なにものでもなかった僕が選ぶ幸せになる条件について

 日曜日、家にいた僕は太刀山先輩について調べた。
 といっても、学校のホームページの情報しかない。
 確か、去年の学生紹介ページに載っていたことを思い出した。
 毎月、それぞれの学年から一名だけピックアップされて人となりが紹介される。
 学校新聞部の人たちが企画して記事を書いていた。
 学生がインタビュアーだから、質問内容も面白い。

――全校生徒のヒエラルキー上位に君臨していることをどう思いますか?

 鋭すぎる!そうだ、これを目にしてヒエラルキーの人だと認識したんだった。
 
――人を階級別に分ける意味がよくわかりません。それに僕がそこの上位にいる意味もまったくもって理解できません。そういうランク付けして何か得することってありますか? 成績順とか足が速いとか、努力で成し遂げたことこそ意味があると思います。僕は意味のない階級付けで判断する人を軽蔑します。

 つ、強い……。
 太刀山先輩から時々出てくる、人を突き放したような言葉選びに驚くことがある。
 でも、嫌ではない。
 確かに、ヒエラルキーって何だよ!

――太刀山くんが学生生活を送るうえで、大事なことや信条としていることを教えてください
――あと少しで最上級生になりますが、正直一年生や二年生の時は毎日楽しく過ごせればいいと思っていました。友達も多くはいらないし、面倒なことには関わりたくないというやる気のない生徒だったと思います(笑)。でも、あることがきっかけで、人任せにするのは止めようと前向きになりました。僕は決して面倒見が良い人間ではないけど、頼られたら自分ができる限りのことはやってあげたいと思っています。それが例えばゴミ拾いでも、恋愛相談でも(笑)。それは冗談として、決断するべき時に僕に相談して良かったと思える人になりたいです

 読んでいた僕は、鼻の奥がツンとして、目をしばしばさせていた。
 格好良い……
 たぶん、全く太刀山先輩と関わっていなければ、カッコつけたこと言っているだけだと、読み飛ばしていただろう。
 でも、もう僕は太刀山先輩のことを知っている。
 同じ痛みを知る人として。
 
「会いたいな……」

 無意識に口にすると、スマホを手に取りLINEを開いた。
 太刀山先輩とのトーク画面を開いてみたものの、書き込む勇気がなかった。

「……バカみたいだ」
 
 大きく息を吐いて、LINEの画面を閉じた。

🔸🔸🔸

 太刀山先輩の生徒会長選挙に向けた対策委員会のLINEでは、僕を副会長にするべきかの議論が活発に行われていた。
 でも、僕は休み中に一人で直視する勇気がなくて、未読にしたまま、できれば学校で太刀山先輩と一緒に見たかった。

「ああ、タチは病欠。なに、約束してたか?」

 週明け、先輩の教室に向かうと、昆野先輩が出てきてくれた。

「え、風邪ですか? 金曜日は元気そうだったけど……」
「……金曜に何かあった?」
「へ? い、いえ別に」
「お前たちだけ残ってただろ?」
「はい……」

 何もなかった……と言ったら嘘になるかな?

「ま、俺が聞くことじゃねーか。で、副会長はどうするんだ?」
「え! いや……」
「グループトーク、読んでないだろ?」

 バレてたか……

「まあ、いきなりで、はい、やります! とは言えねーよなー」
「そうなんです!」
「そこだけはハッキリ意思表示すんだな」
「す、すみません……」

 なんだか、昆野先輩と話していると調子が狂う。
 太刀山先輩といる時とは全然違う。
 なんでも素直に答えてしまうような……なんだろ、声のトーンとぶっきらぼうな言い方が、僕の温度に合っているのかな?

「……タチの代わりに話聞いてやろうか?」
「え! ホントですか」
「おう。どうせ暇だしさ」
「よろしくお願いします」

 僕は昆野先輩に向かって最敬礼をしていた。
 下を向きながら、心が軽くなった。
 
 てっきり、校舎内で話を聞いてくれるのかと思っていたら、学校とは駅を挟んで反対側にある小さなカフェに入った。
 小さなお店だけど、すごくオシャレな感じ?
 カウンターの前に昆野先輩と並んで立つと、僕よりも20センチは高い気がする。
 僕は背筋をめいっぱい伸ばしていた。

「何飲む?」
「ホットミルクありますか?」
 
 昆野先輩が呆れたような表情をして笑った。
 え、笑われるようなこと?

「なんか、可愛いな。奥は」
「可愛いって……これでもセブンティーンです」
「ぷはっ! なんだよ、それ。セブンティーンって。お前サイコーだな」

 自分で口にしていても可笑しくなって噴き出した。
 どうしてこんなに口が軽くなるんだろ。
 昆野先輩は笑いながら頭を振ると、アイスラテとホットミルクを注文した。

「持っていくから、先に座ってて」
「はい。昆野先輩のカバン持っていきます」
「さんきゅ」

 僕は窓側の二人用の席に座った。
 お店の中はジャズが流れていて、すごく静かだった。
 同じ学校の生徒はいない。というか、制服を着た人たちは皆無だ。

「はい。あったかい牛乳」
「牛乳じゃないです。ホットミルクです。まだ笑ってますか?」
「いや、だってさあ」
「もう、いいです。僕はまだまだ子供です」
「いいんじゃない、そのままで」

 昆野先輩は楽しそうに話しながら、アイスラテにストローを挿した。
 僕もなんだか気が楽になっていた。

「あ、幾らですか」
「いいよ、QR決済しちゃったから」
「じゃあ、送金しますからID教えてください」
「いいって。面倒だから」

 初めて人に奢ってもらった僕は、どうしたらいいかわからなかった。

「今度、奢ってよ」
「はい! 何でも注文してください」
「……面白いな、ホント。まあ、タチが気に入るのもわかるわ」
「え……」

 太刀山先輩の名前を出されると、急にまごまごしてしまう。

「で、奥はどうしたいんだ? 本当のところ」

 いきなり本題に入られて、言葉に詰まる。

「俺がここで聞いたことは、タチにも他の連中にも話さないから。まあ、奥が俺を信頼できているかは知らんけど」
「信頼してます! 昆野先輩は太刀山先輩と親しい方ですから、そこは大丈夫です」
「そっか」

 本当のところ……

「正直、僕は迷っています。太刀山先輩に期待していただいたことはすごく嬉しいですけど、でも僕は人望もないし、気が利かないし。先輩と比べたら下の下。全然デキた人間じゃないんです。だから……」

 昆野先輩は、ストローを回しながらじっと聞いてくれている。

「でも、期待に応えたい気持ちもあります。昨日、学校新聞の太刀山先輩のインタビュー記事を読んで、すごく熱くなりました。僕も似たような経験があるから……」

 僕の目は昆野先輩が回すストローをずっと追っていた。
 先輩も視線を外したまま、それでも静かに耳を傾けてくれている。

「……一番不安なことは何だ?」
「え?」
「奥が、葛藤している中で一番不安に思っていること」

 僕が副会長に挑戦すると言いきれない、迷っている答えを、促された。
 どうして……

「それは……目立つことです。今まで存在感0だった僕が表に立つことです。それによって何かが起きることが不安です」
「……でも、タチは守ってくれるだろ。守る自信があるからお前を選んだんじゃないかな。俺にはそう見える」
「え……守る」

 巧を守れなかった後悔は二度としない……

「でもそんな負担を掛けるわけにはいかないです。生徒会だけだって大変なのに、僕なんかのために……」
「まだ、何かが生じると決まったわけじゃないだろ? 奥がただの可能性を、そうだと決めつけているだけだとしたら?」

 昆野先輩の諭すような言葉に、不安に思っていた未来が少し揺らいだ。

「タチを信頼してるなら、飛び込んでみるのもアリだろ」

 昆野先輩のそっけない言い方が、強く響いた。
 飛び込んでみる……

「……僕が挑戦してもいいですか?」
「誰に聞いてんだよ」

 昆野先輩が呆れたような声を出した。

「全力で応援してやる」

 初めて、昆野先輩の満面の笑みを見た。
 僕もつられて笑っていた。