生徒会会合二回目。
僕は、この間矢代が言っていた生徒会全体で話した方がいい、ということを議題に上げていた。
すべてを、会長と副会長で決める権利はない。
僕は、また太刀山先輩に話をすり替えられないように身を引き締めた。
「今日の議題は幾つか、上がっているけど。まずは、全校生徒と俺が話す場を設ける件について。先生には打診はしておいた。問題なければ、放課後どこかの教室を押さえて、一年から順番にやっていきたいと思ってる」
早速、矢代が手を挙げた。
「僕はアンケートの方がいいと思っています。直接話し合う場も有効だと思いますが、そこで埋もれてしまう人もいます。だから、そこの救い上げは必要じゃないですか?」
「そこは、参加できなかった人や、参加したくなかった人に、後でアンケートを取ればいいのでは?」
松浦が意見を出す。
「でも、二度手間じゃね? そもそもアンケートが面倒だからタチが直接出向くって話になったんだし。最初にアンケートの案を出した、副会長はどう思ってるの?」
大木戸先輩が僕に話を振る。
僕は答えようと、口を開く。
「オックンはアンケートの案は取り下げたんだ。要が出した案の方がいいって。そうだよな?」
僕が答える前に、太刀山先輩が被せてきた。
僕は北沢の案を、承知した覚えはない。
『自分の意見は言わずに、先輩が推し進めることにイエスと賛成していれば、いい人』
太刀山先輩の思惑通りに、僕は誘導されていた。
「でも、こぼれる意見を拾うことを会長は公約に上げていたわけだし。だから……」
「矢代―。僕たち一年があんまり主張しちゃダメだよ。先輩たちの方が人生経験豊富なんだから」
「人生経験って、たった二歳しか違わないぞ!」
「年寄扱いされたよ、タチー」
話が意図的にすり替えられていく。
外堀からじわじわと攻め立てられて。
「でも、堂々と意見を言ってくれるのは、会長としてはありがたく思ってるよ。そういう積極性を俺はこの生徒会に求めていたから」
褒めて、意志を削ぐ。
太刀山先輩にそう言われた矢代は、突き上げた手を下した……
僕の胸の中の違和感は、風船のように膨らみ続けている。
でも、まだ二回目だ。
回を重ねれば、もっとお互いに理解できるはず、という期待は捨てたくない。
「じゃあ、全員一致で実施ってことで。次の議題は……」
太刀山先輩は僕が挙げた議題を黙読している。
「……副会長、これって今必要?」
「はい。話し合いたいです」
「でも、今話していたのが、正にそれじゃない? であればもう解決したよね」
僕は、はいそうですとは言いたくなかった。
「会長と副会長が公の場ではないところで、勝手に案件を推し進めていることを言ってます」
部屋にいる全員の視線が僕に集まった。
「でも、君も副会長だよね。勝手に推し進めたりしたっけ?」
「……僕は副会長でも蚊帳の外です」
「蚊帳の外? その言い方ってどうなのかな。副会長としてのプライドはないの?」
部屋の空気が、一瞬張り詰めたように感じた。
太刀山先輩の、突き放した言い方に僕は既に慣れていた。
「プライドの問題ではないです。太刀山先輩と北沢副会長が密室で決めている事実を言っているだけです。それは公平性が保たれていますか?」
太刀山先輩の表情が変わった。
僕を制御できると思っていたはず……
「ま、まあ。内輪モメしていてもしょうがないよ。これから全校生徒を相手にしなくちゃいけないんだから。密室かどうかは別として、これからもさっきみたいに意見交換していけばいい話じゃないの? そもそもある程度まとまった提案がなければ議論も進まないだろ?」
神崎先輩が場を収めようとしてくれている。
でも、僕は折れたくなかった。
「でも……」
「オックン先輩、すみません! 僕が思いつくたびに、すぐタチ先輩に伝えてしまうので、どうしても二人で進めることが多くなってしまいました。ちゃんとこれからはオックン先輩にも意見を伺います」
違う、違うんだよ……北沢。
「ふー。参ったな。要は悪くないよ。要とだと方向性や、考え方が近いから進めやすくて、ついついね。オックンが寂しい思いをしていたなら、謝る。これからは、要が言った通りに、三人で話そう」
違う、違う、そうじゃないんです……先輩。
「空気悪くなっちゃったね。皆ごめん。まだ二回目だし、色々足りないところもあるけど、皆からフィードバックをもらいながら、前に進んで行きたいと思います。よろしくお願いします!」
「大丈夫だよ。これからもよろしくー」
「頑張りましょうー」
『自分に同意する人数を増やして……』
反論することが悪い……僕はまんまと太刀山先輩の戦略に負けた。
🔸🔸🔸
会合が終わると、僕はスマホを教室の机の中に忘れてきたことを思い出した。
一人、階段を降りて教室に向かう。
本当なら、太刀山先輩と帰るはずだったけど、僕の感情はぐちゃぐちゃで、顔を見る勇気もなかった。
足元だけを見て階段を降りていると、下から上がって来た人とぶつかりそうになった。
「あ、すみません!」
「奥? 会合終わったのか?」
顔を上げると、昆野先輩だった。
僕はその顔を見た途端、救われた気がして、涙が溢れてきた。
「お、おい。大丈夫か?」
僕は大丈夫じゃありません……
情けない顔をしていたと思う。
昆野先輩は僕の腕を引っ張ると、音楽室に入った。
「防音だからな、思いっきし声上げて大丈夫だぞ」
僕はその声に従い、大声を上げて泣いた。
自分でもどれだけ、我慢していたのかと思うほど、悔しくて、情けなくて、怖くて、すべての感情が全身を通って、涙となって流れていった。
どれだけ時間が経ったのだろう……体の水分が無くなり、からからに乾いていた。
隣で、じっと泣き止むまで見守ってくれていた、昆野先輩を見る。
『俺の目の届かないところで、凪と会わないで』
はっ! 太刀山先輩に言われた言葉を思い出し、僕は席を三つ開けて座り直した。
「おい、なんだよ。この距離感は?」
「……二人だけで会っちゃいけないんです」
「はぁ? どの口が言ってるんだよ」
「た……太刀山先輩です」
「ふざけんなっ!」
僕も自分で言っていて、ふざけてると思ってる。
でも……
「スッキリしたか?」
「……はい。すみませんでした」
「どうして、謝るんだ?」
「こんな情けない姿に付き合ってもらったから」
昆野先輩は呆れた顔をして、僕の横に座った。
「だ、ダメです。もっと離れてください!」
「自分で言っていて、おかしいと思わないのか?」
「……思います」
「……大声で泣くほど悔しい思いをしたのか?」
僕は黙って頷いた。
昆野先輩は前かがみになると、僕の顔を下から覗いた。
「昆野先輩がいないから、バランサーがいないから……」
「だから、タチが暴走してるってか?」
「え……」
昆野先輩は把握している?
「太刀山先輩は、昆野先輩にはずっとそばにいて欲しいって言ってました。一人にしないで欲しいって……」
「でも、今はおまえがいるだろ?」
言いたくない。
あの時の、太刀山先輩の答えに僕は目を向けたくなかった。
でも……
「……太刀山先輩が求めているのは、僕じゃない。昆野先輩です。先輩もわかってるんですよね?」
僕は昆野先輩から視線を外さずに話した。
目を背けたかった事実に、応えて欲しくて。
昆野先輩は姿勢を正すと、背もたれに身体を預けた。
「俺は、あいつの気持ちには応えてやれない。それはタチもわかってる」
「だから、僕は昆野先輩の代わり……」
「それは違う。タチは本気でお前のことを好きだ。それは俺が一番近くで見てきたから知ってる」
「じゃあ、どうして太刀山先輩は僕を試すようなことをするんですか? 本当に好きなら、人の気持ちを弄んだりしないでしょう? 僕が答えて欲しいことの論点をすり替えたりはしないでしょう? 僕の感情はぐちゃぐちゃです!」
さっき枯れたはずの涙が、また溢れてきた。
泣いたら負けなのに、僕は毅然としていたいのに。
「それをタチに言ったのか? お前の今の気持ちをあいつに訴えたのか?」
「それは……」
ずっと言おうと思っていた。
でも、どこかで諦めている自分がいた。
「……お前はどうしたいんだ?」
「……」
「奥の素直な気持ちを聞いてる」
「僕は……太刀山先輩に失望したくありません……」
僕は深く頭を下げて、歯をくいしばって涙を止めようとした。
大きな手が、僕の頭を引き寄せると、胸の中に抱えられた。
昆野先輩の体温を感じながら、僕の涙は止まることはなかった。
僕は、この間矢代が言っていた生徒会全体で話した方がいい、ということを議題に上げていた。
すべてを、会長と副会長で決める権利はない。
僕は、また太刀山先輩に話をすり替えられないように身を引き締めた。
「今日の議題は幾つか、上がっているけど。まずは、全校生徒と俺が話す場を設ける件について。先生には打診はしておいた。問題なければ、放課後どこかの教室を押さえて、一年から順番にやっていきたいと思ってる」
早速、矢代が手を挙げた。
「僕はアンケートの方がいいと思っています。直接話し合う場も有効だと思いますが、そこで埋もれてしまう人もいます。だから、そこの救い上げは必要じゃないですか?」
「そこは、参加できなかった人や、参加したくなかった人に、後でアンケートを取ればいいのでは?」
松浦が意見を出す。
「でも、二度手間じゃね? そもそもアンケートが面倒だからタチが直接出向くって話になったんだし。最初にアンケートの案を出した、副会長はどう思ってるの?」
大木戸先輩が僕に話を振る。
僕は答えようと、口を開く。
「オックンはアンケートの案は取り下げたんだ。要が出した案の方がいいって。そうだよな?」
僕が答える前に、太刀山先輩が被せてきた。
僕は北沢の案を、承知した覚えはない。
『自分の意見は言わずに、先輩が推し進めることにイエスと賛成していれば、いい人』
太刀山先輩の思惑通りに、僕は誘導されていた。
「でも、こぼれる意見を拾うことを会長は公約に上げていたわけだし。だから……」
「矢代―。僕たち一年があんまり主張しちゃダメだよ。先輩たちの方が人生経験豊富なんだから」
「人生経験って、たった二歳しか違わないぞ!」
「年寄扱いされたよ、タチー」
話が意図的にすり替えられていく。
外堀からじわじわと攻め立てられて。
「でも、堂々と意見を言ってくれるのは、会長としてはありがたく思ってるよ。そういう積極性を俺はこの生徒会に求めていたから」
褒めて、意志を削ぐ。
太刀山先輩にそう言われた矢代は、突き上げた手を下した……
僕の胸の中の違和感は、風船のように膨らみ続けている。
でも、まだ二回目だ。
回を重ねれば、もっとお互いに理解できるはず、という期待は捨てたくない。
「じゃあ、全員一致で実施ってことで。次の議題は……」
太刀山先輩は僕が挙げた議題を黙読している。
「……副会長、これって今必要?」
「はい。話し合いたいです」
「でも、今話していたのが、正にそれじゃない? であればもう解決したよね」
僕は、はいそうですとは言いたくなかった。
「会長と副会長が公の場ではないところで、勝手に案件を推し進めていることを言ってます」
部屋にいる全員の視線が僕に集まった。
「でも、君も副会長だよね。勝手に推し進めたりしたっけ?」
「……僕は副会長でも蚊帳の外です」
「蚊帳の外? その言い方ってどうなのかな。副会長としてのプライドはないの?」
部屋の空気が、一瞬張り詰めたように感じた。
太刀山先輩の、突き放した言い方に僕は既に慣れていた。
「プライドの問題ではないです。太刀山先輩と北沢副会長が密室で決めている事実を言っているだけです。それは公平性が保たれていますか?」
太刀山先輩の表情が変わった。
僕を制御できると思っていたはず……
「ま、まあ。内輪モメしていてもしょうがないよ。これから全校生徒を相手にしなくちゃいけないんだから。密室かどうかは別として、これからもさっきみたいに意見交換していけばいい話じゃないの? そもそもある程度まとまった提案がなければ議論も進まないだろ?」
神崎先輩が場を収めようとしてくれている。
でも、僕は折れたくなかった。
「でも……」
「オックン先輩、すみません! 僕が思いつくたびに、すぐタチ先輩に伝えてしまうので、どうしても二人で進めることが多くなってしまいました。ちゃんとこれからはオックン先輩にも意見を伺います」
違う、違うんだよ……北沢。
「ふー。参ったな。要は悪くないよ。要とだと方向性や、考え方が近いから進めやすくて、ついついね。オックンが寂しい思いをしていたなら、謝る。これからは、要が言った通りに、三人で話そう」
違う、違う、そうじゃないんです……先輩。
「空気悪くなっちゃったね。皆ごめん。まだ二回目だし、色々足りないところもあるけど、皆からフィードバックをもらいながら、前に進んで行きたいと思います。よろしくお願いします!」
「大丈夫だよ。これからもよろしくー」
「頑張りましょうー」
『自分に同意する人数を増やして……』
反論することが悪い……僕はまんまと太刀山先輩の戦略に負けた。
🔸🔸🔸
会合が終わると、僕はスマホを教室の机の中に忘れてきたことを思い出した。
一人、階段を降りて教室に向かう。
本当なら、太刀山先輩と帰るはずだったけど、僕の感情はぐちゃぐちゃで、顔を見る勇気もなかった。
足元だけを見て階段を降りていると、下から上がって来た人とぶつかりそうになった。
「あ、すみません!」
「奥? 会合終わったのか?」
顔を上げると、昆野先輩だった。
僕はその顔を見た途端、救われた気がして、涙が溢れてきた。
「お、おい。大丈夫か?」
僕は大丈夫じゃありません……
情けない顔をしていたと思う。
昆野先輩は僕の腕を引っ張ると、音楽室に入った。
「防音だからな、思いっきし声上げて大丈夫だぞ」
僕はその声に従い、大声を上げて泣いた。
自分でもどれだけ、我慢していたのかと思うほど、悔しくて、情けなくて、怖くて、すべての感情が全身を通って、涙となって流れていった。
どれだけ時間が経ったのだろう……体の水分が無くなり、からからに乾いていた。
隣で、じっと泣き止むまで見守ってくれていた、昆野先輩を見る。
『俺の目の届かないところで、凪と会わないで』
はっ! 太刀山先輩に言われた言葉を思い出し、僕は席を三つ開けて座り直した。
「おい、なんだよ。この距離感は?」
「……二人だけで会っちゃいけないんです」
「はぁ? どの口が言ってるんだよ」
「た……太刀山先輩です」
「ふざけんなっ!」
僕も自分で言っていて、ふざけてると思ってる。
でも……
「スッキリしたか?」
「……はい。すみませんでした」
「どうして、謝るんだ?」
「こんな情けない姿に付き合ってもらったから」
昆野先輩は呆れた顔をして、僕の横に座った。
「だ、ダメです。もっと離れてください!」
「自分で言っていて、おかしいと思わないのか?」
「……思います」
「……大声で泣くほど悔しい思いをしたのか?」
僕は黙って頷いた。
昆野先輩は前かがみになると、僕の顔を下から覗いた。
「昆野先輩がいないから、バランサーがいないから……」
「だから、タチが暴走してるってか?」
「え……」
昆野先輩は把握している?
「太刀山先輩は、昆野先輩にはずっとそばにいて欲しいって言ってました。一人にしないで欲しいって……」
「でも、今はおまえがいるだろ?」
言いたくない。
あの時の、太刀山先輩の答えに僕は目を向けたくなかった。
でも……
「……太刀山先輩が求めているのは、僕じゃない。昆野先輩です。先輩もわかってるんですよね?」
僕は昆野先輩から視線を外さずに話した。
目を背けたかった事実に、応えて欲しくて。
昆野先輩は姿勢を正すと、背もたれに身体を預けた。
「俺は、あいつの気持ちには応えてやれない。それはタチもわかってる」
「だから、僕は昆野先輩の代わり……」
「それは違う。タチは本気でお前のことを好きだ。それは俺が一番近くで見てきたから知ってる」
「じゃあ、どうして太刀山先輩は僕を試すようなことをするんですか? 本当に好きなら、人の気持ちを弄んだりしないでしょう? 僕が答えて欲しいことの論点をすり替えたりはしないでしょう? 僕の感情はぐちゃぐちゃです!」
さっき枯れたはずの涙が、また溢れてきた。
泣いたら負けなのに、僕は毅然としていたいのに。
「それをタチに言ったのか? お前の今の気持ちをあいつに訴えたのか?」
「それは……」
ずっと言おうと思っていた。
でも、どこかで諦めている自分がいた。
「……お前はどうしたいんだ?」
「……」
「奥の素直な気持ちを聞いてる」
「僕は……太刀山先輩に失望したくありません……」
僕は深く頭を下げて、歯をくいしばって涙を止めようとした。
大きな手が、僕の頭を引き寄せると、胸の中に抱えられた。
昆野先輩の体温を感じながら、僕の涙は止まることはなかった。



