結局、三日間も学校を休んだ。
熱だけじゃなく、お腹も壊して。
ストレスだけではなかったってこと?
校舎へ向かう足が重い。
太刀山先輩と付き合い始めてから、毎日先輩はバス停で僕を待っていてくれた。
校舎まで歩く、数分間が至福の時だったのに。
期待していたわけじゃないけど、バス停に先輩の姿はなかった。
「おはようございます。オックン先輩」
後ろから声を掛けられた。
生徒会で一緒の一年の矢代だ。
「おはようー」
「学校休んでたんですか?」
「うん。風邪かな? GW遊び過ぎたかも……」
自虐的に言ってみる。
矢代はスマホで何かを探しながら、隣を歩いていた。
「ずっと、生徒会のLINEにも参加してなかったですよね」
「ああ、うん。スマホを見る気力がなかった」
内心では置いて行かれると思いながらも、実際にLINEを見たらもっと熱が上がる気がして一切開かなかった。
「じゃあ、これ読んでないですよね……」
矢代は僕の顔の前にスマホの画面を差し出した。
「え……」
――要と話し合った結果をシェアします。全校生徒へのアンケートは実施しません。その代わりに各学年とディスカッションをする場を設けることにしました
――タチ先輩と直接話したい子がいっぱいいるのでそこは直接対話の方がいいと思って、先輩に提案しました
――アンケートを収集するよりも効率よく意見が収集できるので、要の提案に感動した。週明けから実施できるように先生とも調整します
やっぱり僕は知らない……
「僕はオックン先輩のアンケートに賛成でした。言いたいことがあっても、話すことが苦手な人もいるし。無記名でのアンケートなら自分の思いを書ける人も多いです」
「うん……そうだね」
「正直、北沢は調子に乗ってます!」
いつもニコニコと人の話を聞いている、矢代の強い口調に驚いた。
でも、僕がそれに同調するわけにはいかなかった。
「まあ、落ち着いて。北沢くんの提案を太刀山先輩が良いと思ったなら、それでいいんじゃないかな。会長と副会長との間で決めるのはありだよ」
「でも、同じ副会長のオックン先輩はハブされているじゃないですか!」
ハブされているとはっきりと口に出された。
僕があえて、見ようとしなかったところを……
「絶対に話し合った方がいいです。会長と副会長の話だけじゃないです。生徒会全体の話です。僕はそう思っています」
そう言うと、矢代は僕に頭を下げて校舎に向かって走って行った。
まだ、生徒会が立ち上がったばかりなのに、もう荒れている。
最初から一致団結なんて、そんなに上手くいくわけはない。
でも、既に不満に思っている人がいる。
僕は、また熱が上がりそうだった。
🔸🔸🔸
放課後、僕は太刀山先輩のクラスに向かった。
電話でも埒が明かない、LINEでも無視される。
であれば、面と向かって話すしかない。
でも、本音では会いたかった。
どんな態度を取られても、僕は太刀山先輩が好きだった。
だから、苦しい……
「おー、奥。なんか顔色悪くね?」
ドアに立っていた僕に気づいて、昆野先輩が出てきた。
「……三日間、休んでました」
「え? 体調不良?」
僕はこくんと頷いた。
顔を上げると、太刀山先輩の姿が見えた。
僕の視線に気が付いた昆野先輩が振り向き、太刀山先輩を呼んだ。
「タチ! 奥が待ってるぞ」
太刀山先輩は、昆野先輩の声を無視することなく僕に近づいてきた。
「じゃ、またな、奥」
そう言うと、昆野先輩は僕たち二人を残して、帰って行った。
僕は、太刀山先輩と対峙した。
生徒会でもまともに、目を合わせてもらえなかったから。
「……どうして生徒会のLINEにいなかったんだ?」
「……熱出してました」
「マジで!」
いきなり太刀山先輩の掌が僕のひたいに当てられた。
掌の冷たさに、思わず肩をすくめた。
「も、もう熱は下がりました……」
先輩の手はそのまま僕の頬に下りてきた。
「帰ろう……」
「はい……」
校舎を出て歩く。
お互いに口を開かなかった。
でも、僕は横にいる太刀山先輩の体温を感じるだけで、足が軽くなったような気がしていた。
「あのカフェ行こうか?」
「はい。行きたいです」
駅の反対側にあるカフェ。
先輩に好きだと言われたカフェ。
僕は、あの頃の二人に戻りたかった。
戻れると思っていた。
🔸🔸🔸
「あったかい牛乳ってホットミルクのことなんだ」
僕がホットミルクと、ラテを持って席に着くと、開口一番そう言われた。
太刀山先輩の表情が柔らかくなった。
「はい。そんなに可笑しいことですか?」
「オックンらしいね」
いつもの先輩になった。
「苦しかった?」
「え、何がですか?」
「体調。熱が出るって相当悪かったってこと?」
「熱が出たら、お腹も痛くなって、結局三日間休んじゃいました。GW遊び過ぎたかも」
太刀山先輩が心配そうな顔を向ける。
「でも、もう大丈夫です」
「俺が無理させ過ぎちゃったかな。GWはほとんど俺と一緒だっただろ」
「あ、いえ、そんなことないです……」
色々頭の中を回るけど、僕はただ微笑んだ。
「GWに時くんと一緒にいられて、すごく嬉しかったです」
「うん。俺も」
面と向かって話すと、穏やかな時間が流れる。
なのに、電話だとどうしてあんなにすれ違ってしまうのだろう。
僕はこの穏やかな空気感の中、口にすることに迷っていた。
この間、電話で太刀山先輩から言われた言葉。
でも、誤解は解きたかったし、先輩がどうしてそんな風に思ったのかを確認したかった。
カップから離した僕の手は、膝の上で無意識に拳を握っていた。
「……この間、電話で言われたことですけど。僕が昆野先輩を好きってどうしてそう思うんですか?」
太刀山先輩はラテが入ったカップをゆるゆると揺らしている。
僕はそこを見つめていると、目が回りそうになった。
「投票結果が出た時に、抱き合っていた。よく知らない公園で二人だけで親密に話していた。ファミレスで料理をシェアしてた。そうやって俺にチクってくる奴がいるんだよね、暇な奴が」
やっぱりチクられていた。
だから、あの日から太刀山先輩の態度が変わったってこと?
「それは誤解です! 時くんが当選した時は皆でハグし合ったし、公園やファミレスで会っていたのは相談したいことがあったからです」
「……」
「そ、それに、時くんの方が昆野先輩のこと理解しているじゃないですか。そんな軽い人じゃないって」
言えば言うほど、弁解しているみたいで僕は口をつぐんだ。
目の前に座る太刀山先輩は無表情のまま、変わらずカップを揺らしている。
たぶん、太刀山先輩には僕の言葉は刺さってない……
「凪は俯瞰で物事を見ていて、誰にも肩入れしないし、声高に主張もしない。場の空気を読んで発言をするバランサーなんだよね。だから、俺とずっと一緒にいて欲しかった」
ずっと一緒にいて……太刀山先輩がよく口にする言葉。
「でも、オックンが俺のそばにいてくれる」
でも……って。
「サイテーだね。自分が目にしたわけじゃないのに、人から言われてあんな態度とるなんて。でも、不安なんだよ。また一人にされそうで……」
「一人になんてさせません……」
「だから、俺の目の届かないところで、凪と会わないで。俺を不安にさせないで」
せっぱつまった表情の太刀山先輩を見つめながら、僕は収まっていたはずのモヤモヤがまた湧いてきた。
「時くんが好きなのは、僕ですか? それとも……」
自分で自分を陥れているような気がした。
「……答える必要はないよね」
口元だけに笑みを湛えて、先輩はカップに口をつけた。
僕と太刀山先輩とを繋ぐ糸はやっぱり見えなかった。
どれだけ一緒の時間を過ごしても、どれだけ思いを伝えても。
「でさ、生徒会のことだけど……」
太刀山先輩から聞く、生徒会の話はいつも結論のみだった。
多分、この先もそれは変わらない。
自分の意見は言わずに、先輩が推し進めることにイエスと賛成していれば、いい人。
先輩を一人にさせないために、そばにいるだけで、いい人。
昆野先輩の代わりになる、それだけの人。
手元にあるホットミルクは、ただの冷たい牛乳になっていた。
熱だけじゃなく、お腹も壊して。
ストレスだけではなかったってこと?
校舎へ向かう足が重い。
太刀山先輩と付き合い始めてから、毎日先輩はバス停で僕を待っていてくれた。
校舎まで歩く、数分間が至福の時だったのに。
期待していたわけじゃないけど、バス停に先輩の姿はなかった。
「おはようございます。オックン先輩」
後ろから声を掛けられた。
生徒会で一緒の一年の矢代だ。
「おはようー」
「学校休んでたんですか?」
「うん。風邪かな? GW遊び過ぎたかも……」
自虐的に言ってみる。
矢代はスマホで何かを探しながら、隣を歩いていた。
「ずっと、生徒会のLINEにも参加してなかったですよね」
「ああ、うん。スマホを見る気力がなかった」
内心では置いて行かれると思いながらも、実際にLINEを見たらもっと熱が上がる気がして一切開かなかった。
「じゃあ、これ読んでないですよね……」
矢代は僕の顔の前にスマホの画面を差し出した。
「え……」
――要と話し合った結果をシェアします。全校生徒へのアンケートは実施しません。その代わりに各学年とディスカッションをする場を設けることにしました
――タチ先輩と直接話したい子がいっぱいいるのでそこは直接対話の方がいいと思って、先輩に提案しました
――アンケートを収集するよりも効率よく意見が収集できるので、要の提案に感動した。週明けから実施できるように先生とも調整します
やっぱり僕は知らない……
「僕はオックン先輩のアンケートに賛成でした。言いたいことがあっても、話すことが苦手な人もいるし。無記名でのアンケートなら自分の思いを書ける人も多いです」
「うん……そうだね」
「正直、北沢は調子に乗ってます!」
いつもニコニコと人の話を聞いている、矢代の強い口調に驚いた。
でも、僕がそれに同調するわけにはいかなかった。
「まあ、落ち着いて。北沢くんの提案を太刀山先輩が良いと思ったなら、それでいいんじゃないかな。会長と副会長との間で決めるのはありだよ」
「でも、同じ副会長のオックン先輩はハブされているじゃないですか!」
ハブされているとはっきりと口に出された。
僕があえて、見ようとしなかったところを……
「絶対に話し合った方がいいです。会長と副会長の話だけじゃないです。生徒会全体の話です。僕はそう思っています」
そう言うと、矢代は僕に頭を下げて校舎に向かって走って行った。
まだ、生徒会が立ち上がったばかりなのに、もう荒れている。
最初から一致団結なんて、そんなに上手くいくわけはない。
でも、既に不満に思っている人がいる。
僕は、また熱が上がりそうだった。
🔸🔸🔸
放課後、僕は太刀山先輩のクラスに向かった。
電話でも埒が明かない、LINEでも無視される。
であれば、面と向かって話すしかない。
でも、本音では会いたかった。
どんな態度を取られても、僕は太刀山先輩が好きだった。
だから、苦しい……
「おー、奥。なんか顔色悪くね?」
ドアに立っていた僕に気づいて、昆野先輩が出てきた。
「……三日間、休んでました」
「え? 体調不良?」
僕はこくんと頷いた。
顔を上げると、太刀山先輩の姿が見えた。
僕の視線に気が付いた昆野先輩が振り向き、太刀山先輩を呼んだ。
「タチ! 奥が待ってるぞ」
太刀山先輩は、昆野先輩の声を無視することなく僕に近づいてきた。
「じゃ、またな、奥」
そう言うと、昆野先輩は僕たち二人を残して、帰って行った。
僕は、太刀山先輩と対峙した。
生徒会でもまともに、目を合わせてもらえなかったから。
「……どうして生徒会のLINEにいなかったんだ?」
「……熱出してました」
「マジで!」
いきなり太刀山先輩の掌が僕のひたいに当てられた。
掌の冷たさに、思わず肩をすくめた。
「も、もう熱は下がりました……」
先輩の手はそのまま僕の頬に下りてきた。
「帰ろう……」
「はい……」
校舎を出て歩く。
お互いに口を開かなかった。
でも、僕は横にいる太刀山先輩の体温を感じるだけで、足が軽くなったような気がしていた。
「あのカフェ行こうか?」
「はい。行きたいです」
駅の反対側にあるカフェ。
先輩に好きだと言われたカフェ。
僕は、あの頃の二人に戻りたかった。
戻れると思っていた。
🔸🔸🔸
「あったかい牛乳ってホットミルクのことなんだ」
僕がホットミルクと、ラテを持って席に着くと、開口一番そう言われた。
太刀山先輩の表情が柔らかくなった。
「はい。そんなに可笑しいことですか?」
「オックンらしいね」
いつもの先輩になった。
「苦しかった?」
「え、何がですか?」
「体調。熱が出るって相当悪かったってこと?」
「熱が出たら、お腹も痛くなって、結局三日間休んじゃいました。GW遊び過ぎたかも」
太刀山先輩が心配そうな顔を向ける。
「でも、もう大丈夫です」
「俺が無理させ過ぎちゃったかな。GWはほとんど俺と一緒だっただろ」
「あ、いえ、そんなことないです……」
色々頭の中を回るけど、僕はただ微笑んだ。
「GWに時くんと一緒にいられて、すごく嬉しかったです」
「うん。俺も」
面と向かって話すと、穏やかな時間が流れる。
なのに、電話だとどうしてあんなにすれ違ってしまうのだろう。
僕はこの穏やかな空気感の中、口にすることに迷っていた。
この間、電話で太刀山先輩から言われた言葉。
でも、誤解は解きたかったし、先輩がどうしてそんな風に思ったのかを確認したかった。
カップから離した僕の手は、膝の上で無意識に拳を握っていた。
「……この間、電話で言われたことですけど。僕が昆野先輩を好きってどうしてそう思うんですか?」
太刀山先輩はラテが入ったカップをゆるゆると揺らしている。
僕はそこを見つめていると、目が回りそうになった。
「投票結果が出た時に、抱き合っていた。よく知らない公園で二人だけで親密に話していた。ファミレスで料理をシェアしてた。そうやって俺にチクってくる奴がいるんだよね、暇な奴が」
やっぱりチクられていた。
だから、あの日から太刀山先輩の態度が変わったってこと?
「それは誤解です! 時くんが当選した時は皆でハグし合ったし、公園やファミレスで会っていたのは相談したいことがあったからです」
「……」
「そ、それに、時くんの方が昆野先輩のこと理解しているじゃないですか。そんな軽い人じゃないって」
言えば言うほど、弁解しているみたいで僕は口をつぐんだ。
目の前に座る太刀山先輩は無表情のまま、変わらずカップを揺らしている。
たぶん、太刀山先輩には僕の言葉は刺さってない……
「凪は俯瞰で物事を見ていて、誰にも肩入れしないし、声高に主張もしない。場の空気を読んで発言をするバランサーなんだよね。だから、俺とずっと一緒にいて欲しかった」
ずっと一緒にいて……太刀山先輩がよく口にする言葉。
「でも、オックンが俺のそばにいてくれる」
でも……って。
「サイテーだね。自分が目にしたわけじゃないのに、人から言われてあんな態度とるなんて。でも、不安なんだよ。また一人にされそうで……」
「一人になんてさせません……」
「だから、俺の目の届かないところで、凪と会わないで。俺を不安にさせないで」
せっぱつまった表情の太刀山先輩を見つめながら、僕は収まっていたはずのモヤモヤがまた湧いてきた。
「時くんが好きなのは、僕ですか? それとも……」
自分で自分を陥れているような気がした。
「……答える必要はないよね」
口元だけに笑みを湛えて、先輩はカップに口をつけた。
僕と太刀山先輩とを繋ぐ糸はやっぱり見えなかった。
どれだけ一緒の時間を過ごしても、どれだけ思いを伝えても。
「でさ、生徒会のことだけど……」
太刀山先輩から聞く、生徒会の話はいつも結論のみだった。
多分、この先もそれは変わらない。
自分の意見は言わずに、先輩が推し進めることにイエスと賛成していれば、いい人。
先輩を一人にさせないために、そばにいるだけで、いい人。
昆野先輩の代わりになる、それだけの人。
手元にあるホットミルクは、ただの冷たい牛乳になっていた。



