家に帰ると、ご飯も食べずに部屋に引き籠った。
食事は生徒会のメンバーと食べてきたと嘘を吐いて。
こんなに泣き疲れた顔を見られたくなかった。
僕の頭は、昆野先輩の大きな手の温もりを覚えている。
昆野先輩は太刀山先輩の気持ちを知っていた。
でも、それには応えられないと言った。
太刀山先輩は本気で僕を好きだとも言った。
僕が、生徒会を抜ければ、ただの恋人同士でいられるのかな……。
もう何が正解なのかわからなくなっていた。
LINEの着信音がした。
太刀山先輩からのLINE。
――明日、放課後に生徒会室に来て欲しい。二人だけで話したい
少しホッとした。
デートの誘いではなく、生徒会室への誘い。
であれば、生徒会長と副会長として話ができるはず。
僕は、少しの希望を抱いていた。
まだ、結論を出さないでいられるかも……と。
失望したくなかった。
だって、太刀山先輩を好きだから。
その気持ちを、消し去ることはできなかったから。
🔸🔸🔸
放課後、生徒会室へ向かう。
少しの不安と、少しの期待と。
昆野先輩にも言われた、今の僕の気持ちを訴える心構えもできていた。
扉についている小窓から太刀山先輩と北沢がいるのが見えた。
ドアノブに手を掛けて、少し開くと二人の会話が聞こえた。
「あ、やっぱりT島遊園地に行きたいです。僕、そんなにジェットコースター得意じゃないんで。でも、あそこのなら乗れます」
「はぁ? ガキだねー。でも、いいよ。要が行きたいところに行こう」
「あと、あと、ミルクレープが美味しいって聞いたこの店も行きたいです!」
「どれ? へー美味そう。甘い物好きなんだ?」
「はい。大好きです。甘い物も、タチ先輩も!」
「ねえ、まだ16歳、15歳だっけ? 恋愛達人みたいなこと言うね」
「やめてくださいよー。僕はまだ子供です!」
ドアノブを持つ手が震えていた。
ずっと入らずに、このまま聞いていても良かった。
立ち去ることだってできた。
でも、もう僕は何回も同じ気持ちを繰り返したくはなかった。
勢いよく、ドアを開けた。
ちょうど、北沢が太刀山先輩の腕を持って、ぶんぶん振っていたところだった。
「あ! オックン先輩……」
「オックン、待ってた」
北沢は明らかに動揺していて、太刀山先輩の腕から手を乱暴に離した。
でも、太刀山先輩はいつもと変わらずに、堂々としていた。
「し、失礼します!」
「日曜日、遅れるなよー」
焦っていたのか、北沢は僕にぶつかりながら部屋を出て行った。
ドアが閉まると、太刀山先輩は突っ立っている僕の前に立った。
「要が日曜日に遊園地一緒に行きたいって言ってきてさ。オックンも一緒に行かないか?」
そう言うと、僕を優しく抱きしめた。
僕は棒立ちのまま、何の感情も湧いてこなかった。
大好きなはずなのに……
今の僕は、感情のない人形と同じだ。
「……怒ってる? 俺たちは普通の恋人同士である前に、生徒会の会長と副会長なんだよ。だから、メンバーを労う必要はあるよね。オックンなら理解してくれるだろ」
「……北沢と遊園地に行くことが労いなんですか」
「会長と副会長は一心同体。あいつの提案は本当に使えるからさ。そこ、労う必要あるだろ?」
僕は太刀山先輩を押し返した。
「ぼ、僕は先輩が好きです。まだ付き合い始めて、短いけど、大好きです。だから、今みたいなことは見たくない!」
僕は自分が持っていたカバンを机に叩きつけた。
その音に、正面にいた太刀山先輩の肩が、一瞬上がった。
「僕は先輩のために努力しました。絶対、先輩が実現したいことを叶えてあげたかったから。そのためなら、副会長が二名体制でも、一年生に注力するのも、僕に何も相談しないのも、我慢しました。でも、もうわからないです。僕を弄んでますか? 僕が先輩の言葉や行動で、一喜一憂しているのを見るのが楽しいですか? 僕に何をしたいんですか!」
「ずっと一緒にいて欲しい! それだけだ……」
結局、この答えしか僕はもらえない。
先輩を好きだという気持ちが、急速に冷めていく。
期待した僕がバカだった。
「一緒にいて欲しいために、僕をコントロールするのは止めてください。僕だって自分の意思がある。嫌なことをされたら、悲しい」
「コントロール? なんだよそれ。俺に生徒会ですべて否定されるのが悔しいってことか? 言っただろ、オックンは俺がやることを支えてくれるだけでいいって。それを一番望んでいるって」
「……無理です。もう僕は限界です……昆野先輩に僕はなれません! ごめんなさい」
太刀山先輩の表情がゆがんだ。
昆野先輩の名前を出すつもりはなかった……でも自然と口から出ていた。
「……これだから、恋愛初心者は困る。人づきあいができないモブは困る……」
「……」
太刀山先輩は吐き捨てるように言うと、身体がブルブルと震えているように見えた。
僕は吐き出された言葉の強さと、先輩の震えている姿に何も言えなくなっていた。
「どうして、一緒にいてほしいだけ。そんな難しいことじゃないだろ? 俺のことわかってくれているのは、オックンだけなんだよ……」
太刀山先輩の目から、大粒の涙が流れている。
泣いている先輩を初めて見た。
「オックンが好き……それじゃダメなのか?」
すがるように、流れる涙もぬぐわずに僕を見つめる太刀山先輩にどうしようもなく惹かれている。
でも……
「俺が何をしても、オックンは許してくれるだろ? だから俺はオックンが好きなんだよ。他の奴と何したって、俺はオックンの元に戻るんだから、気にすることないだろ?」
「……先輩は僕を試している。僕がどれだけ、自分に忠誠心があるか試している。どうして好きな相手にそんなことできるんですか!」
もっと酷い言葉を言いそうになるのを、堪えた。
僕は向きを変えて、ドアノブに手を掛けると、太刀山先輩に後ろから抱きしめられた。
「ごめん……ごめん。試してなんかいない……ただ、不安なんだ。俺を一人にしてみんなどこかへ行ってしまうから。ごめん……」
「……先輩は僕の初恋です……ずっと一緒にいようって、絶対一人にさせないって思っていた。でも、その気持ちを信じなかったのは、先輩自身です」
急に、僕を抱きしめていた腕の力が抜けて、僕は解放された。
振り向くと、太刀山先輩はうなだれて、椅子に座っていた。
「……もういいよ。オックンの好きにすれば」
太刀山先輩は、顔を上げずに、手をひらひらと振った。
僕は一瞬出ていくのを躊躇して、先輩に手を伸ばそうとした。
でも、今の僕が先輩にしてあげられることは何もない。
だから、そのままドアを開けて部屋を出た。
真っ直ぐ家に帰るのが虚しくて、僕は電車に乗って隣の駅で降りた。
GWに昆野先輩と一緒に来た公園。
18時でも空は明るくて、小学生の遊んでいる高い声が聞こえる。
僕は、誰も乗っていないブランコに座り、ゆっくりと漕いだ。
不思議と、涙が一滴も流れることなく、心も身体も軽くなっていた。
あんなに残酷な言葉を、太刀山先輩に投げつけたのに。
罪悪感はある。でも、後悔はしていない。
ただ、椅子にうなだれて座っていた先輩の姿を思い出すと、胸が疼いた。
僕はLINEを開くと、昆野先輩にメッセージを打った。
――今、太刀山先輩は昆野先輩を必要としています
生徒会をどうしよう……それが一番の課題だった。
辞めてしまうのは簡単だった。だって、副会長は既にいるのだから。
でも、逃げたとは思われたくなかった。
僕は、一人目の副会長とは違う……
着信音が鳴った。
――お前は大丈夫なのか?
『誰にも肩入れしないし、声高に主張もしない』
太刀山先輩を心配しつつ、僕のことも気に掛けてくれる。
本当に、昆野先輩はバランサーだ。
だから、何でも相談したくなる。
決して、答えを強要しないから。
僕の答えを導いてくれるから。
――僕は大丈夫です
日が落ちていくのを感じながら、僕はずっとブランコを漕いでいた。
食事は生徒会のメンバーと食べてきたと嘘を吐いて。
こんなに泣き疲れた顔を見られたくなかった。
僕の頭は、昆野先輩の大きな手の温もりを覚えている。
昆野先輩は太刀山先輩の気持ちを知っていた。
でも、それには応えられないと言った。
太刀山先輩は本気で僕を好きだとも言った。
僕が、生徒会を抜ければ、ただの恋人同士でいられるのかな……。
もう何が正解なのかわからなくなっていた。
LINEの着信音がした。
太刀山先輩からのLINE。
――明日、放課後に生徒会室に来て欲しい。二人だけで話したい
少しホッとした。
デートの誘いではなく、生徒会室への誘い。
であれば、生徒会長と副会長として話ができるはず。
僕は、少しの希望を抱いていた。
まだ、結論を出さないでいられるかも……と。
失望したくなかった。
だって、太刀山先輩を好きだから。
その気持ちを、消し去ることはできなかったから。
🔸🔸🔸
放課後、生徒会室へ向かう。
少しの不安と、少しの期待と。
昆野先輩にも言われた、今の僕の気持ちを訴える心構えもできていた。
扉についている小窓から太刀山先輩と北沢がいるのが見えた。
ドアノブに手を掛けて、少し開くと二人の会話が聞こえた。
「あ、やっぱりT島遊園地に行きたいです。僕、そんなにジェットコースター得意じゃないんで。でも、あそこのなら乗れます」
「はぁ? ガキだねー。でも、いいよ。要が行きたいところに行こう」
「あと、あと、ミルクレープが美味しいって聞いたこの店も行きたいです!」
「どれ? へー美味そう。甘い物好きなんだ?」
「はい。大好きです。甘い物も、タチ先輩も!」
「ねえ、まだ16歳、15歳だっけ? 恋愛達人みたいなこと言うね」
「やめてくださいよー。僕はまだ子供です!」
ドアノブを持つ手が震えていた。
ずっと入らずに、このまま聞いていても良かった。
立ち去ることだってできた。
でも、もう僕は何回も同じ気持ちを繰り返したくはなかった。
勢いよく、ドアを開けた。
ちょうど、北沢が太刀山先輩の腕を持って、ぶんぶん振っていたところだった。
「あ! オックン先輩……」
「オックン、待ってた」
北沢は明らかに動揺していて、太刀山先輩の腕から手を乱暴に離した。
でも、太刀山先輩はいつもと変わらずに、堂々としていた。
「し、失礼します!」
「日曜日、遅れるなよー」
焦っていたのか、北沢は僕にぶつかりながら部屋を出て行った。
ドアが閉まると、太刀山先輩は突っ立っている僕の前に立った。
「要が日曜日に遊園地一緒に行きたいって言ってきてさ。オックンも一緒に行かないか?」
そう言うと、僕を優しく抱きしめた。
僕は棒立ちのまま、何の感情も湧いてこなかった。
大好きなはずなのに……
今の僕は、感情のない人形と同じだ。
「……怒ってる? 俺たちは普通の恋人同士である前に、生徒会の会長と副会長なんだよ。だから、メンバーを労う必要はあるよね。オックンなら理解してくれるだろ」
「……北沢と遊園地に行くことが労いなんですか」
「会長と副会長は一心同体。あいつの提案は本当に使えるからさ。そこ、労う必要あるだろ?」
僕は太刀山先輩を押し返した。
「ぼ、僕は先輩が好きです。まだ付き合い始めて、短いけど、大好きです。だから、今みたいなことは見たくない!」
僕は自分が持っていたカバンを机に叩きつけた。
その音に、正面にいた太刀山先輩の肩が、一瞬上がった。
「僕は先輩のために努力しました。絶対、先輩が実現したいことを叶えてあげたかったから。そのためなら、副会長が二名体制でも、一年生に注力するのも、僕に何も相談しないのも、我慢しました。でも、もうわからないです。僕を弄んでますか? 僕が先輩の言葉や行動で、一喜一憂しているのを見るのが楽しいですか? 僕に何をしたいんですか!」
「ずっと一緒にいて欲しい! それだけだ……」
結局、この答えしか僕はもらえない。
先輩を好きだという気持ちが、急速に冷めていく。
期待した僕がバカだった。
「一緒にいて欲しいために、僕をコントロールするのは止めてください。僕だって自分の意思がある。嫌なことをされたら、悲しい」
「コントロール? なんだよそれ。俺に生徒会ですべて否定されるのが悔しいってことか? 言っただろ、オックンは俺がやることを支えてくれるだけでいいって。それを一番望んでいるって」
「……無理です。もう僕は限界です……昆野先輩に僕はなれません! ごめんなさい」
太刀山先輩の表情がゆがんだ。
昆野先輩の名前を出すつもりはなかった……でも自然と口から出ていた。
「……これだから、恋愛初心者は困る。人づきあいができないモブは困る……」
「……」
太刀山先輩は吐き捨てるように言うと、身体がブルブルと震えているように見えた。
僕は吐き出された言葉の強さと、先輩の震えている姿に何も言えなくなっていた。
「どうして、一緒にいてほしいだけ。そんな難しいことじゃないだろ? 俺のことわかってくれているのは、オックンだけなんだよ……」
太刀山先輩の目から、大粒の涙が流れている。
泣いている先輩を初めて見た。
「オックンが好き……それじゃダメなのか?」
すがるように、流れる涙もぬぐわずに僕を見つめる太刀山先輩にどうしようもなく惹かれている。
でも……
「俺が何をしても、オックンは許してくれるだろ? だから俺はオックンが好きなんだよ。他の奴と何したって、俺はオックンの元に戻るんだから、気にすることないだろ?」
「……先輩は僕を試している。僕がどれだけ、自分に忠誠心があるか試している。どうして好きな相手にそんなことできるんですか!」
もっと酷い言葉を言いそうになるのを、堪えた。
僕は向きを変えて、ドアノブに手を掛けると、太刀山先輩に後ろから抱きしめられた。
「ごめん……ごめん。試してなんかいない……ただ、不安なんだ。俺を一人にしてみんなどこかへ行ってしまうから。ごめん……」
「……先輩は僕の初恋です……ずっと一緒にいようって、絶対一人にさせないって思っていた。でも、その気持ちを信じなかったのは、先輩自身です」
急に、僕を抱きしめていた腕の力が抜けて、僕は解放された。
振り向くと、太刀山先輩はうなだれて、椅子に座っていた。
「……もういいよ。オックンの好きにすれば」
太刀山先輩は、顔を上げずに、手をひらひらと振った。
僕は一瞬出ていくのを躊躇して、先輩に手を伸ばそうとした。
でも、今の僕が先輩にしてあげられることは何もない。
だから、そのままドアを開けて部屋を出た。
真っ直ぐ家に帰るのが虚しくて、僕は電車に乗って隣の駅で降りた。
GWに昆野先輩と一緒に来た公園。
18時でも空は明るくて、小学生の遊んでいる高い声が聞こえる。
僕は、誰も乗っていないブランコに座り、ゆっくりと漕いだ。
不思議と、涙が一滴も流れることなく、心も身体も軽くなっていた。
あんなに残酷な言葉を、太刀山先輩に投げつけたのに。
罪悪感はある。でも、後悔はしていない。
ただ、椅子にうなだれて座っていた先輩の姿を思い出すと、胸が疼いた。
僕はLINEを開くと、昆野先輩にメッセージを打った。
――今、太刀山先輩は昆野先輩を必要としています
生徒会をどうしよう……それが一番の課題だった。
辞めてしまうのは簡単だった。だって、副会長は既にいるのだから。
でも、逃げたとは思われたくなかった。
僕は、一人目の副会長とは違う……
着信音が鳴った。
――お前は大丈夫なのか?
『誰にも肩入れしないし、声高に主張もしない』
太刀山先輩を心配しつつ、僕のことも気に掛けてくれる。
本当に、昆野先輩はバランサーだ。
だから、何でも相談したくなる。
決して、答えを強要しないから。
僕の答えを導いてくれるから。
――僕は大丈夫です
日が落ちていくのを感じながら、僕はずっとブランコを漕いでいた。



