5月下旬、生徒会長と各学年の、対話セッションが開催されることになった。
各学年、二クラスごとに視聴覚室で行う。時間は各一時間。
ラフに話せるように、会長と副会長と参加者が輪になって話す形式になった。
会話の漏れをなくすために、何台かのスマホで録音しつつ、少し離れた場所で書記がメモを取る。
僕は輪には入らず、書記の昆野先輩と対話を聞いていた。
「一時間、人と話すって俺は苦痛だけどな……」
「僕もこの間までは絶対無理でした」
「今では大丈夫ってことか?」
「なんか……できるかも」
「まあ、人と話せなかったら留学も無理だよなー。お前成長したな」
昆野先輩とのこういう普通のやり取りが楽しかった。
それに、昆野先輩の大きな身体の横にいると、守られているみたいな安心感がある。
お父さんみたいな? いや、違うな。クマさんみたいな? いや、襲われるよな……
「奥、奥? 聞いてる?」
「あ、はい」
「スマホのバッテリー残ってるか? 俺のは切れそうだ」
「あ、じゃ僕のスマホで録音します」
僕は自分のスマホを会長の前に置いた。
クマとか言ってる場合じゃなかった。
対話はそれぞれの学年の個性が出ていて面白かった。
一年生は緊張している空気がビシビシと伝わってきて、発言も遠慮気味。
三年生はラフ過ぎて、常に話が逸れて、北沢が軽くイジられていた。
二年生は一番、建設的な意見が出ていた。
僕のアンケートの案よりも、実際にこうやって面と向かって対話をしたほうが、様々な生の意見を知ることができた。
『行き急いでいる』そう太刀山先輩に言われた時は、ショックだったけど、今となっては先輩の考えは正しかったと思える。
僕は輪の中で、活き活きと話している太刀山先輩を見つめていた。
「はい、スマホ」
太刀山先輩が僕に差し出す。
「あ、すみません。バッテリー足りましたか?」
「うん。大丈夫じゃないかな。でも……」
「はい?」
「……ロック画面は変えた方がいいな。あ、要、さっきの件だけど……」
そう言い残すと、太刀山先輩は北沢とパソコンを手に話しはじめた。
「ロック画面? あーっ!」
思わず出た声の大きさに、自分で自分の口を隠した。
ヤバい! だって、僕のスマホのロック画面は未だに太刀山先輩との2ショットだったから。
ロック画面は立ち上げる時にしか目にしないから、そのうち変えればいいやと思っていたのに……しかもそれを太刀山先輩に見られた!
「なんだよ、どうした? 録音されてなかったか?」
昆野先輩に声掛けられた。
「録音は大丈夫です」
「じゃあ、何が?」
「それは言えません!」
「はぁ?」
何考えてるんだ? という表情を向けられても、僕は答えることができなかった。
🔸🔸🔸
家に帰るバスに乗りながら、スマホのロック画面を見る。
渋谷で行った洋服屋さんで、お店の人に撮ってもらった2ショット。
太刀山先輩が選んでくれたことが嬉しくて、私服姿の先輩が格好良くて、写してもらった写真。
ロック画面なら、人から見られる機会は少ないと思っていたのに、まさか本人に見られるとは……不覚!
ぼんやりと画面を見ながら、変えることに躊躇している自分に驚いていた。
もう恋人じゃない。ただの先輩後輩に過ぎない。
正直、太刀山先輩だって別れた恋人がいつまでも自分との2ショットをスマホの画面にしていたら不愉快だろう。
でも、僕はこの写真が好きだ。未練じゃなく、思い出として。
太刀山先輩と一緒に過ごした日々は、僕にとっては宝物だから。
あの日々があったから、僕は変わることができた。
それに……
人を好きになる幸せを教えてもらった。
そんな風に考える僕は、少しは大人になったのかな……
そう思いながら、窓の外を見ていた。
家に着くと、留学手続きの申込書一式が届いていた。
ホームステイ先や、通う学校、オーストラリアに持っていくものなど、詳細な資料に目を通す。
「ホームステイ先のホストファミリーが良い人たちだといいね」
「悪い人なんているの?」
「和貴の場合は、学校指定だから問題ないでしょうけど、個人で手配すると色々あるみたいよ」
「ふーん。でも楽しみ」
僕は気持ちの高揚を抑えられなかった。
たった三ヶ月でも、僕には絶対良い刺激になるはず!
太刀山先輩と、北沢と、僕との三人のグループLINEで、実施した対話セッションのまとめ方について相談した。
僕は、まだ副会長の任務は解かれてないみたいだ。
――まずは学年ごとにまとめて、同じ意見が多い順に優先度を決めようか?
――たぶん優先度が高い意見は他の学年でも同じ傾向かもしれないので、最終的にはその意見ごとに集約したほうがいいですね
――数値をグラフ化しますか?
――エクセルでグラフ化すると、先生に提案しやすいね。じゃ、役割を決めようか
気持ち良いくらい、スルスルと意見がまとまっていく。
お互いに、尊重し合って意見交換ができている。
太刀山先輩と北沢は、ずっとこうやって建設的な意見を交わしながら、案件をまとめていたのかもしれない。
あの場で、空回りをしていたのは、僕一人だけだった。
――すみませんでした
心の声を文字で表してしまった!
――何がですか? オックン先輩
――今まで空回りしていたなっていう反省
――空回りなんてしてないですよ!
――行き急ぐなって俺が言ったことを気にしてる?
太刀山先輩は鋭い……
――俺もキツいこと言ったなって反省してる
――そんなことないです! 結果的に太刀山先輩の案が正しかったです。僕はもっと慎重に考えて発言するようにします
――誰も悪くないです! 活発な意見交換こそ、生徒会の醍醐味です!
北沢は一番年下なのに、まとめ方が上手い。
――オックンが自分で生徒会に残るって選択したんだから、その意思は尊重する。俺はこれからもちゃんと聞くようにする。対等だから
「え……」
僕の心臓が跳ねた。
僕が望んでいたことを、初めて太刀山先輩が言ってくれた。
僕は対等になれた……
🔸🔸🔸
各一時間ずつの対話を、一字一句文字起こしするのは、想像以上にハードだった。
直接の意見とは関係ない会話も多く、そこを選別するだけで半日かかってしまう。
「AIに聞かせて、まとめてもらうのもありじゃないか?」
「それって、学校ではOKなんですか?」
昆野先輩の提案に即決だったけど、セキュリティ的に問題がないのか気になった。
「そこは、俺が確認してみるよ。プロの人だってこれだけの会話を書き起こすのに一週間ぐらいかかるんじゃないかな」
太刀山先輩が、早速職員室に向かった。
僕は、書き起こした分を昆野先輩が書いていたメモと照らし合わせた。
「昆野先輩のメモ、ちゃんと重要な部分だけを書き残してますね。さすがー」
「奥に褒められた!」
「僕は人のことは褒めます!」
「自分のこともたまには褒めてやれよ」
昆野先輩のさりげない言葉に、頬が緩んだ。
それにしても、要点だけを箇条書きにしてある、昆野先輩のメモがあれば文字起こしの必要がないように思えた。
「日曜、奥は暇か?」
「え、はい。特に用事はないです」
「じゃあ、二人でまとめるか。一人でやるよりも、効率がいいだろ」
「ホントですか! 是非、お願いします!」
面倒な作業だけど、昆野先輩と一緒にやれば、すぐに解決できる気がしていた。
太刀山先輩が、駆け足で職員室から戻って来た。
「先生に聞いてきた。問題ないって。とりあえず、オックンと北沢が進めてくれた以外の対話をAIに聞かせよう。3チーム分かな?」
「はい。2チームは完了していて、1チームは途中なので、僕が引き続きやります」
「OK。オックンよろしく。とりあえず、この3チーム分は俺が家に帰って学校のPCでAIに読ませてみる」
「太刀山先輩、手伝いましょうか? 僕の担当分は終わっているので」
北沢が太刀山先輩に声を掛ける。
太刀山先輩は、一瞬考えるような仕草をしてから、頷いた。
「悪いね。じゃあ、日曜日に俺の家に来られる? 音出せるところじゃないと無理だから」
「え! タチ先輩のお家に行ってもいいんですか?」
「うん。いいよ」
「行きます!」
僕がぼーっと二人の会話を聞いていると、肩を強く叩かれた。
「い、痛い……」
「俺たちもどこでやるか作戦練らないとだろ」
昆野先輩の手の力と、相反する声の優しさに、僕は苦笑いしか出てこなかった。
「そ、そうですね……」
ファミレスだと長時間いることは難しい、図書館だと話しにくい、かといって日曜だと、お父さんが家にいるし……
「あ!」
「なに、どうした?」
「良いところがありました! そこにしましょう!」
僕は一人で満足していた。
各学年、二クラスごとに視聴覚室で行う。時間は各一時間。
ラフに話せるように、会長と副会長と参加者が輪になって話す形式になった。
会話の漏れをなくすために、何台かのスマホで録音しつつ、少し離れた場所で書記がメモを取る。
僕は輪には入らず、書記の昆野先輩と対話を聞いていた。
「一時間、人と話すって俺は苦痛だけどな……」
「僕もこの間までは絶対無理でした」
「今では大丈夫ってことか?」
「なんか……できるかも」
「まあ、人と話せなかったら留学も無理だよなー。お前成長したな」
昆野先輩とのこういう普通のやり取りが楽しかった。
それに、昆野先輩の大きな身体の横にいると、守られているみたいな安心感がある。
お父さんみたいな? いや、違うな。クマさんみたいな? いや、襲われるよな……
「奥、奥? 聞いてる?」
「あ、はい」
「スマホのバッテリー残ってるか? 俺のは切れそうだ」
「あ、じゃ僕のスマホで録音します」
僕は自分のスマホを会長の前に置いた。
クマとか言ってる場合じゃなかった。
対話はそれぞれの学年の個性が出ていて面白かった。
一年生は緊張している空気がビシビシと伝わってきて、発言も遠慮気味。
三年生はラフ過ぎて、常に話が逸れて、北沢が軽くイジられていた。
二年生は一番、建設的な意見が出ていた。
僕のアンケートの案よりも、実際にこうやって面と向かって対話をしたほうが、様々な生の意見を知ることができた。
『行き急いでいる』そう太刀山先輩に言われた時は、ショックだったけど、今となっては先輩の考えは正しかったと思える。
僕は輪の中で、活き活きと話している太刀山先輩を見つめていた。
「はい、スマホ」
太刀山先輩が僕に差し出す。
「あ、すみません。バッテリー足りましたか?」
「うん。大丈夫じゃないかな。でも……」
「はい?」
「……ロック画面は変えた方がいいな。あ、要、さっきの件だけど……」
そう言い残すと、太刀山先輩は北沢とパソコンを手に話しはじめた。
「ロック画面? あーっ!」
思わず出た声の大きさに、自分で自分の口を隠した。
ヤバい! だって、僕のスマホのロック画面は未だに太刀山先輩との2ショットだったから。
ロック画面は立ち上げる時にしか目にしないから、そのうち変えればいいやと思っていたのに……しかもそれを太刀山先輩に見られた!
「なんだよ、どうした? 録音されてなかったか?」
昆野先輩に声掛けられた。
「録音は大丈夫です」
「じゃあ、何が?」
「それは言えません!」
「はぁ?」
何考えてるんだ? という表情を向けられても、僕は答えることができなかった。
🔸🔸🔸
家に帰るバスに乗りながら、スマホのロック画面を見る。
渋谷で行った洋服屋さんで、お店の人に撮ってもらった2ショット。
太刀山先輩が選んでくれたことが嬉しくて、私服姿の先輩が格好良くて、写してもらった写真。
ロック画面なら、人から見られる機会は少ないと思っていたのに、まさか本人に見られるとは……不覚!
ぼんやりと画面を見ながら、変えることに躊躇している自分に驚いていた。
もう恋人じゃない。ただの先輩後輩に過ぎない。
正直、太刀山先輩だって別れた恋人がいつまでも自分との2ショットをスマホの画面にしていたら不愉快だろう。
でも、僕はこの写真が好きだ。未練じゃなく、思い出として。
太刀山先輩と一緒に過ごした日々は、僕にとっては宝物だから。
あの日々があったから、僕は変わることができた。
それに……
人を好きになる幸せを教えてもらった。
そんな風に考える僕は、少しは大人になったのかな……
そう思いながら、窓の外を見ていた。
家に着くと、留学手続きの申込書一式が届いていた。
ホームステイ先や、通う学校、オーストラリアに持っていくものなど、詳細な資料に目を通す。
「ホームステイ先のホストファミリーが良い人たちだといいね」
「悪い人なんているの?」
「和貴の場合は、学校指定だから問題ないでしょうけど、個人で手配すると色々あるみたいよ」
「ふーん。でも楽しみ」
僕は気持ちの高揚を抑えられなかった。
たった三ヶ月でも、僕には絶対良い刺激になるはず!
太刀山先輩と、北沢と、僕との三人のグループLINEで、実施した対話セッションのまとめ方について相談した。
僕は、まだ副会長の任務は解かれてないみたいだ。
――まずは学年ごとにまとめて、同じ意見が多い順に優先度を決めようか?
――たぶん優先度が高い意見は他の学年でも同じ傾向かもしれないので、最終的にはその意見ごとに集約したほうがいいですね
――数値をグラフ化しますか?
――エクセルでグラフ化すると、先生に提案しやすいね。じゃ、役割を決めようか
気持ち良いくらい、スルスルと意見がまとまっていく。
お互いに、尊重し合って意見交換ができている。
太刀山先輩と北沢は、ずっとこうやって建設的な意見を交わしながら、案件をまとめていたのかもしれない。
あの場で、空回りをしていたのは、僕一人だけだった。
――すみませんでした
心の声を文字で表してしまった!
――何がですか? オックン先輩
――今まで空回りしていたなっていう反省
――空回りなんてしてないですよ!
――行き急ぐなって俺が言ったことを気にしてる?
太刀山先輩は鋭い……
――俺もキツいこと言ったなって反省してる
――そんなことないです! 結果的に太刀山先輩の案が正しかったです。僕はもっと慎重に考えて発言するようにします
――誰も悪くないです! 活発な意見交換こそ、生徒会の醍醐味です!
北沢は一番年下なのに、まとめ方が上手い。
――オックンが自分で生徒会に残るって選択したんだから、その意思は尊重する。俺はこれからもちゃんと聞くようにする。対等だから
「え……」
僕の心臓が跳ねた。
僕が望んでいたことを、初めて太刀山先輩が言ってくれた。
僕は対等になれた……
🔸🔸🔸
各一時間ずつの対話を、一字一句文字起こしするのは、想像以上にハードだった。
直接の意見とは関係ない会話も多く、そこを選別するだけで半日かかってしまう。
「AIに聞かせて、まとめてもらうのもありじゃないか?」
「それって、学校ではOKなんですか?」
昆野先輩の提案に即決だったけど、セキュリティ的に問題がないのか気になった。
「そこは、俺が確認してみるよ。プロの人だってこれだけの会話を書き起こすのに一週間ぐらいかかるんじゃないかな」
太刀山先輩が、早速職員室に向かった。
僕は、書き起こした分を昆野先輩が書いていたメモと照らし合わせた。
「昆野先輩のメモ、ちゃんと重要な部分だけを書き残してますね。さすがー」
「奥に褒められた!」
「僕は人のことは褒めます!」
「自分のこともたまには褒めてやれよ」
昆野先輩のさりげない言葉に、頬が緩んだ。
それにしても、要点だけを箇条書きにしてある、昆野先輩のメモがあれば文字起こしの必要がないように思えた。
「日曜、奥は暇か?」
「え、はい。特に用事はないです」
「じゃあ、二人でまとめるか。一人でやるよりも、効率がいいだろ」
「ホントですか! 是非、お願いします!」
面倒な作業だけど、昆野先輩と一緒にやれば、すぐに解決できる気がしていた。
太刀山先輩が、駆け足で職員室から戻って来た。
「先生に聞いてきた。問題ないって。とりあえず、オックンと北沢が進めてくれた以外の対話をAIに聞かせよう。3チーム分かな?」
「はい。2チームは完了していて、1チームは途中なので、僕が引き続きやります」
「OK。オックンよろしく。とりあえず、この3チーム分は俺が家に帰って学校のPCでAIに読ませてみる」
「太刀山先輩、手伝いましょうか? 僕の担当分は終わっているので」
北沢が太刀山先輩に声を掛ける。
太刀山先輩は、一瞬考えるような仕草をしてから、頷いた。
「悪いね。じゃあ、日曜日に俺の家に来られる? 音出せるところじゃないと無理だから」
「え! タチ先輩のお家に行ってもいいんですか?」
「うん。いいよ」
「行きます!」
僕がぼーっと二人の会話を聞いていると、肩を強く叩かれた。
「い、痛い……」
「俺たちもどこでやるか作戦練らないとだろ」
昆野先輩の手の力と、相反する声の優しさに、僕は苦笑いしか出てこなかった。
「そ、そうですね……」
ファミレスだと長時間いることは難しい、図書館だと話しにくい、かといって日曜だと、お父さんが家にいるし……
「あ!」
「なに、どうした?」
「良いところがありました! そこにしましょう!」
僕は一人で満足していた。



