゃ〜ん」
「お、お邪魔します……」
昨日の今日で屋上へ向かえば、既に蛇石と弥生がいた。蛇石に手を振られペコリと頭を下げながら近くへ行けば、弥生にまたガン飛ばされる。
「何々〜どうしたの〜?」
蛇石に質問され、僕はゴクリと生唾を飲み込んで「あの、これ……」と弁当を差し出す。
「言えないけど、ある人に頼まれて……弥生クンに、渡してきてって、頼まれて……」
うん。嘘は言ってない。
僕が作ったことも隠して、卯乃に頼まれたことも隠した。
だから、弥生には好意でお弁当を作ってきた……ということだけが伝わる。はず。
「え〜弥生モテモテじゃ〜ん! 中身見てもいい?」
蛇石に頼まれ、お弁当を包んだランチクロスを広げ、中身をパカッと開ける。
「うわ〜! 弥生の好物のハンバーグとだし巻き卵じゃん〜! 美味しそ〜!」
蛇石に褒められ「へへ」と顔が緩みそうになり慌てて顔中の筋肉を引き締める。僕はただ渡す人だから。
「ウサギちゃん、だから昨日弥生の好物を聞いてきたんだ〜、弥生を好きな人を手伝うために」
「……うん。そんな感じ」
「え、俺1個食べていい?」
蛇石に聞かれ、1番初めは弥生の反応が見たかったが数はあるので「いいよ」と頷けば「いただきまーす!」と案外行儀良く手を合わせてからだし巻き卵に蛇石の手が伸びる。
「おい、食うな」
弥生が、蛇石を止める。そのまま弁当箱を持ち、階段を下って校舎に戻っていく。
僕と蛇石は「?」と顔を見合わせ、気になったのでついていくと……弥生は近くにあるゴミ箱におかずを全部ひっくり返して捨てていた。
「……え」
なんで?
呆然と立ち尽くしていれば「お前! 何してんだよ! 勿体ないだろ!」と弥生の胸ぐらを掴む蛇石がいた。
「美味しそうだったのに!」
「関係ねえ。誰が作ったのかわからない食べ物なんか、気持ち悪い。毒でも入ってたらどうすんだよ」
蛇石を押し退け、弥生は僕の元へ来る。真正面に立ち、空になった弁当箱を押し付け、僕を睨み付けて。
「いいか。余計なことするんじゃねえ。2度とそのツラ見せんな」
それだけ言って、弥生は廊下を歩いていく。
「なんだよ、アイツ……ウサギちゃんごめん、弥生好きな子には手作りはNGだって伝えて……、ウサギちゃん? ウサギ、ちゃん……どうした、びっくりしちゃった? な、泣くなよお……俺可愛い子の涙に弱いんだよ……あ〜〜〜! 弥生腹立つ〜〜〜! 可愛い子泣かせんなよお!」
蛇石に背中を摩られ、僕は泣いてしまったのだと気づく。僕が作った弁当。でも弥生はそんなこと知らない。だから、平気で捨てる。手作りは気持ち悪いから。
「う、く……ひっ……く……」
「ウサギちゃん……なんでそんなに悲しく泣くの……弁当ただ渡しただけなのに……。……? あ、そういう? そういうこと⁉︎ あの手作り弁当ウサギちゃん作ったの⁉︎」
蛇石の名推理に、コクコク頷けば「マジか〜〜〜……あの野郎……」と額に手を当て低く唸り「マジ、ごめん」と頭を下げられる。
「弥生には、俺から言っておく。ウサギちゃんが作ったってわかってたら、絶対捨てなかったと思うから」
ヤンキーって、怖いと思ったのに。
意外と硬派な人間なのかな。
でも、このまま勘違いさせたままの方がいいかも。僕を嫌いなまま、卯乃のことを好きになってくれたら。
だから首を振って蛇石には「何も言わないで」と口止めする。
「弁当作ったのは僕だけど……弥生クンを好きな人に頼まれて、渡すように言われて……」
卯乃に頼まれたことを改めて蛇石に説明しても、卯乃のやりたいことがいまいち分からず首を傾げる。
「ん? どういうこと?」
蛇石もよくわかっていないようだった。
2人で首を傾げ、卯乃のやっていることはめちゃくちゃだということがわかり……放課後、僕は卯乃を呼び出して蛇石も含めた3人で緊急会議することになった。



